―不信感―
翌日、レイズは朝食を取っていたリゼルに伝えた。
「辞めない。続ける」
と。
リゼルは、「そうか」と小さく答えた。
ただ、レイズの表情はまだ暗く、物事に集中できるような状態ではないようにも見える。
しかし、本人が「やる」と言ったのだ。もう少し見守るべきか。
(……前を向け。一旦は忘れるんだ)
色々振り切れないことはあるが、一旦置いておく。
修行に集中すれば、そのことが気にならなくなるかもしれない。
最低限度の授業しか受けていなかったレイズだが、意識して入るようにした。
空き時間も道場の設備は使うことができる。使っても使わなくても同じ料金なのだから、使った方がお得だ。
(……やるんだ)
各々で龍力を高める。
その方法を覚え、皆に情報共有する。
これが、当面の自分たちの仕事だ。
気持ちを入れ替え、道場に臨むレイズ。
まだ数回しか授業を受けていないため、流れとか雰囲気が掴めていなかった。
これから意識して掴んでいけば良いか、と思っていた矢先。
(何だ……こいつ……)
すぐに違和感を感じた。
レイズの講師は、コウ=パインテル。当然、炎龍使いだ。
くたびれた黒髪の50代の男だ。髪型が、やや時代を感じるそれだった。
体系は細身だが、鍛えられている。
最初のうちは、特に何も思わず受講していた。
しかし、彼は機嫌がいい日と悪い日で態度が大きく違うように見受けられた。
機嫌がいい日は特にトラブルなく進むが、機嫌が悪い日は、『事故』が多い。
ここで言う『事故』とは、生徒への理不尽な『口撃』だ。
グループで運営しており、規模が大きい道場だ。
皆が同年代という訳ではなく、レイズより年下の人も年上の人もいる。
そして、その生徒は出来が良いメンバーばかりではない。
よって、動きが悪かったり覚えが遅かったりする。
そんな時、コウは決まって生徒を説教した。数十分間、全員立ちっぱなし、全員の前で。
当然、その間にも受講料は発生している。
聞いても何のプラスにもならない説教を聞かされ、時間とお金が無駄になっていく。
酷いときは、それで受け持ち時間が終わることさえあった。当然、受講料は返ってこない。
(あ……腰痛ぇ……)
説教は、全員が立ちっぱなしで数十分にも及ぶため、姿勢を変えたくなるのは自然だ。直立不動で話など聞いていられない。
身体を小さく動かしていた若い男子生徒(背が高いため、目立つ?)が運悪く目を付けられ、怒鳴られた。
『目障りだ』と。
こちらは耳障りな説教を延々と聞かされている。レイズは腹の中で黒い感情が渦巻いていた。
(うるせぇ……)
そして、コウは変なところに細かかった。
道着の下は、白いシャツという謎ルールがあった。謎ルールではあるが、従わなければならないのが生徒である。
ただ、メーカーロゴが入っているワンポイントはどうなのか?と質問すれば、「白いシャツと言えば白いシャツだ」という返答だ。疑問への回答はなかった。
(は?ワンポイントも白いシャツだろ?つーかイエスノーで答えろバカ)
メーカーロゴがワンポイントであれば、白いシャツだと言える。だから、レイズにとっては誰が何と言おうと『白いシャツ』だ。
ただ、コウが面倒くさい性格なのはすでに分かっている。
「白いシャツだと言ったでしょ」と言われれば、それ以上反論できない。正確には、反論してもいいが、時間と労力の無駄。
レイズはわざわざワンポイントすらない白いシャツを用意するハメになった。余計なコストである。
また、座学では資料やプリントを配布して抗議することもあり、日付やナンバリングを特に説明していた。
それのミスがあると丁寧に説明して順番を直すのだが、そのせいで時間が潰れてしまう。
「時間がない」が彼の口癖のようだった。
(筆記テスト、か……どうせ時間ねぇんだろ)
講義時間中に課題を出して回答させる時間を設けることもあるが、ナンバリング説明の件で時間がなくなっている、解く時間が十分に与えられない。
それで点数が悪ければ、機嫌が悪くなる。
しかも、テスト範囲を明確にしない。それ故に、勉強する範囲も程度も手探りなのだ。
これはフェアではないように思えるが、コウのスタイルは変わらない。
そして、講義中には「分からないことは質問しに来なさい」と言うクセに、実際質問しに行くと、「アポがないから」と追い返される。
「君。アポ取ってないよね。今忙しいから帰ってくれる」
「…………」
レイズのこめかみの血管が浮かび上がる。
(は?アポ?)
