ー二人の過去ー
レイズたちは、全員でスレイの家にお邪魔していた。
マリナも合流し、一緒だ。
一人で暮らす程度の広さ、設備だ。部屋は綺麗に整理整頓が行き届いている。
入る前に数分待たされたが、散らかっていれば数分では片付かない。普段からやっている証拠だと思う。
壁際にある机には、分厚い本が数冊並んでいる。どれも龍魂に関係する本だ。付箋が付いているのを見る限り、目を通した後なのだろう。努力が垣間見える。
窓の近くに置いてあるベッドは、簡素なものだ。寝ることができればそれで良い、という印象。
ベッドの下の空間にも、龍魂の本が積まれている。埃を被っていないのを見る限り、日常的に見ているのだろう。
……その本の奥に何があるのか、は聞かないし調べない方が得策だろう。
ちなみに、彼の部屋は二人以上住むことを想定されていない。
そのため、かなり狭く感じる。が、贅沢を言える立場ではない。店で買った惣菜をそこに広げ、夕食を共にしている。
スレイは種類の違う皿を全員に配りながら、レイズに話しかける。
「……驚いたよ。まさかお前がここにいるなんてな」
「それは俺もだよ」
彼はレイズの4つ上の兄。
二十歳は超えているが、当然レイズに似ているため、バージルたちはそこまで肩を張っていない。
完全初対面なのに、他の人よりリラックスできている。
「で、彼らが今の友人(?)か……」
全員がレイズと歳が近い。だが、距離感と言うか、仲良しグループにしては、よそよそしさを感じていたスレイ。
友人、の所でイントネーションが上がってしまう。
「あ、いや。今は……」
彼の疑問に答える形で、バージルたちは軽く自己紹介を終える。
「……全員が龍力者……『あの日』のも……それだけじゃなく、女王様と一緒なんてな……」
旅の疲れが残っているとは言え、一般人の私生活では接点がないレベルの美しい女性だ。
スレイも、いつかのバージルと同じように距離がある。
「はい。よろしくお願いいたします」
「あ、こちらこそ……」
「レイラ、良かったのか?身分のこと……」
レイズは彼女に聞く。
彼女は、スレイに身分を隠さず明かした。
「えぇ、レイズのお兄さんなら、信用できますし」
そう言って、ニッコリと笑う。
威圧するような笑みでも、不気味な笑みでもない。澄んだ笑み。こんな純粋な表情を久しぶりに見た。
その眩しさと恥ずかしさで、スレイは慌てて目を反らす。
「誰にも言いませんよ」
「あ、照れてる」
「……るせぇ」
あのレイズが、ここまで大きくなっているとは。
スレイは昔のことを思い出していた。
「本当に……久しぶりだな……」
気付けば、口が勝手に動いていた。
声に出すつもりはなかったのに。
「そうだな。本当に……」
レイズも同じく、昔を思い出していた。
子供のころは、何をやってもスレイに勝てなかった。
勉強、ゲーム、運動、農作業。
何でもそつなくこなすスレイに、レイズは憧れていた。
が、そんな日も長くは続かなかった。
数年前、レイズ、スレイの父が、より良く給料を稼ぐために王都へ旅立ったのだ。
そこからしばらくして、兄との関係はおかしくなっていた。
スレイは自室に籠って、勉強に明け暮れるようになっていた。
その理由は、父からの手紙を通じて深く知った、龍魂への異常なまでの興味関心。
村にも龍力者はいたのだが、日常生活が便利になる程度の力しか使っていなかった。
『力』を振るうやり方をスレイやレイズは知らなかったのだ。
帰ってこない父、兄を龍魂の世界へ引きずり込んだ父を、いつしか疎むようになったレイズ。
兄が足を踏み入れたのは自分の意思だが、それでも思う。「龍魂のことを書かなければ、スレイは知ることはなかったのだ」と。
月日が経つうちに、二人で遊ぶことも少なくなり、レイズも一人で過ごすことが多くなってきた。
ただ、農場に行けば誰かしらいたため、そこで暇を潰していた。
気分転換だ、と言って無理矢理スレイを引っ張って遊ぶ時もあったが、いつしか勝敗は逆転していた。
どんな遊びでも、レイズが兄に負けることはなくなっていたのだ。
自分が負けるなどありえない。手を抜いているのでは?と詰め寄ったこともあるのだが、スレイは目を反らし、小さく「……んな訳あるか」と呟くことしかなかった。その時の悲しそうな顔は、今でも忘れることができないでいる。
勉強面でも伸び悩んでいるらしく、荒れていることもあった。
母はそれに対して怒るようなことはしなかったが、「力とか地位にはこだわらないで」と言っているのを聞いたことがある。
ここまでくると、お互いがお互いを避けるようになる。
別に怨みもない。なのに、一緒にいても会話をしないし、目も合わさない。
まだ兄と遊んでいたかったレイズにとっては、辛い時間だった。
そんな兄も、気づけばグリージを発っていた。
理由は、「龍力が欲しい」だそうだ。
そこから、五、六年。
意外なところで再開を果たした二人。
何を話すのだろうか。ここで勉強しているということは、龍魂の強さを求めてやってきたのだろうか。
「自分たちの助けになってくれるのでは?」と言う淡い期待がレイズを募らせるのだった。