ー無力ー
深い暗黒のオーラ。その重圧。果てしない恐怖が、レイズを襲う。
アンデットと相対した時とは別の恐怖だ。しかし、戦いは避けられない。
「あぁぁぁぁああッ!!」
「……!!」
レイズは自らを奮い立たせるため、大声を上げた。ミーネも彼同様恐怖を感じていたが、彼女の性格的に叫ぶことはできない。が、その叫びで少しだけ気合が入る。
新人たちに遅れる訳にはいかないと、身構えるレイラ、リゼル、バージル。
グレゴリーはそれを見て、ニヤリと笑う。
「若いねぇ~たまんね~!!」
「行きます!!」
先陣を切るのは、レイラとリゼル。
龍力を限界まで高め、果敢に斬りかかる。
「おっと!」
しかし、グレゴリーは跳躍でその場を逃れる。
彼女らの剣は、空を斬るだけ。
ただ、その数秒で、ミーネの詠唱が完了した。氷の紋章が、グレゴリーの頭上に描かれる。
「フリーズランス……!」
青白い光と共に、氷の槍が放たれる。標的もそれを確認し、見上げた。
「お……?」
が、遅い。回避は不可能だ。頭目掛けて槍が落ちる。
氷が衝突する音が周囲に響く。当たった!とバージルは口角を上げるが、どうもおかしい。
彼の姿勢は崩れない。氷の槍の先端と、人間の頭がぶつかったんだぞ。なんで……
「あ゛~マッサージにもならねぇぜ~?」
「ッ!?」
無傷。
(クソ!頭と槍が当たったんじゃねぇ!!あのオーラと、だ……!!)
奥歯を鳴らすバージル。
ミーネの槍は、グレゴリーを包むあのオーラと衝突し、砕けた。
彼女の攻撃力と、彼の防御力との計算で、彼女の槍が負けたのだ。それも、圧倒的差で。
「効かないの……!?」
「……龍はこう『使う』んだぜぇ?」
グレゴリーは大きく腕を振る。
そこから闇龍の衝撃波が生まれ、ミーネに襲い掛かった。
暗黒波か。
その衝撃波は、地面を抉るレベルの凄まじい威力で放たれている。
腕を振るだけでこの威力。龍力レベルがまるで違う。
「ミーネ!!」
バージルは急いで風の障壁を生み出すが、それは難なく突破されてしまう。
溜め不足か、グレゴリーとの力の差か。
彼女はそれを見た瞬間、横に跳んだ。
防御する選択はない。回避一択。
「!!」
間一髪。暗黒派は、彼女の足数ミリ先を流れていった。
抉れた大地が、ミーネに別の意味で衝撃を与えている。
(なんて威力……!!どうやって出してるの!?)
抉られた地面を見て、ミーネはぞっとする。
自分の限界でも、多分あそこまで威力は出せない。
「くそ!」
体勢が崩れているミーネを守るべく、バージルは走る。それを見て、レイズも走った。
龍力は万全ではないが、追撃を許すわけにはいかない。
「おらァ!!」
「だぁッ!!」
力の差がありすぎる。幾度となく迫る刃を敢えてギリギリで避ける。当たっていないのに、わざとらしく焦って見せるなど、グレゴリーは完全に遊んでいる。
しかも、反撃できるだろうに、一切してこない。ただ、その方がレイズたち的にありがたいが。
「もっとがんばれよ~!?」
余裕しかないグレゴリー。雑魚との戦いを楽しんでいるようだ。
性格の悪さが滲み出ている。
「うるせぇ!!はぁっ!!」
剣を思いきり振る。避けるかと思いきや、彼はその剣を受けた。短剣の陰から、グレゴリーと目が合う。
余裕ある気味悪い笑みが消え、一瞬だけ真顔になった。その瞬間、目の奥の暗黒にレイズは何とも言えない寒気に襲われた。
「ッ……!!」
堪らずレイズはすぐに剣を離し、下がる。
(何だ今の……!心臓と背中が……)
レイズが感じた恐怖を知らないリゼル。
「どけ!!」
いつの間にか、リゼルの延長線上に立っていたらしい。
自分を押しのけ、剣を振りかぶる。
「次はお前か~~~?」
リゼルの剣と、グレゴリーの短剣のぶつかり合いが始まる。
自分たちと戦っていた時は短剣をほとんど使っていなかったが、リゼル戦では使っている。
それだけ彼の龍力が高いのか、ただの気まぐれかは不明。
(並ぶとより明らかだな、クソ……)
分かっていたことだが、並ぶとより痛感する。
リゼルとグレゴリーの龍力オーラの差が。グレゴリーのオーラの方が、明確に大きい。
