―苦しい修行―
最悪だった。
レイズは絶望していた。
彼は一人、クラストとの修行を開始した。その修行の過酷さは、想像を絶するものだった。
(もう……限界だ……)
青空の下、レイズは地に伏し、握り拳を作る。
苦しい修行に、その手は震えていた。
その修行は内容は。
『座学』
だった。
水辺から、場所をクラストの家に移したレイズ。
そこでは、クラスト講師の龍魂講座が開かれていた。
晴れていることもあり、屋内ではなく広大な庭で行われている。
クラストの家はシャンバーレ内になく、シャンバーレ近郊にあった。
手作りの柵で、好きな範囲を庭として使っている。町の中ではないため、魔物との距離が近い。
頻繁に壊れているためか、柵は何度も補強されたような跡が確認できる。
魔除けの札も数枚貼ってあるが、今も効果があるかは微妙だ。年季が入っている。
(あぁ……しんどい……)
休憩を挟みながらではあるが、約四時間。
クラストは龍魂の歴史をレイズに教え続けた。
空手チョップの手の当たる部分が真っ黒になるくらい、レイズは必死に知識を書き記した。
「駆け足だが、これで終わるか。飯でも食おう」
四時間の講義。
レイズは魂が抜けそうだった。心なしか、色も白く見える。
「修行と直接関係ないのでは?」と心の中で思っていそうなので、補足しておく。
「歴史から学ぶことは多い。基礎知識として、しっかり覚えろよ。テストもするからな」
「……へい」
冒頭に戻る。
レイズは力が抜け、地に崩れ落ちた。
(助けてくれ……)
地に伏し震えているレイズだが、クラストは涼しい顔をしていた。
魔物の肉を焼いて食べさせてくれるらしい。
肉が出てくる分、まだ恵まれている。
が、四時間の座学はレイズを精神的に追い詰めた。
「ついて来い。肉だぞ」
「めし……にく……」
クラストの後を追い、ふらふらと台所に入るレイズ。
丁度入ったとき、クラストは食材を出すところだった。奥にある冷蔵庫から、分厚い肉が取り出された。
「!!」
それだけで、レイズの疲れは吹き飛んだ。
「分厚ッ!!」
「フ……修行の後はこれに限る。肉が嫌いな人間はいないからな」
「!!」
大きく首を何度も縦に振るレイズ。
唾液が口いっぱいに分泌される。
「味は塩コショウで良いのか?」
「はい!!」
肉が焼けるいい音がする。そして、いい匂いも漂ってきた。
バターとニンニク、肉の香り。幸せだ。
「その辺の魔物の肉だが……処理をすれば、良い味が出るんだ」
「へぇ……」
市販されている食用の肉ではない。
が、それでも市販レベルの味や質になり得るということだ。
魔物の肉でも食すことができるのは昔から知っているが、味は期待していなかった。
だが、処理をしっかりすれば、ナイスな味になるのか。
「初日だからおれがやってるが、明日からはお前が作れよ?肉は用意してやるから」
「はい!!」
その程度、お安い御用だ。
レイズは水などの用意をしている。
クラストは、肉が焼けるのを眺めながら、考え事をしていた。
(久しぶりだな……この感覚……)
長いこと弟子を取っていない上に、一人暮らしも長い。
人が家にいて、ワイワイ騒ぐのは何年ぶりだろう。
懐かしい。そして、楽しい。
クラストは、久しぶりに感じるこの言葉にできない感情を噛みしめていた。