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龍魂  作者: 熟田津ケィ
ー無知ー
147/689

―クラスト―

「待て!!」


男に呼び止められてしまうレイズ。


大きな声だったが、怒りなどの感情は感じなかった。

驚き・戸惑いの雰囲気が強い。

仕方なく立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「お前……」


茶髪を一度かき上げ、レイズに近づいてくる。

まさか、この男の縄張り的な場所だったのだろうか。しかし、怒っている様子ではない。

ただ、最近キレられてばかりだったため、少し過敏になっている。無意識の焦りと共に、心臓の鼓動が早くなっていく。


レイズは男に顔を覗き込まれる。

そして。


「……お前……『戻ってきた』のか?」

「は……?」


レイズは動揺する。


戻るも何も、ここに来たのは初めてだ。

シャンバーレなら数回出入りしているが、この男に会ったことはないはずだ。

いや、こちらが気付いていなかっただけで、あったことがあるのだろうか?


様々な予想が浮かんでは消えていく。

レイズの脳内で処理できなくなり、固まってしまう。


男はそんなレイズの様子を意に介さず、質問を次々とぶつけてくる。


「お前、メガネはどうした?コンタクトにしたのか?それと……髪型も少し変えたのか?」

「……!」


その言葉で、レイズは全て理解した。その瞬間、一瞬で鳥肌が立った。こいつは、スレイのことを知っている。

矢継ぎ早に質問を終えた後、男はレイズが剣を携えていることにも気づいた。


「お前、剣なんか使えたのか?あれ?こないだは持ってなかったよな?」

「あの……!!」

「ん?」


そこで初めて、男と目が合い、会話が成立する。


「あなたが言ってるのは……俺の……兄貴です」

「おぉ!!なるほどな!だからか!な~んか若いなとは思ったんだ。そう言えば、雰囲気も違うな」


レイズの説明で、男は納得したように片方の拳で手を一度叩いた。

リアルでそれをする人間を、レイズは初めて見た。無意識に「古ッ」と思ってしまう。


「兄貴を……スレイと会ったことが……」

「ん……あるぜ」

「少し……話せませんか」


レイズの真剣な眼差しに男は何かを感じ取ったのか、「いいぜ」とすぐに快諾してくれた。

二人は、水場の近くの木陰に腰を下ろした。

男は、クラストと名乗った。レイズも軽く自己紹介する。


「それで、スレイとは……いつ頃会ったんですか?」

「え~っと……二週間以上前、か……ここで会ったんだ」


二週間以上前。

やはり、アパートを引き払った後、シャンバーレも出て行ってしまったようだ。


「……どんな様子でした?」

「っつてもまぁまぁ前だからな……弟君との区別もつかないくらい」

「はは……」


反応に困る言葉だ。レイズは笑って見せたが、乾いた笑いだ。愛想笑いすらできていない。

クラストはそれに気付かず、あの日のことを思い出そうと腕を組んだ。


「ん~……とにかく、暗い奴だったのは覚えてる。覇気がないっつうか、生気がないっつうか……」


あの日のスレイは、確かにボロボロだった。

長年の努力が実を結ばず、結果が出ない日々。心が折れかけていたのだろうと今なら思う。

それにトドメを刺す形になったのは自分だが。


レイズは視線を落とし、考える。


「…………」


そんな彼の様子を見て、クラストも視線をずらし、焚火の跡を指差す。


「あそこで、お前の兄は……スレイは、火を起こしてた。そん時に会ったんだ。ここはおれの水汲み場だったからな。あいつと会ったのは、ほんとにたまたまなんだが」

「ここで……」


レイズは立ち上がり、その場所を見下ろした。

そこで、何かに気づいたレイズ。

しゃがみ、それの欠片を拾う。


「これって……」

「あぁ。もったいねぇことしやがるぜ。そいつ」


ほぼ黒ずんで分からないが、断片的に残っている。

これは、スレイが作った勉強ノートの欠片だ。見覚えのある字が並んでいる。


「あいつ、自分のノートを燃やしてやがった」


クラストは忌々しそうに顔を歪める。

レイズはハッとしてクラストを見る。


「あいつが!?」

「……訳アリか」


動揺した彼の表情から背景を見たクラスト。

声のトーンが一気に低くなる。


「……えぇ……まぁ」

「そうか。こりゃあ、本格的に思い出した方が良さそうだな」


いい加減なオッサンっぽい雰囲気だったが、一気に頼れる大人の顔へと変わる。

道着を着ているし、どこかの道場で講師をしているのだろうか。それとも、学んでいる側なのだろうか。


だが、今はどっちだって構わない。

重要なのは、スレイの話だ。


「……お願いします」


レイズは頭を下げる。

道場では形だけだが、ここでの一礼は本心からだ。


「ゆっくりで構いません。時間はあるので」


焚火の跡の傍に腰かけ、レイズはクラストが思い出すのを待つのだった。

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