ー失望ー
夕食も終わり、レイズは今の状況を具体的に話していた。
龍魂のこと。暴走のこと。
騎士団のこと。冒険のことなど。
話したいことが多すぎて、時間がいくらあっても足りない。
そう思っていた時だ。スレイが有り得ない一言を発した。
「……羨ましいよ」
「!」
レイズだけではない。バージルたちにも緊張が走る。
いや、羨ましいという言葉は分からなくもないが、今ではない気がする。
「なに……が……?」
「お前は、龍魂を得たんだな」
それだけで、スレイは無龍力者であることが分かった。
数ある本も、勉強の軌跡も、龍力を得るための勉強だ。
スレイの龍魂への興味関心の深さ。その片鱗が見えた気がした。
「……」
「っ……!」
マリナ、ミーネは下を向く。レイラも目を閉じ、唇を噛んだ。
(それを……言うのですか……?)
『あの日』彼がどこで何をしていたのかは分からない。が、エラー龍力者と言われている人たちは、欲しくて龍魂を得たわけではない。
それに、彼らは暴走した際、心や体に深い傷を負っている。
大切な人を傷つけたり、関係性が絶たれたり、居場所を失ったり。苦しみは三者三様だ。
「本気で言ってんのか!?」
レイズはスレイの胸倉を掴んだ。
その勢いで、センター分けの彼の髪が乱れ、目が隠れる。
「……あぁ」
「ざっけんな!」
「……でも、お前は『救われた』んだろ」
前髪の合間から見えるスレイの目。
彼の目は、本当に無機質のようだった。
「ッ!!」
クソ野郎。殴ってやろうか。
レイズは拳を構えるが、バージルが腕を掴んで止めた。
「レイズ!!」
「離せ!!こいつは何も分かってない!!」
「……止めとけ」
「ち……!!」
まっすぐバージルに見られ、レイズは怒りの矛先を失う。
スレイを離し、どさ、と乱暴に床に座る。
「……んでだよ」
「殴っても、あいつらの気が晴れるわけじゃない……」
レイズは他の仲間を見る。
「「…………」」
マリナ、ミーネは下を向いたままだ。レイラも目を閉じたままで、心の底はよく分からない。
一番動きそうなリゼルは、ただ黙ってコーヒーを飲んでいる。矛先がレイラでないため、興味なしなのだろうか。
「リゼルは何とも思わないのかよ……」
「……思わない訳ないだろう。が、現実は違う」
「あん?」
「被害は絶大な暴走状態を知っても、羨ましい、という声は……少ないが、聞いたことはある」
そこで、レイラも小さく頷く。
「は……?」
意味が分からない。
こっちは傷付けたくない人を傷つけ、精神に深いダメージを負った。全身から炎が舞い上がり、全てを焼く光景は脳裏に刻まれている。今でも夢に見るくらいだ。
それなのに、羨ましいとは、本当に意味が分からない。
「それでも、龍魂に憧れる奴は、憧れる」
「…………」
スレイの部屋にある机には、分厚い本が何冊も積み重なっている。
すべて龍魂の本だ。故郷を発ってから、今日まで、ずっと勉強していたのだろう。
「血の滲む努力をしても報われないのが龍魂の試験だ。逆に、運で受かる場合もある……適正の関係でな」
「で!?」
「こいつは暴走した経験がない。今のお前を見て、龍力が使えることを羨んだのだろう」
「…………」
睨むように、レイズはスレイを見る。
スレイの表情は打って変わって、再会した時のような顔ではなくなっていた。
ただ黙って虚ろな目をしている。どこを見ているのかも分からない。
「結果論だが、お前は社会復帰できた側だ……それも含めての言葉だろう。本当に愚かだと思う」
気を遣ったのか、愚かのタイミングだけ、小声になったリゼル。
「……が、お前の兄にとっては、それが全てなのだろう」
旅をして、現状を知る前だったら僕も殴っていた、とリゼルは話を結んだ。
これでも、リゼルは丸くなったと思う。
出会ってすぐの彼なら、こんな説明なしで「黙れ」と切り捨てていた気がする。
「リゼル……」
彼はコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
その瞳には、スレイは入っていない。レイラに素早く目配せをする。
「帰る。邪魔をした」
「はい……お邪魔しました……」
レイラ、マリナ、ミーネは、スレイに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で挨拶を言い、帰っていく。
部屋に残されたのは、レイズ、バージル、スレイの三人となった。