お前が聞きに来いっつうから聞きに行ったんだが?とレイズはイラつき始める。
更に苛立たせたのが、コウが可愛がっている生徒(可愛い女生徒、ノリのいい男子生徒など)には、『アポシステム』はないらしかったためだ。
根掘り葉掘りその生徒に聞いたわけではないが、即日対応している様子だった。怒られたことはない、と聞いたこともある。
(んだよ、それ……)
当然だが、講義は時間が決まっており、生徒が空く時間も決まっている。
そのため、質問しに行けたとしても、人数が固まってしまう。コウ側は、生徒が意思なく群れて動いているように見えているらしい。
自分で考えて行動していない。と。それは完全な勘違いなのだが、説明するのも無駄だ。どうせ理解を示さない。
よって、また機嫌が悪くなるのだ。
「……ゾロゾロ来ないで。鬱陶しい」
と嫌な顔を見せ、追い払う。当然、抱えていた疑問は解決しない。
しかも、その言葉を本当にイラついている顔で言うのだ。
感情をコントロールしようとする努力が見えない。
「金を払っているのはこっちだ」と言うつもりもないが、その対応はおかしいだろう。
(クソが。なら……)
よし、そうか。
と、一人一人動けば動いたで「一人で考えて動けないの?〇〇(一人目)が行けたから来た?」と二人目、三人目に言われる。
空いている時間が同じなのだから、タイミングは固まるだろうが、とも思うが、彼にはその辺の事情は頭にないらしい。
「これで四人目。こっちも忙しいんだよ」
「……すみません」
そして、「すみません」と謝ると、「いや、謝ってほしいわけじゃないから」と訳の分からない返しをされる。
「……じゃあどうしろっつうんだよ!!??」
と言う言葉を飲み込み、黙る。
分からないことを聞きに行っても、テキトーな理由を付けて追い返される。
そんなこんなで質問しに行く生徒が減っていくと、「このクラスは積極性がない」とまたキレ始める。
追い返された道中、コウの同僚のオバサン講師からは「あなただけじゃないからね」と謎のフォローを受けてしまった。
それは追い返す「理由」であって、追い返して良い「こと」にはならないのが分からないのか。
(……ダメだな。こいつら。学べるモンがねぇ)
この辺りで、コウに対する信頼はゼロに近い。
高額な授業料を払っているのに、この仕打ち。ある種のパワハラである。
(……何が超一流だ。ド三流じゃねぇか)
レイズはうんざりしていた。
実際、途中で辞めていく人間の数も多かった。入って短いというのに、すでに30%の人間がレイズのクラスで辞めている。
他のクラスも、そう大差ない退道率だ。
「って感じなんだけど……」
「ひでぇな……けど、こっちも……」
他の仲間にも聞いてみると、反応は様々だった。
丁寧に教えてくれるが、戦力につながりそうにないこと、シンプルに知識がなさそうな講師、参考書に乗っており、わざわざお金と時間を費やさなくてもよかったこともあった。
「わたしのところは、当たりなのかな……」
「詳しく」
マリナが通う道場の講師は丁寧で優しく、不満は感じていない様子だった。そのせいもあってか、龍力レベルが戻ってきたように感じる。
「間違いなく当たりだな……羨ましいぜ……」
講師陣により当たり外れがある様子だ。
シャンバーレでは昔からあるグループのようだが、レイズの通う道場は、完全に『外れ』だった。