ー全滅の騎士団ー
解散した後だ。食事や入浴など、諸々の用事を済ませ、ロビーで待っていると、リゼルが帰ってきた。
チラ、とレイラは時計に視線を走らせる。大体1時間強くらいか。往復の時間を考えても、一件だけっぽい。
安堵した一方で、「成果はあったか」と、聞くと、彼はその問いを無視した。それは「何の成果も得られなかった」と言っているようなものだった。
(……ダメだったっぽいな)
(やっぱ、地道に訓練するくらいしかねぇんじゃね?)
研究施設まで訪れて、有力情報なし。
特訓のヒントになるものはあったが、リゼルが望んでいたものとは違っていた。
「今日は休んで、明日(訪問を)続けようぜ」
と、翌朝出直しても良いと伝えたが、リゼルは「いい」とだけ言い残し、部屋に入っていった。
今度は返答が貰えるのか。彼の基準はよく分からん。
「……頼みの綱が不発に終わってショックだったか」
「あたし的には成果はあったと思うけど……」
「それはそうだな。俺も課題ができた。」
龍魂に慣れているバージルも、新しい特訓方法が見つかりそうである。
「……あいつ、いいって言ったけど、もうココには用が無いってことだよな?」
「そう、なるな?」
レイズの問いに、バージルも要領を得ない回答を返す。
単に彼は断っていただけで、研究施設と連携して何かしたいのか、成果が無かったこの町に用はないのか。
この判断は、リーダーポジションであるレイラでも下せない。彼の強い要望で来ているために、彼の意思を尊重するつもりだから。
「……休みましょうか」
レイラが場の空気を察し、就寝を提案する。
だな、とその場は解散となる。
「あ~あ、学校地区に行ってみたかったな」
部屋に戻る際、そう言いながら、バージルは頭の後ろで指を組んだ。
「え?何で」
「学校って、決められた服装で授業を受けるんだよ。その服装ってのが、刺さるんだよな」
「え?そんな鋭利なのか!?」
「…………」
このアホは、男同士の会話もできないのか。
「女子生徒の制服は、十中八九スカートだ。それも、人によってはミニスカートだぞ?」
制服には、何とも言えない魅力が詰まっている。
しかし、制服を見たことがないレイズは、イマイチその魅力が分からない。
よって、別方向でのツッコミが入る。
「お前、フォリアの前で同じこと言えんのかよ……」
「フン、無理に決まってるだろ。それとこれとは別だ」
「だろーな」
バカ話をしながら、部屋に戻る二人。
疲れもあり、彼らはすぐに眠りに就いた。数十分後に入浴から戻ったリゼルは、その能天気そうな彼らの寝顔を見て、静かにため息を漏らした。
(……気楽だな)
どれだけ精神を擦り減らして動いているかも知らずに。
が、今日は本当に疲れた。思考を放棄して、リゼルも布団にダイブする。
そして、翌朝。宿屋の外でリゼルは集合をかけた。
「今日、レイグランズに戻る。求めていた情報はなかったが、全くのハズレという訳でもない。悔しいが、地道に行くのが正解なのかも知れない」
「リゼルが良いなら良いぜ」
「同じく」
口ではそう言うが、リゼルのことだ。すぐにでも重たい特訓を始めてしまいそうだ。
だから、レイラは念押しする。
「無理はしないでくださいね。まだ本調子ではないはずですから」
「そうだよ、また病院に行きたいの?」
「あぁ。まだまだ病み上がりだぞ」
仲間たちは暖かい言葉をかけてくれる。しかし、彼はつれない態度だ。
「……フン」
それもそのはず。リゼルは、レイラ以外からの「そういうの」に慣れていない。よって、どう反応していいのか分からないのだ。
目を逸らし、「行くぞ」と答えるのが精一杯だ。
ホーストを借りようと店に向かったが、舎にホーストは繋がれていなかった。
事前に見ておいた情報では、定休日ではなかったはず。
おかしいと思い、中に入り聞いてみると、店主は今日は休みにすると言う。
「ホーストのトラブルか?」
「いんや、今朝早く騎士団が出ていってな。町を出るなとのお達しでよ。あんたらは参加しなくていいのか?」
「何?」
その情報は、全く耳に入っていない。
今回は騎士団の任務で動いていないため、当然ではあるのだが。
しかし、店主はそんな事情を知る由もない。
レイズの間抜けな返事に、不満そうな顔を見せる。
「知らねぇのか?使えねぇな……町を出れないなら商売はできねぇ。さっさと仕事しな。騎士団さん」
「…………」
訳が分からない。店の外に出て、状況を整理する。
「……町の外で何かあったな」
「そのようです。(マナラドの)外に出るなとまで言うレベルの」
町の外に出るなとのお達しだ。ただ、外出禁止令ではない。
よって、町内の活動は通常通り行われている。だから、人の往来はそれなりにある。ただ、昨日よりは少ない印象を受ける。
「龍の乱れは感じないぞ。距離があるのか、まだ何も起こってないか……」
「行くぞ。仕事だ」
「あぁ」
そういえば、今回はマナラド騎士団基地に用がなかったため寄っていない。
団員は無事なのだろうか。
リゼルたちは、騎士団がどっちの方向へ向かったかだけ町の人間から聞き取った。
その人が言うには、大人数だったそうだ。
「……案の定だな。急ぐぞ」
「了解です!」
早朝に騎士団が大人数で出るレベルだ。小さな問題ではないのは確か。
数が多いのか、強敵か……
(フリア、か……?)
