中型との戦闘
宿を取り、龍力の特訓のために町の外に出ようと歩いているレイズとバージル。
宿探しで街中を移動したため、入った時とは別の出入口を目指している。
さて、そろそろ外に出るな、と言うタイミング。
レイズが何かに先に気付き、バージルに声をかける。
「あれ?閉まってね?」
「!確かに……なんでだ?」
ミナーリンに入った時とは違い、門が閉められている。
通る時だけ開けてくれるのだ、と呑気に構えていたが、そんなことはなく。
「待て。二人共」
「!」
出入りの門付近にいた、騎士団員の若い男に止められてしまったレイズとバージル。
お堅そうな短髪茶髪の男。同じ男から見ても、モテそうな顔立ちだ。
「一時的に封鎖中だ」
「え?なんで」
「魔物の目撃情報があったんだ。雑魚なら自警団に任せるが、厄介な魔物らしい。安全が確認できるまで、ここは封鎖する」
だってさ、とレイズはバージルに目を向ける。
「どうするんだ?反対側から出るか?」
入った時は平気だった。なら、大丈夫かと思うのは自然。ただ、また街中を歩き倒すハメになるが。
「そっちは封鎖してるのか?」
「……封鎖はしていないが、今この町から出ないことをおススメする」
「!」
出ることは可能の様子。ただ、またあの道のりを歩くのか。それだけで、疲労困憊となりそうだ。
しかし、練習しない訳にもいかないのが現状。仕方がない。運が悪かったと思うしかないのだろう。
だが、騎士団がここまでする相手。『あの日』以降、魔物の生態系にも変化が起こっていると聞いたことがあるが、ここまでとは。
(そこまでの相手……近づかない方が吉だな)
いくら騎士団がおり、自身も龍力者とは言え、万能無敵のチカラではない。
危ない橋を渡る必要はない。
「分かった。レイズ、行くぞ」
引き返そうとしたその時、遠くで音がした。工事などの音ではない。戦いの音だ。
「「「!」」」
団員は門を飛び越えた。レイズ、バージルは飛び越えることはできなかったが、よじ登った先で音の正体を知ろうと試みる。
少し遠くの草原から煙が上がっている。その影響か、鳥たちが一斉に羽ばたいているのが分かる。
二人の気配を感じてか、団員は叫ぶ。
「……!!君たち、早く逃げなさい!!」
「あ……」
レイズたちは、返事ができない。呆然と音のした方向を向いている。
なぜなら「それ」の足音が徐々に聞こえ始め、「それ」が猛スピードでこっちに来ていたからだ。
距離があったはずなのに、もうそこまで走ってきている。
隊員も「それ」の姿を確認するや否や、剣を抜く。
民間人にばかり構っていられず、団員は叫んだ。これが、最後の警告。
「逃げろ!!」
猛スピードで現れた「それ」は普通の5倍はあろう猪だった。
『大型』とまではいかないが、人間サイズから比較すれば、十分デカい。魔物的には『中型』か。
大きな牙、力強い脚、剛毛、獣の臭い。
グリージの山中で見た魔物とは、桁違いだ。
餌がなくて、山から下りてきたのだろうか?
「やべぇ!!逃げるぞ!!レイズ!!」
「逃げる……?」
バージルはしがみついていた手を離し、着地。レイズを引っ張ろうとする。
しかし、彼は動かない。じっとその猪を見つめている。
「…………」
所々に傷が見え、血が噴き出ている。あの戦いの傷だろうか。
かなりのダメージを受けていそうだが、動きがのろくなるなどの変化はなさそうだ。
そして、立ち向かおうとする団員と見比べる。
戦闘はド素人だが、戦力差くらいは何となく分かる。
「……一人じゃ無理だ!!」
レイズは直感で思った。
いくら敵が手負いで、こっちが龍力が使えるといっても、敵が大きすぎる。
門を何とかよじ登り、そのまま飛び越えるレイズ。
「は!?」
バージルの驚く声を背中に浴び、走り出した。
龍力の練習こそしてきたが、いきなり中型クラスの魔物の相手か。
しかし、あの状況で騎士団員一人に任せるのは、無理。
(頼むぞ!!炎龍ッ!!)
