ー力の秘密ー
窮地に立たされたグレゴリーの奥の手(?)の具現化。生成した得物は短剣ではなく、剣った。
彼女の戦闘力に応じて緊急的に変えたのか、緊急事態故に龍力オーラを注入し過ぎたのか。
何にせよ、彼は満足そうだ。
グレゴリーは、具現化した剣をマリナに見せつける。
「これでどうだ~~?良い武器だろぉ~~?」
「……かン、けィ、なイッ!!」
脳のリソースをブチ広げた影響なのか、様子がおかしいマリナ。
言葉は発しているが、普段の流暢さはない。
その様子を、傷口を押さえながら見ていることしかできないリゼル。
応急処置により血は止まっているが、戦闘に参加することは不可能だ。
「…………」
当然、彼もマリナの様子が変なことには気付いていた。
暴走状態か!?とも考えたが、状況判断も敵味方の区別もできている。
脳のリソースをブチ広げた副作用なのか、新人ゆえの制御不可によるものなのかは分からない。ただ、あの状態を長く維持するのは危険だと、彼の本能が告げている。
ただ、それを止める力も身体も持ち合わせていないが……
「チィ……」
悔しさで、奥歯を鳴らしながらの舌打ち。
この戦いで、自分は完全に蚊帳の外である。
「来な!!」
「!!」
グレゴリーの声に反応し、マリナが飛び出す。
「おらァ!!」
剣と剣がぶつかり、弾ける。
龍力が荒れ、剣がぶつかるたびに激しい龍圧を生み出す。
得物の差か、まだマリナが不利か。
グレゴリーが消耗していなければ、あの状態の彼女ですら一蹴していたはず。
(無駄ではなかったようだな……)
自分たちの無謀にも思えた突撃も、意味があった。
皆、恐怖と戦った甲斐があったというもの。
戦闘能力は戻らないが、落ち着きは取り戻したリゼル。
すぐにでもレイラたちにも応急キットを使いたいが、ダメージは重く、動くに動けない。
仮に動くことができても、グレゴリーはこちらの動きも把握している筈だ。治療を邪魔されるだけ。
彼が思考を巡らせている間にも、戦闘は行われている。
「……!」
息を呑む攻防。
自分たちと戦っていた時とは、レベルが違う。
激しいぶつかり合い。
それは、時間にすれば数十秒だったと思うが、この龍力の嵐の中では、数分にも感じる戦い。
そんな中、戦況に変化が見え始めた。
「ク、ッソ……!」
明らかにマリナが押し返し始めた。ただ、グレゴリーの余裕もなくなってきている。
具現化は、本来長期戦及び戦闘後半には向かない技術。龍力を消費する代わりに、強力な武器を即座に得ることができる技。だから、力を使い切るまでの時間も早くなる。
その影響が出始めているのか。
しかし、流石はグレゴリー。
そこからの一歩、あと一歩が足りない。
「まダ……よ!!」
マリナの表情がどんどん険しくなり、目が大きく開かれる。
その瞳は、気のせいか龍の瞳にも見えた。それに呼応するように、龍力が更に高まっていく。
先程一瞬だけ落ち着いて見えた龍だが、今のぶつかり合いで、また荒れていった。
力強い稲妻が、彼女の周囲を駆けていく。
(あいつ……なんて力だ……)
本当に、本当に凄まじい力だ。戦いの中で、龍力が更に上昇している。
あの時のフリアと同格まではいかないと思うが、力量だけで言えば素晴らしい龍だ。が、マリナのあの「命を削っている感」が気になる。
(フリアの力とは、違う……?)
力量は確かに素晴らしい。
しかし、マリナのあの苦しそうな表情。生命の危機と隣り合わせに近い感じ。
フリアには、あんな危険さはなかった。常に涼しい顔をしており、強大な力の負荷を感じさせなかった。
(我慢……いや、ないな)
……我慢とか、根性とかそんなレベルではない。彼女とフリアの表情に明確な差がある。
だとすれば、脳のリソースをブチ広げることは、フリアの力に近付くことにはならない、となるのか……?
