―レイズの気持ち―
月が空に浮かんでいる。
時間的に道場の授業は終わった時間で、町には夕食を楽しむ人々で賑わっている。
このまま戻るべきなのだろうが。レイズはどうしても帰る気になれず、適当な飯屋に入り、一人で食事を済ませ、ダラダラと過ごしていた。
夜も遅くなり、人がさすがに疎らになってきたころ、レイズはようやく足を宿屋に向けていた。
「……遅くなっちまったな」
宿屋に戻れた時間は夜遅かったが、仲間たちはホールに集まったままだった。
マリナから話を聞いたのだろう。夜遅いにも関わらず、彼らは一人も眠らずに待っていてくれた。
全くこちらに興味がなさそうなリゼルでさえも。
「起きてたのか……」
「えぇ、それで……どうでした……?」
恐る恐る、レイラが状況を確認しにきた。
まぁ、結果は効かなくとも、その顔を見れば何となく分かってしまうが。
追加で、レイズは首を横に振る。
「もう、いなかった」
「……え?『いなかった?』」
『いなかった』とはどういう意味だろか。
「会えなかっただけじゃないのか?いなかったって……」
「あいつは……スレイは、もうシャンバーレにいない」
「おい……マジか」
バージルたちは絶句した。
あの夜のことが、よっぽどショックだったのか。
心中は、ある程度察していたつもりった。が、だとしても、家まで引き払うとは。
「どこ行ったか、とかは?」
「いや、分からない。隣の人は、少なくとも、三日は見てないらしい」
「三日……」
三日あれば、遠くまで行けてしまう。
三日でヴァイス平原を抜けるのは難しいが、そこさえ抜けてしまえば、馬車などの移動手段が豊富だ。さらに移動速度は上がる。
「家に帰ったかも、って隣の人は言ってたけど」
「そう、だといいですね……」
皆、あの夜のスレイを思い出していた。彼の精神状態は普通じゃない。家に戻っていくような感じでもなかった。
無事でいてくれれば良いのだが。
「…………」
沈黙が流れる。
「で、レイズ。お前はどうする気だ?」
「え?」
「兄を追うのか、特訓するのか、もう辞めるのか」
リゼルは決定を急いだ。
「……レイズ。お前は騎士団を受け、入団した。これは非公式ではあるが、騎士団の任務だ。だから、まともに仕事する気がないお前を置いておくわけにはいかない」
道場には通っているものの、全くに身に入っていない状態だった。
(ち……)
なるほど。リゼルが起きていたのは、その確認のためか。
心の中で舌を打つレイズ。
「ダラダラ続けられても、邪魔なだけだ」
「リゼル!?何を!?」
レイラは驚くが、彼はそれを手で制した。
「……今までは我慢してきた。お前の兄はもうここにはいない。引っ掛かりはまだなくなっていないだろうが……解決する術ももうないんだ」
「そう……だな……」
スレイのことが、ずっと心に引っ掛かっている。
こんなことなら、翌日にでも話をしに行くべきだった。もう、スレイはここにいない。
後悔が強く残ったレイズ。決断を迫られても、今は何も考えることができない。
「悪い……明日にしてくれないか……」
「おい、話はまだ終わってないぞ」
レイズは誰とも目を合わせず、部屋に入っていく。
リゼルは止めようと席を立つが、レイラに手首を掴まれてしまう。
「リゼル……もう、良いんです……」
「ッ……」
レイラの悲しそうな顔に、リゼルは何も言えない。
「はぁ……僕も休ませてもらう」
レイラの手をゆっくりと剥がし、リゼルも部屋に入っていった。
ホールに残された四人。
「ごめん……」
マリナは、力なく謝った。
「わたしが余計なこと言わなかったら……」
「お前のせいじゃない。いつかぶつかる壁だったんだ」
「かも、知れないけど……」
それでも、最後に引き金を引いたのは自分だ。その罪悪感が心にべっとりと張り付いている。
「最後はアイツが決める。俺らは、ただ祈るだけだ」
「そう、ですね……」
レイラは、男性陣の部屋を見る。
その直後、一度だけ壁を叩いたような大きな音がした。
レイズか、リゼルか。
「!」
立ち上がりかけたレイラだが、バージルに止められる。
これ以上二人を刺激するのは良くない。
「……一人にさせてやれ」
「し、しかし……」
「…………」
バージルは願うように首を振る。
「はい……」
しゅん、と頭を垂れるレイラ。
重い空気が流れる。
「今日は休もう。疲れてるし、ネガティブになってる」
「うん……」
バージルたちは、次々と席を立つ。
レイズの正式復帰を願い、それぞれの寝床に着くのだった。