港町ミナーリン
龍魂の特訓もそこそこに、レイズたちは完全に下山し、最寄りの町ミナーリンに到着していた。
ミナーリンは港町で、貿易が盛んである。
下山途中チラッと見えたが、船が何隻も泊まっている風景は、中々の迫力である。
町の中央に大きな公園があり、そこに大きな噴水があった。
その水が、町全体にいきわたるよう水路を作っている。水と共に生きる町な印象だ。
青い空と水路に反射する太陽が眩しい。
さて、所々であるが、建物に修復中の幕がかけられている。
これは、先日の龍魂暴走の爪痕だろう。町の規模から見ても、少ないっちゃ少ない。
人間の力では時間を要する仕事も、龍魂の力を借りれば容易い。だいぶ修復が進んでいる様子だ。
大都会というわけではないが、グリージから出てきた人間としては、十分都会だ。
当然、往来する人も桁違いに多い。田舎者がバレないように立ち回って欲しいが、レイズには無理だろう。
実際、度々興味を引く物にフラフラと立ち寄り、感激していた。
そんな姿を見て、バージルは一人、絶望している。
(誘っといて他人のフリはできねぇな。クソ……)
ミナーリンの風景一つ一つに、観光の時間を割いている余裕はない。
肝心の龍魂だが、時間を見つけては使い方のレクチャーは続いていた。
途中発見したことだが、水場が近くにあるとレイズは安心するようで、川に沿って歩を進めた。
ミナーリンに寄ったのも、レイズの精神面を考慮してのことだった。
正直、バージル的に、この町に用事はなかったのだが、仕方ない。
アレコレ駆け回っていたレイズも少し落ち着き、今は隣を歩いている。
「きれいな町だな」
「あぁ。龍力には慣れたか?」
町のことには触れず、バージルは口を開く。
彼にって、このくらいの町は驚くようなことではない。
「まぁ、だいぶ。燃やしたくないものに火は付かなくなった」
練習中、基本的に「敵」がいない。
よって、攻撃対象がない状態で行う。だから、龍力を発現させ、再び生身に戻った際に焦げ跡が無ければ、成功の目安となる。
練習場所を水辺付近に移してからは、彼の龍はかなり落ち着いていた。
彼にもその自覚はあったらしく、明らかな進歩である。
「そうか。で、意識の方はどうだ?」
「小出しにしてるからな。飛んだりはしてない」
自我と龍との意識バランスに関しても、良好らしい。
単に龍魂を使っているだけなため、明確な「敵」がいる場合は分からないが、龍魂自体への恐怖心は薄れてきているだろう。
「なら、そろそろ大きく力を使うか?」
「え?あ、あぁ……」
バージルは、ミナーリンに数日泊まり、町はずれの場所で次の段階へ進むと知らせてくれた。
乗り気ではないが、次のステップに進むべき時期。今のままでは、龍力者として、自分の身を守ることができない。
「よし。宿行くか」
「宿?泊まれるのか?」
「……言っておくが、安宿だぞ。魔物も金品を落とすから、それで宿代を少しでも稼ぐんだ」
レイズの精神面を考慮して中央まで来たが、この付近の宿は高い。
とてもバージルの手持ちで賄える額ではない。
「あぁ。分かった」
どうやら、本格的に戦闘を始めるらしい。
龍魂こそ扱え始めたし、龍に対する壁も薄くなってきたと思うが、一気に実戦か。
意識バランスを考えつつ、走り回って剣も振って……考えただけでも憂鬱な気分になる。
が、嫌だと言える状況でもないのが現実。
「……やってやるさ」
「……あんま気ィ張んなよ」
町の中心部から反れ、レイズたちは宿を探す。と、その前に。
「待て。薬補充しとく」
「?足りないのか?」
「いや、念のためだ」
これからの状況次第な所はあるが、レイズがノーダメージで戦闘経験を積んでいける保証はない。
自分が居たとしても、100%フォローするのは無理な話である。それに、回復龍術は得意な方ではないため、龍力回復できる薬は持っておきたい。
そんな流れで、入ったショップ内。
グリージよりも、値段が安い。否、モノの値段は同じだが、TAXが安い。
「……税率って下がったのか」
「あぁ。グランズ王の娘が今の王だが、そいつが命じたとさ」
「へぇー良いじゃねぇか」
「国難だからな。当然っちゃ当然だけどな。あ、いや……」
「?」
何かを思い出したように、言葉が止まるバージル。
「物価高でも、税金を上げる国もあるって話だ」
「……俺でも分かるぞ。経済オンチかよ」
「検討……メガネ……犬……」
「何の暗号だ?」
「いや、いい。忘れてくれ。それより、今度こそ宿探しだ」
薬を補充し、宿探しに戻る二人。
「あれは……」
その道中、レイズがふと気づく。その視線の先には、馬を引き連れた、いかにもな格好をした数人の男たちがいた。
共通しているのは、裾長の上着。半袖長袖バラバラであるが、デザインは同じだった。
「騎士団じゃねぇか」
「あれが?」
「あぁ。騎士団の隊だな。そういや、グリージに騎士団基地はないな」
「初めて見た」
レイズが想像していた恰好よりも、かなり軽装だ。それに、誰一人として鎧を着用していない。
「……騎士団ってみんな鎧着てるのかと思ったぜ」
「ん?あぁ。防御面は龍力で補えるからな。鎧は義務じゃない」
「……いいのか?入隊希望だろ」
「は?」
何か言いたげなレイズの目。
せっかく、念願の騎士団員が目の前にいる。なのに、バージルは動こうとしない。
それを問うているらしい。
「騎士団に入れてくれ!!ってか?正規ルートで行くさ」
「え?そうか……」
あれだけアツく語っていたバージルだ。
隊員を見るや否や走り出し、直に頼み込むと思っていた。
「話、聞いてみるか?」
「だから、正式ルートがある「違うって、何話してるか、こっそり聞くんだよ」
「はぁ……お前なぁ……」
バージルはため息をつく。
それはつまり、聞こえるか聞こえないかくらいの距離まで近づき、盗み聞きしようというのだ。
実際、隊員の表情は明るくない。
何か重要なことを確認していることは間違いなさそうだが、盗み聞きは違う気がする。
「いいんだ。先に宿取って、荷物おろしちまおう」
「……お前が良いなら良いけど」
お節介だったか。内容次第では騎士団への繋がりができるかも、と思ったが。
確かに、向こうは仕事中で、気を散らすのも良くないか。
レイズは荷物を背負い直し、バージルの後についていく。
自分の使命は、戦闘中でも龍力を扱えるようにすること。これが、最重要課題だ。
彼の望みが叶うのは、その後。
足手まといにはなれない、と自分を鼓舞するレイズだった。