ー殺人鬼グレゴリーー
目の前の薄気味悪い男。グレゴリーと言うらしい。
殺人鬼として有名な指名手配犯であると。非常に危険な男。
彼自身を知らない情弱でも、レイラとリゼルの緊張した顔を見れば、どれだけヤバい男かは素人でも分かる。
「殺人鬼……」
身体の震えを感じたまま、レイズはグレゴリーと呼ばれた男を見る。
本当にに不気味なヤツだ。殺人鬼の情報がなくとも、近づきたくない雰囲気。
腰に短剣を二本携えているのが見えた。それで騎士団をやったのだろうか。たった一人で。
「間違いないのか?」
「えぇ。あんな顔、そうそういませんよ。ですよね、リゼル」
「あぁ。間違いない。が、ここ最近見ていなかったな」
直接追っていた訳ではない二人も認知しているだけの危険な男。
当然、担当の騎士団も動いていた。しかし、足取りが分からなかったと言う。そして、殺人も止まり、姿をくらましていた……
それが、今になって、急に目の前に現れるとは。
タイミングがクソ悪すぎる。
「なんで今!?それも大勢を傷付け……」
緊張でか、いつになく大きな声のミーネ。
最後まで言いかけて、は言葉を途中で切る。違和感を覚えたからだ。
(え?ちょっと待って……)
殺人鬼と呼ばれるほどの男。指名手配犯である事実。
引っかかったのは、そこだ。「殺人鬼」と呼ばれるほどの男だ。なぜ、団員を殺していないのだろうか。
あの団員たちは、ヤバそうな状況ではあったが、あの時点では誰も息絶えていなかった。
言いたくないが、戦闘力の差は明らか。殺すくらい、簡単にやってのけるだろう。
「いや~見つかっちゃってさ~?俺もさ~?殺したいんだけどさ~殺すなって『言われてる』からさ~」
語尾を伸ばす、イラつく喋り方。煽りか、こういう喋り方なのか。
とにかく、乗せられてはいけない。
リゼルはレイラを庇う立ち位置で、声を張る。
「……言われてる?誰にだ!?」
「これ以上は言うわけないだろ~?お前らも虫の息にしてやろ~か~?」
回答は得られなかったが、仲間(指示者?)がいることは明白。彼を潰して終わりではない案件。
そんな思考する時間はありそうにない。グレゴリーは短剣を抜き、龍力を高めた。
「!!」
凄まじい龍力。龍圧。
草は騒めき、木々は龍圧に負けるように斜めに変形する。
黒々としたオーラ。リゼルと同じ、闇龍使いだ。
「この感じ……」
レイラは身が凍った。あの時、公園で感じた龍力と似ている。
あの絶望。勝てない。差があり過ぎて、戦う気すら起きない。そんな感情。
ただ、救いとしては、あそこまでの絶望感はない。フリアよりは、明らかに下のクラス。
彼女はそう判断したが、初見の新人たちはそうはならない。
少なからず龍魂に覚えがあるバージルもだ。
(なんつー滅茶苦茶な力だ……!!)
馬鹿でかい龍力に、レイズは声を荒げる。
「なんだよ!!あれは!?」
「落ち着け!!とにかく、戦える準備を!!」
「クソが!!」
圧倒的な差。龍力者になりたての自分でもそれは理解できる。
だが、それは背を向けていい理由にはならない。自分たちは、騎士団員である。
荒れ狂う龍に潰されぬよう、レイズ、バージルも全力で龍力を高める。あがいてやる。
「……フリア」
ぼそ、とレイラは唇を動かす。
しかし、レイズたちは荒れ狂う龍力に耐えることに必死なのと、周囲の音で彼女の声が聞こえていない。
「あ!?聞こえない!!」
「フリアの龍と近いです!!」
具体的には、下である。が、その説明をしているほど時間も余裕もない。
レイズたちに、衝撃が走る。
「……!!」
これか。
あの二人は、これを見たのか。
レイズ、バーバル、ミーネはやっと理解した。
例えの「クラッツが数秒で負けるレベル」とは的を射ている。
「い~く~ぞ~?」
動揺している内に、先にグレゴリーの準備が整ってしまった。
気味の悪い声を上げながら襲い掛かってくる。しかも、誰が狙い目か見えている。
真っ先にレイズへ向かってきた。
「クッソ!!」
レイズは剣を構え、短剣を受ける。
火花が散り、刃がぶつかり合う音を立てる。
「ぐっ!!」
短い刀身の一撃。たったそれだけで、腕が痺れた。
近くにいるだけで、グレゴリーの纏う龍に負けてしまいそうだ。
「レイズ!!逃げろ!!」
グレゴリーは武器を二本持っている。
攻撃してきたのは一本だけだった。つまり。
「やっべ!!」
使っていないもう一本の武器で攻撃が可能だ。
迫り来る黒い刃をギリギリで避け、数歩下がる。数秒で、レイズは肩で息をするレベルに披露していた。
「はぁ、はぁ……」
唾を飲み、呼吸を整える。
激しい動揺に瞳は揺れ、瞬きが増える。彼の精神状態の表れか、炎龍のオーラも不安定に揺れている。
普段の彼とは違う、負の要素強めな揺れだ。
その様子に、グレゴリーは大げさに頭を抱えて見せる。
そして、叫んだ。
「はあ~よええ~!!足りねぇぜぇ~~!?」
血にまみれた短剣をギラつかせ、不敵に笑う。あの血は、全て倒れている団員のものだろうか。
「~~~~~!!」
ゾゾ、と寒気が走る。こんなにも絶望を感じたのは初めてだ。
新人や若い団員が出る幕ではない。本来ならば。
しかし、出会ってしまった以上、やらなければ、やられる。
殺しはするな、と言われているらしいが、逆に言えば、殺さないレベルなら何をしても許されていることになる。
「クソが……」
レイズたちは、絶望濃い戦いに身を投じる。