と、考えている時、かくん、とグレゴリーの膝が折れた。
「!」
体力を削られた先の具現化。無理な龍力の使い方をしていたグレゴリー。
龍力を維持できていても、その肉体はとっくに限界を迎えているのだ。
「こレで!!」
今のマリナにとって、十分すぎるスキ。彼女は腰を少し落とした。
銃を撃つような構えだ。纏う龍力が、雷龍の頭を形作る。
「雷、リュウ頭……砲げキィィィィイイイッ!!」
雷が落ちたかのような激しい音と共に、その龍が放出された。
マリナは反動で数歩後方に飛ばされる。
「!!」
龍は雷を纏いながら、グレゴリーに牙をむく。
回避が間に合わない。咄嗟に防御の体勢を取るグレゴリー。
次の瞬間、グレゴリーの腕に龍が食らいついた。
「があぁぁぁぁぁああ!!」
牙が腕に食い込む。雷の威力も尋常じゃない。
意識が持っていかれる。が、堪える。そして、彼は何とか気合でその龍を引きはがした。
「どらァっ!!」
「ッ!?」
剥がされた龍は光の粒子に変わり、空に散っていった。
「はぁ……はぁ……」
腕からの流血。流石に堪えたか、彼の顔に余裕の笑みはない。
だが。
「お前のカラクリ……読めたぞ~~?ったく、っぶねぇ力の使い方しやがる~~~~」
「な、ニ……?」
マリナは目をピクリと動かす。
そう。ぶっちゃけ、今の自分の力は、かなり不安定な状況にある。それも、トラウマレベルな。
「意図的に龍力を限界を超えて上げてやがるな~……それでも、自分の意識はギリ保てている……」
息を切らせながら、グレゴリーはしっくりする言葉を探して発していく。
「……土壇場で自分の実力以上の力を出せるのは……禁忌を犯したか、暴走しているか、だが……」
答えはもっていたが、敢えて候補を上げたのは、確認のため。彼女の反応を見て、より確信へと繋がる。
「暴走」の言葉が出た時、小娘の身体が一瞬強張った。確定だ。
「……なニが……いいタい?」
「お前、龍を暴走させてるな……?が、最低限の自我は保たれてる……強引な『半暴走状態』ってトコか~?」
「…………」
マリナは黙ったままだ。ハネた髪の付近で稲妻弾ける。
否定しないことを考えると、図星と言うことになるが。
(半暴走だと……?)
リゼルは考えを巡らせる。そんなことが可能なのか、と。
確かに、ダルトでは完全に龍に支配されていたのではなく、『敵意』や『悪意』に反応していたとレイラたちは言っていた。そして、会話ができるような状態ではなかった。
だが、今は会話もできているし、問題なさそうに見える。当時のように、『敵意』や『悪意』に過剰反応して龍力が引き上がっているようにも考えられなくない。
これらのことと、彼女が黙っていることを見る限り、本当っぽい。
(これが……あいつの力……)
彼女の「あの状態を長く維持するのは危険だ」と察知した正体は、これだったのだ。
戦闘中の「命を削っている感じ」も、龍と自我のギリギリを超えた更にギリギリの状態だったから。
龍力超解放の暴走状態。それに頼りつつも、完全に自我を失わないよう、必死で堪えている状態。
(どれだけの苦労を……それを、僕は……)
「あいつは諦めた」と判断した自分。
その判断は、正しかったと思う。実際、死にかけた場面もあった。新人が一人増えただけで、全滅のリスクは高まるのだ。
だが、実際彼女は諦めていなかった。
ダルトを発った後、彼女に何があったのかは分からない。が、相当な努力をし、力をつけた。
暴走から龍魂を得た過去・曖昧な意識下で龍力を扱っていた過去からか、意図的に暴走状態へ片足を突っ込む力の使い方も本能的に分かり、実行してくれた。
……身を削ってまで。
情けなく腰を落としているリゼルは、心の中で彼女の名を呟く。
(マリナ……)
彼女の状態を理解した今でも、無力な自分は何もできない。
ただ、歯を食いしばる。それくらいのことしか、できなかった。