体格差はあるが、それを考慮しても、だ。
ただ、リゼルはその分を、技術で埋めようとしている様子。
力で敵わないなら、速さなら?長い騎士団生活で身に付けたスピード感ある技で、グレゴリーと戦っている。
刃が届かなくとも、敵の龍力を削ることは可能。それは、後続に繋がる。決して無駄にはならない。
レイズやバージルも入ろうと試みるが、激しすぎて邪魔してしまう未来しか見えない。
あのスピードで動かれたら、彼を追うだけで精一杯になりそうだ。
近付けないなら仕方ない。
バージルは龍術による火力支援を試みようと、詠唱に入る。が、止まる。
「レイズ。気付いたか?」
「え?何が?」
もっと観察眼を養えよ、と思うのは求めすぎだろうか。バージルは心の中で舌を打つ。
「……グレゴリーの動きが良くなってる」
「!」
言われてみれば。
最初に比べ、リゼルの剣に追いつく回数が増えてきた気がする。
龍力だけでなく、学習能力も素晴らしい。犯罪者なのがもったいないほどに。
リゼルの得意とする、スピード重視の剣技に追いつき始めている。
「う~ん……」
「ちィ……」
戦闘の最中だが、グレゴリーはやや悩ましい顔をしながら、頭をかく。
その余裕はリゼルを苛立たせた。
「闇龍襲斬!」
もっと、速さを。
グレゴリーの周囲を駆け回りながら、技を放つ。
その刃は、確実に彼のオーラを削っているのだが、見た感じ変化がないのが怖い。
と、永遠に続くと思われた戦いに変化が。
二人を包むほどの大きな光龍の紋章が地面に描かれる。
「!」
「切り裂け!!ブリリアント・ブレイド!!」
『溜め』十分に、詠唱を終えたレイラ。渾身の龍術を放つ。
が、グレゴリーは光龍の紋章を見ても慌てる様子は全くない。
紋章から巨大な光の剣が現れ、グレゴリーに襲い掛かる。
あれだけ溜めたのだ。身体は真っ二つになる……
「え……!?」
はずだった。
光の剣は、グレゴリーに当たる直前で、割れた。彼に接触する部分から、放射状に。
その「なまくら」は、粒子となって消えていった。単体で見れば美しい光景ではあるが、状況は最悪だ。
「嘘だろ……?」
「ちィ……」
彼は何もしていない(ように見えた)。実際は、何もしていない訳はないのだが。
「そん……な……」
詠唱時間も十分に取った。その渾身の龍術。レイラはショックを隠せない。
(どうして……奴は、何も……)
レイラの龍術の援護になるだろう、と続いていたバージルの詠唱が止まる。
あの威力の光属性龍術が通用しなかったのなら、自分の龍術など、力の浪費でしかない。
二人の攻撃で多少はオーラが消費されているはず。それなのに、肉眼で確認できる限り、グレゴリーのオーラに変化はない。
リゼルは歯を鳴らしながら、思考する。
(反撃……いや、あの体制は、ガード……)
彼は剣が当たる直前、全身が屈曲傾向、つまり、『耐え』の姿勢になった。
刃で斬られたものの、その『耐え』で防がれたのならまだ分かる。散々見てきた光景だ。
だが、攻撃側である剣を破壊するなんて芸当、『耐え』だけで可能なのか。
「驚くなよ~~騎士団ん~~」
グレゴリーは、薄気味悪い笑みを浮かべたまま挑発する。
先程の技術は、単に攻防力の差ではない。彼は、光の剣の『力の源』を何となく察していた。
力の差があればあるほど、龍の流れや術者がどこを強めに構築しているかがよく分かる。
だから、流れを乱したり、力の源を崩してやれば、簡単に破壊が可能。馬鹿正直にそれをしてもつまらないから、防御しただけに見せて、力が乱れるポイントを刺激した。
「……こんなモンか」
数分の戦闘で、グレゴリーはレイズたち全員の剣を交えたり、術を受けたりすることで、彼らの力量を知った。
そこら辺の騎士団員よりはマシ。そう。マシなだけで、有象無象の中で終わり。
「ん~~~~……」
少し考えた後、彼は顎を指先でかいた。
「もう殺っちまうか~?しょうもね~」
その瞬間、どす黒い龍力が噴出する。
「!!」
これはマジでヤバい。先程のオーラとは比にならない。レイズたち全員に緊張が走る。
リゼルの闇をも飲み込む闇が、悪意をもって襲い掛かる。