自分の中に静かに燃える炎を感じ、引き出していく。
身体の周囲に炎が舞い、全身を包むようなオーラ状の靄を形成する。
力の気配を察知したのか、隊員が振り返る。
「君!?」
宙忠告を無視した炎使いの少年は、自分のすぐ後ろまで駆けていた。
「俺も戦います!!一人じゃ無理だ!!」
「構うな……逃げ……!!」
団員は何か言いたそうだったが、黙る。言い争っている時間が惜しい。
何も言わずに猪に向かって走り出す。レイズもその後を追う。
門の内側。バージルは一人、額を門に擦り付けていた。
「あのバカは……」
レイズが出て行ってしまったこの状況で、退くという選択肢はない。
覚悟を決め、助走距離を確保。そのまま全力疾走し、門を飛び越える。流石に龍力を使ったが、無事に越えられた。そして、武器を手に取る。
(あのクラスに、杖……!!)
心許ない武器種だ。こんなことなら、剣を買っておくべきだった。
後悔も程々に、全速力で走り、レイズに追いつく。
「脚を狙え!!町に近づかせるな!!」
「バージル!分かった!!」
猪の突撃を止められる者は、この中にいない。脚を狙い、筋を切る作戦だ。
二人がかりで前脚を狙い、切りかかる。
バージルは一旦振り返って風の壁を作り、町の出入り口に貼る。
閉められた門プラスの風壁。まぁ、無いよりはマシレベル。
「……あいつにこれは効かねぇかな」
自嘲した笑みを浮かべながらも、できることをするだけだ。
ターゲットを再び捉え、走る。
「はぁっ!」
騎士団員に前脚を切られ、猪の体勢が崩れる。だが、止めるまではいかなかった。
スピードが落ちたその瞬間、レイズは猪と目が合った。
ぞわ、と背筋が凍る。
しかし、負けられない。
「うぁぁぁぁああああッ!!」
恐怖を振り払うかのように大声を出し、自分を奮い立たせる。
構えも動きも滅茶苦茶だが、猪に剣を突き刺した。
「!!」
猪は悲鳴を上げ、暴れる。
一時的に毛皮が炎上するが、すぐに鎮火してしまう。
シンプルに練度が足りない。
(浅いし弱い!いきなり『このクラス』の敵は無茶だ!!)
バージルは杖に龍力を充填する。
傷口を狙い、風龍の紋章を描く。
そして。
「ウインドカッター!!」
「!!」
傷口から多量の血が舞う。しかし、動きは止まらない。
驚いているレイズだが、想定済み。
「まだだ!風槌!!」
雑に杖の先端に龍力を集め、殴る。
一人なら逃げているクラスの相手だ。ダメージは期待できない。
その間もレイズは必死になって剣を振っている。
「だぁッ!」
炎が舞うには舞うが、一瞬で消えていく。
技として成立していないため、殆どダメージはないだろう。
レイズ自身、それを分かっている。
「くっそ!」
カバーするように、団員が入る。
「どうだッ!」
暴れながらも、器用に攻撃を繰り出す猪。
スキを見て剣や杖を入れる三人。
「く……!」
ミナーリン付近の草むらが、猪の血に染まるころだ。
慣れない龍力・慣れない戦闘で、集中力が最初に切れたレイズ。
一瞬意識が乱れたその瞬間、猪の体当たりを食らってしまう。
「いって!」
「レイズ!」
レイズは尻餅をつき、剣を手放してしまう。
顔を上げた先に、猪の顔。
「あ……」
こちらを見下すように視線を下げている猪。太陽光に反射した牙が、物凄く大きく見えた。
その瞬間、全身が硬直してしまう。
「ッ……!!」
身体中の毛が逆立ち、一瞬で全身に鳥肌が立つ。
口の中の水分が一気になくなった気がする。
何とかして立とうとするが、脚が震え、動かなくなってしまう。
「レイズ!!」
「君!!」
バージルと団員の叫び声が聞こえたような、聞こえなかったような。
猪の唸り声にかき消されてしまった。
硬く、レイズよりも大きな牙が振り上げられ、容赦なく振り下ろされる。
バージルと隊員は、同時に叫ぶ。
「「飛べ!!」」
「……!!」
死への恐怖。無謀な戦いに挑んだ愚かな自分。
つ、とレイズの頬を涙が伝う。
その瞬間、牙が大地に叩き付けられ、砂煙を起こした。
「!!」
轟音と地響きに辺りは包まれる。
立てないほどの地響きではなかったが、バージルは膝をついた。
「レイ……ズ……」
自分の夢のために、彼を連れ出した。
龍力を教えると言って、親も説明した。
それなのに、守れなかった。
戦場には、血の臭いと、舞う砂煙。二人の呼吸音が、支配していた。