ー葛藤ー
部屋に残された三人。
最初感じていたレイズの怒りは、やがて失望に変わっていた。
子供のころ憧れていた兄は、ただ不貞腐れているだけの人間に見える。ダメ人間にしか見えない。
「レイズ、俺たちも……」
「クソが」
帰ろうと急かすバージル。
でも、やっぱり一発殴りたい。
「何とか言えよ!?」
「レイズ、止せ……」
龍魂の資格を得るため、勉強や鍛錬に勤しんだが、結果が現れず、心が折れた人間をバージルは見たことがある。
それに、スレイはレイズのエピソードの『龍魂を得た』や『仲間がいる』などのプラス部分だけをピックアップし、勝手に美化したのだろう。
そこだけ印象に残ってしまえば、羨む気持ちも湧いてくるのかもしれない。
「…………」
「だんまりかよ……!?」
「もういいだろ……」
スレイに反応はない。
もうこいつに期待はしていない。だから、どうでもいいはずなのだ。
しかし、その態度はどうも気に食わない。
「ほら、行くぞ……」
「クソ……クソ……!」
ただ一人の兄であるスレイ。
憧れていた兄の残像と、今の兄の現状。
絶望しつつも、関わりたくなくとも、たった一人の兄だ。
どうにもならない感情が、レイズの中に渦巻く。
「~~もういい……」
バージルに引っ張られ、部屋を出ていくレイズ。
最悪の夕食になってしまった。
部屋に一人残されたスレイ。
いつもの部屋に、一人の自分。普段通りの風景だ。違うのは、精神状態。
この、心に空いた穴は何だ。この虚無感は、いったい何だ。
レイズたちが帰った後、スレイはしばらく動けなかった。
「…………」
何も考えられなかった。
皿の上には、食べきれなかった冷めた惣菜が並んでいる。
女性陣が帰る際に、割りばしなどは一つに集めて捨ててくれていた。
そのため、片付けという片付けはない。明日食べればいいだけの話。
視線が冷めた総菜から、龍魂の本へと移る。
「…………」
自分は、なぜこうなってしまったのだろう。
どこからおかしくなったのだろう。
龍魂が欲しかった。
家を捨て、龍魂のために勉強を重ねた。
それなのに、試験では毎回落とされた。
試験が受かったと思えば、実技でボロボロだった。
器用な方ではなかった。差が小さい子供のころなら、気にならなかっただろう。しかし、この歳で思い知らされた。
それでも、諦めない。諦めたくなかった。幸いにも、再挑戦は認められている。ただ、筆記試験の免除はない。
金を得るために働いたし、並行して勉学を進めていた。
必死に勉強したし、必死に龍魂の本を読み漁った。
でも、ダメだった。
毎回手元に届くのは、『不合格』と記された通知のみ。
シャンバーレに場所を移し、肉体面、精神面ともに鍛えたつもりだった。
が、それでもダメだった。
目の前に上手くいっている者が現れただけで、こんなにも心が揺らぐなんて。
しかも、それが身内であり、弟であると。
(おれ……は……)
自分は、もうすぐ二十一歳になる。
自分の中で、二十歳くらいまでをメドにし、家を出た。
それがもう気付けば二十歳を超え、もう一つ歳を取ろうとしている。
今年ダメなら、もうダメだ。
そう思っていた矢先だ。レイズが現れたのは。
スレイは、何もかもがどうでも良くなっていた。
否、努力は続けたい気持ちがある一方で、諦めたい気持ちも大きくなっていた。
が、帰る場所も、行く当てもない。グリージを捨てたのは自分自身だ。
その事実が、スレイをさらに苦しめる。
決めた道。選んだ道なのに。
スレイは、今年の試験を受けないつもりになっていた。
部屋の隅にあるタワーのように積み重なっている教本。
借り物は返して、後は全て燃やしてしまおうか。この部屋も、もう必要なくなるだろう。
自分には、生きる価値がない。
「ふぅ……」
暗い部屋に、スレイのため息だけが響いた。
自分をとことん嫌いになった、救いの手が必要な男のため息。
しかし、ここで救いの手が差し伸べられるほど、現実は甘くない。
スレイは重い腰を上げ、テキストに手を伸ばす。