力と自我
こうして、龍魂の歴史を学んだレイズ。
「そうだったのか。にしても、身勝手だよな。仕掛けといて、休戦してくれとか」
「あぁ。それは反省すべき歴史としてある。まぁ……これが龍力を得ようとする人間が最初に学ぶ歴史だ。ざっとだけど、まぁいいだろ」
龍魂は、使う力が強ければ強いほど、自身の中に宿る龍に自我を持っていかれやすくなる。度々言われる、意識のバランス。自我と龍との綱引き大会である。
このコントロールは大変だが、その分大きな力を引き出せる。
これは、『慣れ』で何とか出来ることではないらしい。無論、強者はそのコントロールに意識を割かれることなく(苦労を悟られることなく)龍力を操ることが可能とか。
確かに、村の連中も、自我と龍との意識バランスに神経を割いている様子には見えなかった。
龍魂を持っていないから、そもそもの背景があるなんて、想像もできていなかった。故に、人を注意深く見ていなかったと思う。
「……時間が経ってても、意識を持ってこうとするんだな」
「龍魂はパートナーっつっても、龍の力と知恵を無理矢理借りてる形だからな。慣れたからって、すんなりとはいかないさ。ただ、『やりやすく』はなっていく。個人差はでかいけど」
『慣れた』から、意識を持っていかれない、ということではなく、慣れてきても、その辺りの注意は付きまとってくるらしい。
龍力者というのは、精神世界で常に戦っていたのか。それも、場合によっては、戦いながら。
「そう言うモンか」
分かんねぇけど、とレイズは口を尖らせる。
龍魂の感覚的なことは、今話されても理解ができる題材ではない。
ただ、この先、いばらの道であることは何となく察しがついた。
「しっ!」
バージルが立ち止まる。その少し後で、近場の草むらが揺れた。
魔物だ。
「あれは、リーフか」
バージルは、どこか安心したようにつぶやく。
龍魂初心者と一緒では、強敵と戦うのは無謀だからだ。
「魔物……あれが?」
種から葉っぱが生えたような、可愛げのある魔物である。
(凶悪そうな)魔物には見えないが、魔物は魔物らしい。『凶暴なもの』だけが魔物だと勝手に認識していたが、世間敵には違うらしい。
自分は戦闘経験も少ない。気は抜けないだろう。
「良かったな。力が強くないヤツだ。練習相手になってもらおう」
「あぁ……」
攻撃力があまり強くないため、練習相手には良らしい。
レイズは、村と畑の往復以外あまりしたことがない。
外への憧れはあったが、魔物のこともあり、安全を取って、それで暮らしていた。
自然を生きる魔物。気が進まないが、自分はこいつと戦う。
「気絶させるか。ま、殺す必要はないだろ。ついでに龍を教えてやる」
「……あぁ。分かった」
自分が戦うことが分かってから、急激に喉が渇いた気がする。
(俺が……戦う……)
手汗が滲み、心臓の鼓動が煩い。緊張し、震える手で剣を抜く。
(相手は弱い……相手は弱い……)
震えているレイズに気づいたのか、バージルは肩に手を置いた。
「俺もいる。安心して力を使え」
「…………」
レイズは黙って頷き、構える。
「……どうやって引き出せばいい?」
「まずは、集中しろ。んで、剣に炎を宿す感じで、念じるんだ」
魔物はこっちに気づいているが、仕掛けては来ない。
距離は数メートル、戦闘の範囲外なのだろう。
「念じろって言われても……」
剣をじっと見つめ、力を込めるが、変化はない。
力を込めすぎて、尻の穴から空気が出そうだ。その直前、バージルは追加でアドバイスを口にした。
「……踏ん張るんじゃない。龍に意識を向けろ」
「そんなこと言ったって……」
説明が雑、と毒づきながら、訳も分からず念じてみる。
龍魂を使ったときの記憶。自分の中にいる炎龍の存在。それらを静かに感じてみる。
(炎龍……頼む……!)
燃え盛る炎の夢。纏わりつく炎の龍。
そして、痛みと怒りに染まる感情の中、燃え上がる別の何か。
全ての記憶を必死に思い出し、自分の中に間違いなく存在している炎龍に語り掛ける。
(なぁ、居るんだろ?)