ふと、彼の顔が頭に浮かぶ。ただ、騎士団は彼を追うことを容認していない。
だから、フリア相手ではないはず。しかし、顔を知っているのはフリアだけ。彼の仲間の情報は全く分からないのだ。その一人が相手、という可能性も捨てきれない。なら、このメンバーでは無理だ。
そう考えながら、町の外まで走ったリゼルたち。
マナラド街道には、騎士団の足跡が残っている。
「龍を慣らしておけ。生身で走るより速い」
当然、生身より龍魂状態の方が速度が出る。しかし、その分の龍力消費は構わないのだろうか。
「良いのか?力が減るけど」
「現場に最速で行くのが最優先だ。が、程度は考えろよ」
今は単なる猛ダッシュ。
戦闘ではない。だから、龍力レベルを最大まで上げる必要はないだろ、と言っている。
「……分かった」
レイズたちもそれを理解し、龍魂を発現させていく。
「レイラ。僕たちで先導だ。遅れるなよ」
「はい!」
「あぁ!!」
地面を強く蹴り、五人の龍力者がペルソス街道を駆け抜ける。
そして、山にぶつかった辺りで、その木々に合間に入っていった。
頼れるのは方向だけ。誰かを捜索した時みたいに、突き抜ける。まっすぐ。
……何分経過しただろうか。レイズやミーネに疲れが出始めた時だ。
先導していた二人が止まる。そして、ある方向を指差した。
「あれ!!人が倒れています!」
「ッ!!」
レイラが見つけたのは、何十人といる倒れた騎士団員の一人だった。
近付いていくと、レイラが見つけた人影以外にも、横たわっている人物がいる。
全員が流血しているが、既にその傷口の血は固まり始めている。
「おい……一人じゃないぞ……?」
「そんな……!」
その光景は、ミーネに衝撃を与えた。
これが、騎士団のリアル。ヌルい任務ばかりで忘れていたが、騎士団は仲良しコミュニティではない。
強敵とぶつかれば、このように血を流し、地面に転がる肉となる。自分も、いつかこうなってしまうのだろうか。
「ッ……」
足の震えが止まらない。
ミーネがそんな状態だが、流石にそこまで気が回らない仲間たち。
それぞれがすぐに確認に走る。
「……大丈夫。生きています」
「こっちもだ!脈はある!!」
幸い、死んでいる者はいないようだが……
「何があったんだ……?」
団員もかなりの人数出動していた。それなのに、死者はゼロ。
トドメを刺さないよう加減されていることを考えると、相手は人間である可能性が高い。
レイズたちは、辺りを見回す。
周囲に生えている草や木には、団員が流したであろう血が、べっとりと付いていた。
武器は地面に散乱している。中には、折れていて使い物にならない武器もあった。
敵の姿は確認できない。
龍力の気配もない。もうここにはいないのだろうか。
「レイラ、回復術は念のため使うな。敵がまだ潜んでいる可能性がある」
「……はい」
リゼルは、フリアの顔を想像していた。
彼を追うなとお達しが出ているはずだが、独断で挑んだのか?もしそうなら、マナラド基地の責任が問われるぞ。
「ごめんなさい。頑張って……」
倒れている団員を後に、レイラは唇を噛む。
本当はすぐにでも治癒術を唱えたい。が、敵が確認できない以上、うかつに龍を消費できない。
幸い、息はある。個々の生命力に頼るしかない。
「道しるべ、か……?」
団員が倒れている位置をよく確認すると、道ができていることが分かった。
隊になっている団員を襲ったのか、周囲を警戒している団員を個別で襲ったのか。
数の利を活かした戦闘はできなかったのだろうと予測する。
「…………」
辺りを調査しながら警戒していると、敵は簡単に姿を現した。
「あ~あ。思ったより早かったなぁ」
「!!」
声のした方を見ると、高台の上に、40代くらいの男が立っていた。
防寒として着るようなベスト(グレー)を直で着ている。下は黒パンツ。白髪の短い髪を立たせており、不愉快な笑みを浮かべている。
レイラとリゼルは、その男を知っている。
彼の名を、同時に呟いた。
「「グレゴリー……」」
「知り合いか!?」
「バカか。指名手配犯だ。闇龍のグレゴリー。殺人鬼だ」
「!!」
指名手配犯。殺人鬼。
その言葉の重さが、胸にのしかかる。特に、レイズとミーネに。
自分たちは、一般市民ではない。彼らを守る騎士団だ。
だから、当然、指名手配犯だって相手にする。戦わなくてはならない。
龍魂初心者だろうが、関係ないのだ。
『あの日』の被害者や、道中の魔物とも違う、本当に危険な相手。
「く……!」
「ッ……」
二人は震える手を必死に抑え、剣を取るのだった。