ートライホーン・ビースト戦ー
場に緊張が走る。
互いに互いを睨み、動かない。
草原に風が駆け、草花が揺れる。
彼らは逃げない。
逃げれば、走れないマリナが魔物の餌食となるからだ。
「クソ……やるしかないのか……?」
バージルは、ゆっくりと剣を抜く。それに倣う形で、レイズたちも武器を手に取る。
もう一度気配を殺そうかとも考えたが、一度こちらの存在を感づかれた以上、それは無駄な努力だ。
黒い角が特徴的なその魔物は、ゆっくりと、確実に。
そして、次第に速度を上げて近づいてくる。
レイラは、疲労感が強いミーネとマリナを下がらせる。
「ミーネ。マリナを」
「えぇ……」
マリナに肩を貸し、ミーネは後方へ下がる。
彼女の身体を触ったとき、こんな筋肉がないのか、と少し衝撃を受ける。
同年代同体系の女生と比較して、筋肉量は見るからに少なかったが、ここまでとは。
よくここまで着いて来てくれた。
「さて、と……」
「……やるしかねぇな」
マリナとミーネを守るように、レイズたちは前に出る。
「……でか」
後方で、ミーネは呟いた。
距離が近づくにつれ、それがよく分かる。
いつか見たアイスウルフよりも大きい。それに、あの三本の角がより恐怖を駆り立てる。
「勝てるのかよ……?」
「知るか!」
「おい、ま「……来ますッ!!」
リゼルが何かを言おうとした瞬間、魔物が大きく動いた。
レイラが叫ぶと同時に、加速が乗ったその魔物は飛び上がった。
大きな口を開け、食いついてくる。涎が宙を舞い、血の残った口が開放される。
「かわせッ!!」
レイズたちは四方に散った。
標的を定めさせないためだ。
「ラァッ!!炎龍剣!」
三本の角ートライホーン・ビーストーに斬りかかる。
ぶし、と皮膚が切れる。剣は通るようだ。少量の血が舞う。
それ違いざまにトライホーンと目が合うレイズ。
「……!!」
全て見透かされ、吸い込まれそうな瞳。
肉を狩るためのあらゆるパターンを見通していそうな瞳。
背筋に寒気が走る。
彼は逃げるようにその場から離れ、カーブしながら走る。
「頼む!」
「えぇ!!」
入れ替わるように、レイラが駆けていく。
「……光龍槍!!」
手に持っているのは剣だが、突いて使う槍のように、レイラは技を繰り出す。
こちらも皮膚を割き、少なからずのダメージを与える。
しかし、怯ませるまでの威力にはならない。
ピク、と前脚の筋肉が収縮するのが見えたリゼル。
前屈みからの突進?頭突き?分からないが、何か、来る。
「レイラ!反撃来るぞ!」
「……!!」
反撃として、しゃくり上げによる攻撃が繰り出される。
ただ、レイラの戦闘力であれば、回避できなくない。無理矢理身体を捻り、何とかかわす。
トライホーンの攻撃方法は、角や牙だけではない。
ギラリと生えそろった爪も厄介だ。強靭な前脚から繰り出される攻撃は、並大抵の龍力では弾き飛ばされてしまう。
「……ウインドエッジ!!」
バージルは離れたトロから龍術を使う。
切れ味をもつ風を生み出し、トライホーンを斬る。
血は噴き出るものの、怯む気配はない。
これでは、自分たちの攻撃が効いているのか分からない。
「……ブラインド」
突如、トライホーンの目のあたりに闇龍の紋章が浮かび上がる。
一時的に相手の視力を低下させる術だ。
グレゴリーから食らってしまった経験がある。
彼らが勝利を掴もうとしている今、リゼルだけは、勝つ気はなかった。
どうやって逃げるか。そこしか考えていなかった。先ほどメンバーに伝えようと思ったのだが、タイミングが悪く、かき消されてしまったのだ。
リゼルが出した結論は、一時的に視力を奪うこと。そこでの、ブラインドだ。
視界を奪い、逃げれないか試そうとしたのだが、失敗だった。
「こいつ……!!」
トライホーン・ビーストは、以前よりも増して攻撃をするようになった。
視力は奪えても、他の感覚は奪えるわけではない。
龍力の感じる方へ、人間のニオイのする方へ、爪や角、噛み付きの攻撃が激しくなる。
レイズたちは、避けるのに精一杯となる。
「龍を抑えろ!!」
「そんなこと……!」
バージルは指示を飛ばすが、無茶な要求だ。
生身で受ければ即重症。そんな攻撃がバンバン飛んでくる。
そんな状況の中で龍を抑えることは、自殺行為だ。
レイズにそんな勇気はない。
レイラとリゼルは器用に龍を抑えていく。が、龍を抑えるということは、同時に攻撃手段を潰すことになる。
「こうなっては無理だ。一旦力を鎮めろ」
「善処するよ!!」
逃げ回りながらも、レイズは必死に龍を鎮める。
攻撃はいったん中止。回避に専念する。
(視力を奪ったのは失敗だった……様子見になるかと思ったが……)
突然視力を奪われれば、身体は緊張し、硬直する。
その間に逃走できれば、体力を使わずにこの戦闘を終えることができたのだが。
トライホーン・ビーストは硬直することなく、情報収集を他の感覚に切り替え、攻撃を繰り返している。
凶暴さは一級品。リゼルの経験からは珍しい部類となる。
(ここを耐えたら、勝ちに行く)
リゼルは闇色の髪を整えながら、トライホーン・ビーストを睨む。
ここで負けてなんかいられないのだ。