―やる気スイッチ―
レイズは道場を辞めた。正確には、翌日から道場には行かなくなった。
コウを始めとした講師陣にも、出来ればもう会いたくない。
正式な手続きのために行く必要はあるのだが、ガン無視している。
そして、彼は一人、クラストと特訓することを選んだ。
(俺だけ、か。まぁ、怪しいしな)
仲間たちの答えは、「すぐには出せない」だった。
確かに、彼らはクラストに会っていない。フル・ドラゴン・ソウルも聞いたことがない。
「胡散臭い話に乗せられているのでは」と思うのが普通だ。
リゼルたちは次の休みを合わせ、そのタイミングでこの水辺に来ると言った。
猶予は一週間程度。
それまでに、フル・ドラゴン・ソウルの域まで達することができれば、仲間たちの意見も変わる。
(一週間か……なげぇのかみじけぇのか……)
一週間で何ができるのか、とも思うが、方針が定まっているだけ効果がありそうだ。
漠然とレベルを上げるより、フル・ドラゴン・ソウルを目標にやった方が効率がいい。
今お世話になっている道場でそれを直接的に教えていない以上、クラストに頼る他ないのだ。
「さて……俺の方が早かったか」
水辺で待っていると、クラストがやってきた。
髭が剃られ、スッキリとした印象を受ける。先日と同じように髪はバックにしている。
前髪の部分だけ前に垂れていた。
昨日よりも数年若く見えるのは、容姿を整えているせいだろうか。
「……一人か」
「はい……すぐにこっちには来れないって」
「まぁ、おれもそのつもりだったしな」
仲間を呼んでいいと言ったし、教える人数が増えることは構わない。
が、クラストはその『仲間』をこの目で見ていない。
教えるべきか正直迷っていたところだ。
「……一週間後、仲間がここに来ます」
「……ほぅ?」
「そこで、価値を判断するらしいです」
「おれにつくか、道場を続けるかってか?」
「そういうことです」
それはつまり、レイズ一人をよこして様子を見ようというハラか。
レイズが上手くいかなければ自分たちは引き続き道場での特訓が続けられる。
上手くいけば、こっちで龍魂の特訓ができる。
「……気に入らねぇな」
「すみません。その、あまりに良い話過ぎて……」
レイズは申し訳なさそうに気を落とす。
偶然会った人間がスレイを知っている。そして、フル・ドラゴン・ソウルを知っている。さらにさらに、それを教えてくれると言う。
「まぁ、そうなるのか?」
クラストは腕を組む。
こちらからすれば、再び生徒を導けるのは嬉しい。
身の回り世話さえある程度してくれれば、無料でも構わないと本気で思っている。実際、金銭を要求するつもりはなかった。
だが、それが胡散臭さを増幅させているのだろう。
「えぇ……実際、(少しですけど)成果が出ている仲間もいますし……」
「どうせちいせぇ成果だろ」
「う……」
何も言えないレイズ。
クラストは昔、師範をやっていたと聞く。その辺の情勢も知っているのだろう。
「……燃えてきた」
「え?」
「要は、お前を育てれば、こっちに来るんだろ?」
「……そうです」
「だったら、本気でやってやる。中の連中より、俺の方が優秀だって分からせてやるよ」
手を握ったり開いたりしながら関節を鳴らすクラスト。
物凄く悪い顔をしている。
「お、お願いします……」
地獄のような一週間になりそうだ……とレイズは絶望した。
が、それで結果が出るなら、グレゴリーやゴウザに追いつけるなら、やってみる価値はある。
レイズとクラスト。
フル・ドラゴン・ソウルへの特訓が始まる。