ーレイズの病み期ー
リゼルたちは、何とか自分がお世話になる道場を見つけていた。
当然だが、シャンバーレの道場事情に詳しくない。
そのため、先日町を見て回って検討した結果、とあるグループで経営している道場へ通うことに決めた。
グループ運営のため、そのグループで属性を網羅している。
そのせいもあってか、女性の比率が多い道場へ入ることができた。
個人経営が多い中、多属性を取り扱っている道場は珍しい。
パンフレットにも、『超一流の講師陣』や『手厚いサポート』など、良さげな言葉が並んでいた。
回数で料金が決められており、近いクラスで学習ができるらしい。グループということもあってか、割高である。ただ、有名道場なため、安心できると思い、そこにしたのだ。
グループとは言え、特訓する建屋は別だ。よって、仲間とは離れ離れで学ぶことになる。
道場で学んだことをメモし、宿で情報を共有する。
自分たちは圧倒的に経験値が足りていなかった。
そのため、基礎知識と経験を増やすことに注力することにした。
休日には、宿代や道場代を稼ぐために魔物と戦うようにしている。
最も、勝てる相手など知れているが。
今日も仲間たちは、それぞれの道場で龍魂を学んでいる。
それなのに、レイズはスレイと会ったあの日から、全く進めずにいた。
何もしていないのではない。道場にも通い、座学にも力を入れている。
他のメンバーの情報が役に立つかと思い、近々道場へ通う予定のマリナと一緒に、仲間たちが作ったノートに目を通して過ごしていた。
「チぃ……」
が、レイズは全く集中できていなかった。
ガシガシと乱暴に頭をかいている。ノートの内容が全く頭に入ってこない。
マリナ自身もチンプンカンプンな所はあるが、雰囲気は分かる。
彼の疲れている様子に、声をかけてみる。
「レイズ……?」
「あぁ?なんだ?」
「いや、その……大丈夫?」
つい、「大丈夫?」と聞いてしまったが、全く大丈夫には見えない。
バージルからは「そっとしておこう」と聞かされたが、どうも気が荒れている。
「大丈夫、と言いたいけどな」
「そう……」
レイズは力なく笑う。
道場は見つけているものの、身が入らない。ノートを眺めてはいるものの、書かれている内容を実践しようと思わない。そもそも、理解ができているかも怪しい所がある。
あの夜のことが心に引っ掛かり、気になって仕方がない。
「……行ってきたら?」
「あ……?」
「お兄さんのこと、気になるんでしょ?」
マリナだけではない。バージルたちも全員気付いている。
あの夜からレイズの様子が明らかにおかしかった。兄弟のことだからと変に介入することはしていなかったが、どうも振り切れないらしい。
このままでは、ここに来た意味がない。
「わたしはあのこと、気にしてないし……」
「でも、おかしいだろ。俺らがどれだけ苦しんだか……」
「そうね。でも、あなたのお兄さんも苦しんだはず」
「ッ……」
レイズは言葉に詰まる。
時間が経過したからというのもあるが、マリナは冷静だった。
龍の暴走に巻き込まれてからは、人生がどん底のような感じだった。
助けはきても、それに甘えることはできない。龍に支配され、力で傷つけようとしてしまう。
レイズたちに会わなかったら、今もダルトで暴走していただろう。
もしかしたら、肉体が限界を迎え、朽ちていた可能性だってある。
それでも、救われてここにいる。
努力が実った側の人間だ。そう考えると、スレイは報われなかった側の人間である。
「それにしたって……」
「……確かに、あの一言は効いたわ。でも、怒ってない」
確かに、あの言葉は重たい一撃を食らったかのようだった。
自分の苦しみを知らない人間に言われて気分が良いものではない。が、自分もスレイの苦労を、努力を知らない。
「お前は……強いな」
「強くない。でも、今は一人じゃないから」
「そう……か……」
当時のマリナは、龍力が扱えないまま時間が経過していた。力が扱えない焦りと、いつ暴走してしまうかの不安ばかりの生活だった。
だが、彼らの力になりたい。その一心で特訓に励んだ。
王都へ行けず家に帰ってきたとき、家族は親身になってくれ、応援してくれた。
龍魂に関する情報を一緒になって調べてくれた。
だから、頑張れた。
「でも、あなたのお兄さんは一人よ。あの部屋を見たでしょ?あの人は、一人でずっと頑張ってきた」
「…………」
ボロいアパートの一室。人間一人が住むのが限界な広さである。
そのスレイの部屋には、分厚い本が重なっていた。あれが「やっているフリ」だとは思えない。
「そう、だよな……」
レイズもそれは確認している。
「……行ってあげて。少なくとも、ここにいても何も解決しないわ」
「…………」
視線を向けるレイズ。マリナと見つめ合う形になる。
彼女は、もう一度口を開いた。
「……行ってあげて。後悔する前に」
 




