ー焦りー
しばらくの沈黙の後、クラッツは話を続ける。
「……シャンバーレは安全と言ったが、注意は必要だ」
「分かっている」
「あの周辺の魔物の状況を騎士団は把握していないが……あそこの人間に対抗すべく、年々強くなっているという話も聞く」
「……らしい、な」
騎士団として出入りすることがない地域。
シャンバーレは観光地でもないため、休暇の滞在先になることもない。そうなれば、当然入ってくる情報は限られる。
クラッツがの話も、事実かどうかは行ってみないと分からないのだ。
「シャンバーレ、か……」
シャンバーレでも『あの日』の被害は少なからずあった。
しかし、騎士団に協力を要請せず、自分たちだけで何とかしたという。
そのため、エラー龍力者に関しての情報は今日まで得られないままとなっている。
騎士団を頼らない風土だ。エラー龍力者は平和に町で暮らしているのか、特訓させられているのかは分からない。
『あの日』の件は、国の有事だ。
何とかして情報を得ようと騎士団も動いたが、拒否され、シャンバーレの区域内に入ることすらできないでいた。
「まぁ、シャンバーレの犯罪率は著しく低い。魔物に気を付けていれば、大丈夫だと思うが……」
『あの日』以前より、シャンバーレの犯罪率は低かった。それは、シャンバーレが武道の町で、金や知財が集まらないという特徴が背景にあるかもしれない。
だから、犯罪に巻き込まれることはないだろう。ただ、完全にゼロではないが、他の町より(対人間では)安全だ。
しかし、魔物相手となれば話は変わってくる。『レイラを魔物戦で失いました』はシャレにならない。
ただ、フリアと剣を交えているリゼルはそこまで警戒していない。
「構わない。それに、魔物が強いなら、それだけでも鍛錬になる」
アイツレベルの魔物など、人間の生活圏内にはそうそういない。
「そう、だな……」
クラッツも、その辺も分かっている。
人間が生活する町だってあるのだ。十中八九、手に負えないレベルの魔物はいない。
リゼルには同調しつつ、目的を見誤らないよう、一応釘を刺す。
「……目的はシャンバーレの人間に接触、強さを探ることだ」
「分かっている。だが、魔物戦でも得るものはある。まぁ、引き際は弁える」
クラッツは一瞬黙る。
リゼルの言うことも間違いではない。
いくら龍力ばかりを強化しても、肉体が追い付いてこなければ、自身の龍力に身体が破壊される。
そうでなくとも、これからは格上と戦い続ける可能性が高いのだ。
自分を鍛えておくことも重要な点ではある。
「オーケー、お前に任せよう。フリアとの実戦経験もあるしな。だが、焦るなよ」
「…………」
クラッツの心配はそこだった。
フリアとグレゴリー。二人と剣を交えたのは、リゼルとレイラだけだ。
力の差を見せつけられ、気分は穏やかではないだろう。
二人とも、国民にとって危険な存在なのだ。だが、焦ってはいけない。
焦りは視野を狭める。
「一人で抱え込むなよ。お前の過去のことは詳しく聞いてない……が、今は一人じゃないんだ」
「あぁ……分かっている……」
リゼルは騎士団に正規ルートで入団していない。レイラとの関わりが関係しているとだけ聞いている。
よって、具体的な経緯を、クラッツは知らない。
だが、ルートはどうあれ、団長から見れば、大事な団員だ。一人だって欠けることは許されない。
クラッツは目を細める。
(リゼル……お前は強い。だが、孤独だ)
彼は強い。だが、彼と共に仕事をした団員からの評価は、軒並み低い。
二度と同じチームになりたくない、と最低の評価をされるほどに、だ。
それは、彼の性格や口調が影響しているのもあるし、彼の中の優先順位も関係している。
レイラを優先しすぎるが故に、同じチームの団員を疎かにする。当然、思うような動きが出来なければ、相手が新人・年上だろうと暴言を吐いていた。
そんな彼だが、最近は変わりつつある。それは、あのチームを組んでからだ。
彼の中でどんな変化があったのかは分からない。だが、間違いなく良い変化だと思っている。
彼の心の氷を解かせるのは、レイラだけではない。あのチーム全員だ。
完全に偶然組んだチームだったが、正解だったのでは、とクラッツは密かに思うのだった。