―クラスト―
「待て!!」
男に呼び止められてしまうレイズ。
大きな声だったが、怒りなどの感情は感じなかった。
驚き・戸惑いの雰囲気が強い。
仕方なく立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「お前……」
茶髪を一度かき上げ、レイズに近づいてくる。
まさか、この男の縄張り的な場所だったのだろうか。しかし、怒っている様子ではない。
ただ、最近キレられてばかりだったため、少し過敏になっている。無意識の焦りと共に、心臓の鼓動が早くなっていく。
レイズは男に顔を覗き込まれる。
そして。
「……お前……『戻ってきた』のか?」
「は……?」
レイズは動揺する。
戻るも何も、ここに来たのは初めてだ。
シャンバーレなら数回出入りしているが、この男に会ったことはないはずだ。
いや、こちらが気付いていなかっただけで、あったことがあるのだろうか?
様々な予想が浮かんでは消えていく。
レイズの脳内で処理できなくなり、固まってしまう。
男はそんなレイズの様子を意に介さず、質問を次々とぶつけてくる。
「お前、メガネはどうした?コンタクトにしたのか?それと……髪型も少し変えたのか?」
「……!」
その言葉で、レイズは全て理解した。その瞬間、一瞬で鳥肌が立った。こいつは、スレイのことを知っている。
矢継ぎ早に質問を終えた後、男はレイズが剣を携えていることにも気づいた。
「お前、剣なんか使えたのか?あれ?こないだは持ってなかったよな?」
「あの……!!」
「ん?」
そこで初めて、男と目が合い、会話が成立する。
「あなたが言ってるのは……俺の……兄貴です」
「おぉ!!なるほどな!だからか!な~んか若いなとは思ったんだ。そう言えば、雰囲気も違うな」
レイズの説明で、男は納得したように片方の拳で手を一度叩いた。
リアルでそれをする人間を、レイズは初めて見た。無意識に「古ッ」と思ってしまう。
「兄貴を……スレイと会ったことが……」
「ん……あるぜ」
「少し……話せませんか」
レイズの真剣な眼差しに男は何かを感じ取ったのか、「いいぜ」とすぐに快諾してくれた。
二人は、水場の近くの木陰に腰を下ろした。
男は、クラストと名乗った。レイズも軽く自己紹介する。
「それで、スレイとは……いつ頃会ったんですか?」
「え~っと……二週間以上前、か……ここで会ったんだ」
二週間以上前。
やはり、アパートを引き払った後、シャンバーレも出て行ってしまったようだ。
「……どんな様子でした?」
「っつてもまぁまぁ前だからな……弟君との区別もつかないくらい」
「はは……」
反応に困る言葉だ。レイズは笑って見せたが、乾いた笑いだ。愛想笑いすらできていない。
クラストはそれに気付かず、あの日のことを思い出そうと腕を組んだ。
「ん~……とにかく、暗い奴だったのは覚えてる。覇気がないっつうか、生気がないっつうか……」
あの日のスレイは、確かにボロボロだった。
長年の努力が実を結ばず、結果が出ない日々。心が折れかけていたのだろうと今なら思う。
それにトドメを刺す形になったのは自分だが。
レイズは視線を落とし、考える。
「…………」
そんな彼の様子を見て、クラストも視線をずらし、焚火の跡を指差す。
「あそこで、お前の兄は……スレイは、火を起こしてた。そん時に会ったんだ。ここはおれの水汲み場だったからな。あいつと会ったのは、ほんとにたまたまなんだが」
「ここで……」
レイズは立ち上がり、その場所を見下ろした。
そこで、何かに気づいたレイズ。
しゃがみ、それの欠片を拾う。
「これって……」
「あぁ。もったいねぇことしやがるぜ。そいつ」
ほぼ黒ずんで分からないが、断片的に残っている。
これは、スレイが作った勉強ノートの欠片だ。見覚えのある字が並んでいる。
「あいつ、自分のノートを燃やしてやがった」
クラストは忌々しそうに顔を歪める。
レイズはハッとしてクラストを見る。
「あいつが!?」
「……訳アリか」
動揺した彼の表情から背景を見たクラスト。
声のトーンが一気に低くなる。
「……えぇ……まぁ」
「そうか。こりゃあ、本格的に思い出した方が良さそうだな」
いい加減なオッサンっぽい雰囲気だったが、一気に頼れる大人の顔へと変わる。
道着を着ているし、どこかの道場で講師をしているのだろうか。それとも、学んでいる側なのだろうか。
だが、今はどっちだって構わない。
重要なのは、スレイの話だ。
「……お願いします」
レイズは頭を下げる。
道場では形だけだが、ここでの一礼は本心からだ。
「ゆっくりで構いません。時間はあるので」
焚火の跡の傍に腰かけ、レイズはクラストが思い出すのを待つのだった。