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龍魂  作者: 熟田津ケィ
ー無知ー
148/689

―暗い男―

クラストはその日のことを、何とか思い出しながら教えてくれた。


「念を押すようでアレだが、二週間も前の話だ。覚えている範囲で良いか」

「もちろんです。少しでも構いません」

「分かった。ここがおれの水汲み場ってのは話したな?で、あの日もここに通ったんだ。そこで、あいつに会った」




クラストは、日課の水汲みに出かけていた。

歩いて五分もかからない。道中の魔物はついでに倒す。

いつもの変わらない日常だった。


彼に会うまでは。


クラストが水辺に着くと、一人の(成人していそうな)男が水場の脇に座っていた。

男の前には、薪代わりの流木が置かれていた。


(珍しいな。人が来るとは)


男とも目が合い、お互いの存在を確認した。




「……そうだ。普段は人なんかこないから、そこは印象に残ってる。」

「そうなんですね」

「あぁ。けど、お互い用もない。会話なんかその時はなかったんだが……」




そう。初対面同士で、用もない。

コミュニケーションに自信がないわけではないが、初対面でずかずかと会話できる程能力は高くない。


「どっこいしょ……」


クラストは、いつも通りの水汲み作業を開始した。

桶からタンクに移すだけの単純作業。見ていなくてもできる。


そのため、実は少し気になっていた座っている男へと視線は向いていた。

最初は気付かなかったが、よく見れば大きなリュックにカバン数個。大荷物だ。


彼は流木に火を付け、焚火を始める。

旅路の休憩中なのか。こんな辺鄙な場所までご苦労さん。

クラストは視線は向いていながらも、黙々と作業を続けていた。


次に、彼はカバンを探っている。


「…………」


食事の用意でもするのか、と思っていたが、彼はカバンから数冊のノートを取り出した。

それを捲りながら後、目を細めて考え込む。

ページを捲るスピードは非常にゆっくりで、一ページ一ページ噛み締めているようにも見えた。


彼は一通りのノートに目を通していた。

普段なら「勉強熱心な若者だ」と気にも留めないのだが、彼の様子は「普通」じゃなかった。


とにかく、暗い。どことなく闇を感じる暗さだ。

笑えば好青年なのだろうが、彼は無表情でその作業に明け暮れていた。


そして、カバンから取り出した最後のノートが終わった。

次の瞬間、男はそれを破った。


「!!」

「くそ……」


流石に一気に数冊いくのは無理があったのか、悪態をつきながら、破る冊数を分けていた。


(おいおい、マジか……)


クラストは手を止め、そちらに気を取られてしまう。


破ったページの欠片を、全て焚火に突っ込んでいく男。

その間も無表情だ。心なしか寂しそうにも見えはするが、顔の筋肉はピクリとも動いていない。


ノートは、自分の勉学の記録。足跡。努力の結晶だ。

それを破り捨て、処分してしまうとは。

不要となって紙ゴミとして処分することはあっても、破いて焼き捨てるのは考えにくい。


(なぜ……だ……?)


お節介だと分かっていながらも、クラストは放っておけなかった。

紙ゴミに出せばいい。その方が、圧倒的に楽だし、環境に良い。

だが、その男はわざわざ薪を集め、燃やすという選択をした。


「なぁ、にーちゃん」

「…………」


再び男と目が合う。

改めて顔を見ると、真面目そうな顔だ。ノートを見てしまった先入観もあるが、頭が良さそうにも見える。


「それ……燃やしちまったのか……?」


クラストは屈み、風で火から逃れた切れ端を一枚拾った。

綺麗な字だ。赤ペンも使われており、丁寧に勉強した形跡がある。

これは……


「龍魂の資料だな」

「……僕には必要なくなったので」


男は無表情を崩し、笑いかける。しかし、無理して笑っているのがバレバレだ。

益々放っておけない。


「……何か、あったのか?」


龍魂の試験日は、まだまだ先だ。この時期に投げ出すのは珍しいが。


「いえ……別に……」


何もないのにノートは燃やさないだろう。

が、初対面だからだろうか。喋りにくいのも理解できる。


「おれはクラスト。お前は?」

「自分は……スレイと言います」

「その荷物……お前、もうどっか行っちまうんだろ」

「…………」


スレイは視線を荷物に移す。


龍魂の勉強を諦めた自分に残された荷物。部屋を引き払ったときに残った、最低限の荷物だ。

今の自分に必要なものは、これだけだ。

龍魂についての分厚い本は、勉強仲間にあげたり、図書館に寄付したりした。

ノートは、処分しようと思って持ってきていた。空になったカバンも、もう必要ない。


「えぇ、まぁ……」

「……だったら、話してくれ。俺はここの人間だ。どうせ二度と会うことはない。後腐れないだろ」

「え……」

「オッサンのお節介だよ。これでも、龍魂関連で心が折れた人間を山ほど見てる。ほっとけるか」


そこまで言うと、スレイの瞳から一筋の雫が流れた。

一人で抱え込んでいた人間の涙だ。そこに男女も年齢もない。

感情は、人間の表現なのだから。

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