ー再びのアパートー
レイズはマリナに追い出される形で、外へ飛び出していた。
「クソ……今更何話せってんだ……」
悪態をつきながらも、小走りでスレイの家に向かっていた。
思えば、道場と宿屋の往復以外で外に出るのはあの夜以来だ。
食事も仲間たちのを分けてもらっていた。
最初は「自分で買えるだろ。お前が食いたいものも分からないし」的な反応だったが、どうしてもまともに考えることができず、本気で頼み込んだ。
最終的には、バージルやレイラが承諾し、用意してもらっている。
人混みを分けて進み、息を整える。
道場で休憩時間をずらしている様子で、いつでも人通りがある。
犯罪の抑止力としては良いことだが、レイズには余計な疲労が増す要因だった。
小走りだったそれも、いつの間にか歩きに変わっている。
(……着いちまった)
ぼんやりしながら歩いていると、いつの間にかスレイのアパートにたどり着いていた。
一度だけため息をつき、入り口をくぐるレイズ。
共有部分には、宅配ピザや弁当などの広告が数枚落ちている。武道の町でも、常に整っているわけではないらしい。
普段なら気にしないタイプだが、こう気持ちが沈んでいると目に入ってしまう。
(さて、行くか……)
気が重い。
階段を上る足が、異常に重い気がする。
「はぁ……」
本当に気が重い。目的の階まで辿り着き、老化を歩く。
スレイの部屋に着いた。着いてしまった。
ドアの前に立つ。今家にいるのだろうか。
「ふぅ……」
拳を握り、弱める。リラックスしろ。俺。
勇気を出して、呼び鈴を鳴らす。
「…………」
反応がない。レイズはそれに少しホッとしながらも、もう一度鳴らす。
「…………」
はやり反応がない。それに、人の気配を感じない。
「いない……か」
このまま帰っても、マリナは納得しないだろう。
仕方なく、レイズはスレイの帰宅を待つことにした。
日が沈み、廊下の電灯が灯る。
レイズはかなりの時間を持て余している。ただ、色々と考え事をしていたため、意外と暇ではなかったように思う。
「……腹、減ったな」
スレイは帰ってこない。長時間労働的な何かをしているのだろうか。
あと少しだけ待って、それでも戻らなかったら日を改めよう。そう思っていたころだ。
道場での特訓が終わったのだろう。この階の住人が戻ってきた。
「あれ?あんた、この部屋の人に用かい?」
「え?はい」
特に話しかけてもいないのに、30代くらいの男性が声をかけてきた。
「この部屋の人ならもういないよ?」
「え!?」
驚いて男性の顔を見るレイズ。
トレーニング後でスッキリしているのか、自分とは違い、清々しい顔をしている。
「あんた、よく似てるな」
「……住んでいたのは、自分の兄です」
「おぉ、そうかそうか!道理で!」
隣同士で交流があったのだろうか。
スレイの顔をよく覚えている様子だった。
「その、あいつはいつからいませんか?」
「う~ん……少なくとも三日は見てないな」
「三日……」
少なくとも、という感じからして、もっと前からいなかった可能性もある。
「勉強熱心だったね。でも、結果が出なくて悩んでいたようだよ」
「そう……ですか」
「ボクも応援したかったんだけど……自分のことが精一杯だったし……」
その男は、悪びれながらもそう言った。
レイズはそれにどう反応していいか分からない。
身内ですら呆れてしまったのだ。怒るのも違うし、愛想笑いで流すのも違う。
ただ、無表情で「そんなことないです」と答えるしかできなかった。
「ここにいないとなると……家に帰ったのかも知れないね」
「そう、ですね」
レイズとその男性は、それで別れた。
一人外に出た後、レイズはスレイの部屋だった所を見上げる。
(竿……カーテンもなくなってる……)
物干し竿やカーテンがなくなっていた。あの夜は、確実にそれらがあったはずなのに。
スレイは完全に部屋を引き払ってしまったようだった。
今、どこで何をしているのだろうか。
十中八九、もうこの町にはいない。しかし、周囲には魔物がうようよいる。
ヴァイス平原を抜けてシャンバーレに入れたのだから、通常時であれば何とかすると思う。が、彼の今の精神状態は普通じゃない。
魔物に襲われなければいいのだが。
(スレイ……)
襲ってくる喪失感。
しかし、もう遅い。
この町に、彼は……兄はいないのだから。