ー手負いの男ー
時は戦闘後数十分後まで遡る。
場所は、地図にすら載らない、小さな名前もない洞窟内。
「がぁぁぁぁぁぁあ……いてぇ~ッ!!」
ベージュの上着に、黒いぴっちりしたパンツ。だがそれも、今は血だらけで赤く染まっている。
殺人鬼グレゴリーは、何とか身を隠せる場所に逃げ込み、もがいてた。
傷が痛む。早急に手当てが必要だ。
あと、肉だ。肉が欲しい。脂がのった上質な肉が食いたい。
歩いてきたであろう道には、血痕が残っている。
これでは、血の匂いにつられ、魔物が寄ってくるかもしれない、が、今のグレゴリーに血の処理をする余裕はない。
万が一襲われても、この区域の魔物であれば、手負いでも返り討ちにできる。
「クッソォ……あのガキャ~……」
半暴走状態の捨て身の覚悟で戦ってくるとは。
暴走状態と自我の間。少しでも狂えば龍に精神を持っていかれるところだ。
なのに、あの小娘はそのギリギリを攻め続けた。そして、自分をここまで追い詰めた。
「ぜってぇ殺す……何があっても俺が殺す……肉を裂いて……四肢をブチ斬って……」
大きく呼吸をしながらも、自らの願望を呟く。
「ハァ……ハァ……」
もがいて、もがいて、もがいて、更に数十分は経っただろうか。
『痛みに慣れた』という表現は変だが、グレゴリーは何も感じなくなってきていた。
そのことで、心に余裕が生まれる。よし、今のうちに体力を取り戻してやる。
そのために、岩陰にもたれかかり、呼吸を整える。ゴツゴツしている寝床になるが、ベストポジションを探すために色々身体を動かす。
ようやくベターポジションを見つけたその直後。
人の気配と、足音が近づいてきた。誰か来る。
足取りはゆっくり。だが、確実に向かってくる。
「クソ……こんな時に……」
ベターポジションに別れを告げ、外から見えにくい位置に隠れるグレゴリー。
が、無駄だ。こちらですよ、と案内するように血が続いているのだから。
足音は洞窟の入り口で止まる。
「お~い。大丈夫か~?」
その人影は声をかけてきた。
知っている声だ。
「なんだ……フリア……か」
「おぉ。グレゴリー、生きてるな」
全身黒コーデで、長髪のロン毛の男。フリア。
どうやら自分を探しに来たようだ。
「大勢騎士団をやったみたいだな?」
「あぁ……だが、言われた通り殺してないぜ。一般人にも見つかってないはずだ」
「ん~?」
フリアは腕を組み、あからさまにうざったく首を傾げる。
その態度にイラつきながらも、彼に疑問を投げる。
「なぁ……なぜ殺さなかったんだ?その方が……恐怖心を煽れるぜ。何より、楽だ」
「俺たちの目的は、グランズをあぶりだすことだ。死者を出せば、ヤツは尚更出て来なくなる」
まだ実験段階だ、我慢しろ。とフリアは続ける。
「それに、ターゲット以外を無暗に狩るのは(俺の)趣味じゃない」
「ハァ……ハァ……そういう……モンか……?」
「あぁ。グランズは今一人じゃない。だから、のうのうと隠れていられる。国の再建を娘に押し付けて、な」
フリアは、ギリ、と歯を噛みしめる。
「……まぁ、アンタがそう言うならそれでイイさ……で、俺はいつ殺しに戻れる?」
グレゴリーにとっての最優先事項は、殺しの再開だ。
でないと、あのガキどもを殺せない。
フリアは少し視線を上に上げ、考える。
そして、こう言った。
「そうだな……『来世』かな」
「!?」
フリアは刀を構え、目にもとまらぬ速さでグレゴリーを斬った。
「は……?」
「……手負いを殺るのは(漁夫みたいで)嫌なんだがな」
傷口や口から血を吹き出し、グレゴリーは倒れる。
その顔は、驚き以外の感情がなかった。
「な……んで……」
「あ、仕留めそこなったか。ごめんごめん」
フリアがグレゴリーの傍にしゃがみ込み、微笑んだ。
「ん、用済み」
「…………」
グレゴリーは驚いた顔のまま動かない。
「あ、死んだか」
「よっと」と言いながら立ち上がる。フリアは抜いていた刀を振り、血を払い飛ばす。
彼は鼻歌を歌いながら、その名前のない洞窟から去っていった。
団員が彼の死体を見つけるのは、もう少し後になる。