その瞬間、目を閉じていた炎龍の瞼が開いた気がした。映像が脳に浮かんだわけでもないのに、鮮明にその風景が想像できている自分に驚いている。
その直後だ。剣先からわずかに炎が噴き出た。
「うわ……!」
コントロール能力すらない中での、龍力解放。
火力もカスだが、間違いなく龍力による炎。それはすぐに消えたが、明らかにレイズの意識を引っ張っていた。
その証拠に、レイズの身体がゆっくりと折れていく。
「レイズ!」
バージルの声も虚しく、意識が一瞬遠のいた。
ただ、飛んだのが一瞬で済んだためか、すぐに立ち直った。
しかし、龍力解放の精神世界への衝撃は大きい。
「ッ!」
レイズは剣を落とす。武器を手に取っていることすら恐怖だったのか。
同時に下肢の力が抜け、尻餅をついてしまう。立ち直った直後でこの脱力。
一気に力が抜けていった感覚だ。
炎が出たから意識が飛びかけたか、意識が飛びかけたから炎が出たのか、龍の感覚が分からないまま、龍力を引き出せた時間は終わってしまった。
ただ、いつまでも座っていられない。バージルの声が耳に届く。
「おい!見ろ!」
「!」
その音に驚いたのか、リーフはこっちに突っ込んでいるところだった。
バージルはレイズの前に立ち、叫ぶ。
「剣を離すな!!燃えはしない!!」
杖を構え、龍力を高める。風の力が、彼の周囲に充満した。
「……!」
レイズは肌でそれを感じる。これだ。この圧力だ。
そのまま振りかぶり、杖でリーフを殴って気絶させた。リーフは目を回したまま転がる。
「……龍力を使えないことは恥じなくていい。けど、武器からは手を離すな」
龍力解放が一瞬で終わったことよりも、戦闘中に武器を手放したことを咎めている様子。
「生身で武器すら失ってみろ。それは、死を意味する」
ゆっくりな口調だが、バージルの目は恐ろしく冷たかった。
これが、世界を旅して幾度となく戦闘を繰り返してきたであろう龍力者の目か。
紛れもない事実に、レイズは喉の奥が詰まる。
「ッ……分かってても無理だろ……!?」
息が乱れ、肩で息をしているレベル。嫌な汗が額に浮かび、頬を走る。
「くっそ……!」
「……ま、ゆっくりやればいいさ」
「はぁ……はぁ……」
少し龍を使っただけでこの疲労感。
バージルほか、世の龍力者はどれだけの時間と苦労を要したのだろうか。
自分にできるのだろうか?もう帰りたい。
様々な考えが浮かんでは消えていく。それら全てネガティブなものだ。
レイズの異様な疲れように、バージルは考える。
「…………」
自分も最初期は『こう』だったのだろうか。正直、あまり覚えていない。
それとも、エラー龍力者だからか?
何にせよ、先は長い。
「……練習あるのみだな。ま、急に龍力者になったんだ。いきなり完璧にできるとは思っちゃいねぇよ」
バージル自身、エラー龍力者に龍力をイチから教えることは初めてだ。
仮に龍力を反応させて彼の龍力を強制的に呼び覚ましたとしても、それは暴走で、コントロールではない。
最悪、殴って気絶させればいい。無理矢理でも力を引き出せるのなら、やる価値は……
「……物騒なこと考えてんのか?」
「……気のせいだ」
レイズに感づかれたのか、こちらを睨まれる。実際、その過去があるしな。
慌てて否定し、その考えを捨てる。
(俺の龍もそんなに精度が良いわけじゃねぇ……リスクの方が高い)
レイズと自分とでは、信頼関係もまだ薄い。
ここで仲を拗らせて帰られては、彼の母親に顔向けできない。
それに、騎士団では、他者に龍力を教える技能も必要だろう。それが実績として、自己PRの材料になるかもしれない。
彼が来る来ないの心配はあるが、自分の武器を増やしておくのは重要項目。
(……まだ慌てる時間じゃねぇ。実際、使えることは間違いねぇ。後は、どう進めるか、だな)
レイズを脅し、彼の母を説得する形で引っ張ってきた。
騎士団云々は置いておいて、最低限の責任は果たすのが道理だ。
バージルの能力が、試される。