失意のリゼル
『脳がブレーキをかける直前の数値』
その言葉に、レイズたち全員が「確かに」と思っていた。
事実、レイズは「こんくらいなら自我を保ったまま、力も出せそうだな」と考えながら、龍を調整している。
慣れてくるとそこまで考えずに龍を解放するが、どこかでブレーキをかけている感覚はあった。
『これ以上は危険』と判断し、龍を抑える。
苦戦していても、その警告は受け入れていた。
「耳タコだろうが、龍魂状態は、常に意識の引っ張り合いだが、シンクロ率が低ければ低いほど、その綱引きは楽になる」
そうだ。
だから、大きい力を出そうと思えば、龍力と意識の調整が難しくなる。しかも、それを戦いながら行う必要があるのだ。
「だから、人は無意識にシンクロ率にブレーキをかける。それも、自分が狂う手前でな」
「……分かります。凄く」
ライーレは激しく同調する。他の仲間も、言葉にはしないが痛感しているだろう。
龍魂の状態は、無意識に脳がブレーキをかけている上限の手前。
上限の手前ということは、もう数パーセントはシンクロ率を上げることが可能なのか。脳のブレーキを無視すれば、の話だが。
「『脳のリソースを広げる』ことで、ワシはそれを上限突破で可能にした!」
テンションが上がってきたのか、声が大きくなるハンクス。
両手を大きく広げ、悪人が勝ちを確信し、高笑いするかのようなポーズになっている。
「巨大猪が突撃してきたら、反射的に逃げるだろ?そこを生身で突っ込めるクレイジーさが力に繋がる!」
脅威が降りかかってくれば、どうしたって回避行動を取る。
それを麻痺させ、突っ走った結果得られたパワー。確かに凄まじいが、本能を無視した結果だ。
これを、ハンクスは『脳のリソースを広げる』と表現しているのか。
龍力レベルは凄まじい。それは認める。が、問題なのはそこに到達するまでの工程だ。
自分たちには合っていない特訓方法だと感じてしまう一同。
「っと……アガッちまった」
我を取り戻すハンクス。これも脳の限界を超えてシンクロした影響か?それとも、没頭した研究を話せているからか?前者なら普通に怖いし、リスクも高そうである。
「が、フツーに危険だ。脳の抑制を無視して龍の支配領域を増やしてるんだからな」
「で、ですね……公表するには、少し、その……安全性が……」
「あぁ。こんな技術、広がらねぇ方が良い。」
凄まじいパワーには惹かれたが、そんな危険を背負っているとは。
が、フリアを見ている限り、そんなリスクと戦っているようには見えなかった。いや、見えなかっただけで、恨みパワーで上限をブチ上げているだけなのかも知れないが。
「これがワシの研究の成果だ。が、これは無責任に広げる気はねぇ。紹介だから話した」
「あ、ありがとうございました……」
確かに知見は広がったが、自分たちには向いていなさそう。
でも、頭の片隅に置いておくことで、何かの機会に活用できそうだ。
例えば、龍魂に慣れに慣れて、脳のブレーキ(上限値)が上がったところで、限界突破を試す、とか。
上限手前でブレーキをかけているなら、0.X%のレベルでじりじりと踏み込んでみる、とか。
(伝っていけば、何かある……と思っていたんだが……)
三件知見を広げたが、納得がいってなさそうなリゼル。
どれも興味深い内容だったが、成長速度を短縮できそうなものではなかったし、具体例は秘密であった。
龍魂に万人共通の教えがないから自然ではあるが、期待していたため、ショックが大きい。
日も暮れかけていたため、出ようとなった時、代表者であるリゼルだけがハンクスに呼び止められた。
そこで何やら話していた様子だが、それが自分たちに共有されることはなかった。レイラにも、だ。
外まで見送りに出てくれたハンクス。
「龍との付き合いはジックリだ。近道はねぇ。ズルなんてしても、自分が苦しむからな」
「分かりました。ありがとうございました」
夕日に照らされ、長く伸びる5つの影。
求めていた情報ではなかったために、足取りは重い。
「リゼル。今日は休みましょう?明確な答えはいただけませんでしたが、良い特訓材料ができたではありませんか」
「…………」
「私は特訓内容に組み込みますよ?我流になりますが、新しい特訓です」
「あぁ。やり方を共有しながら、俺たちで完成させていけば良いじゃねぇか」
「……お前たちは宿に行け。僕はあと一件だけ寄っていく」
何がどうなってリゼルの回答になったのかは分からないが、彼は諦めきれないらしい。
「リゼル……お前……」
それだけ、フリアの龍力レベルが強大だったのだ。
ハンクスの力も凄かったし、あれ以上だと思うと気持ちは分かる。しかし、彼も言っていたではないか。
「龍との付き合いはジックリだ」と。結局、答えを急いで成長しても、苦しむのは自分。
龍が強くなっても、それを宿す自分が小者では、持ち腐れになる。
リゼルも分かっていると思うのだが、退けない理由も分かる。全ての可能性を潰したうえで、ここを去りたいのだろう。
「私も行きますよ!」
レイラは力強く答える。
「いや、一人で構わない。先に行っててくれ」
「しかし……」
「本当に一件だけだ。切り上げる」
「……約束ですよ?」
「あぁ」
リゼルはそう言い残し、ふらふらと次の家に向かっている。
追いかけるべきか。
しかし、こうなってしまっては、ついて行っても追い返されるだろう。
それに、レイラとの約束だ。必ず帰ってくる。
「……戻ろう」
レイズたちは仕方なく宿へ向かうことにした。
「……なぁ、もう少し粘っても良かったんじゃないか?」
リゼルが見えなくなったところで、レイズが言う。
「私は、構わなかったのですが……」
「あたしは、まぁ、別に……」
「悪かったよ。でも、これ以上見ていられなかった」
リゼルは確かに冷静だった。そう。見た目は。
心の中は決して穏やかではなかったはずだ。それはレイズたちも薄々感じていた。
「あいつは病み上がりだ。無茶してほしくない」
「まぁ、そうだけど」
「バージル的には、一人で行くのは賛成なの?」
「……レイラがこっちにいる以上、無理はしないだろ。あと一件ってのを信じるさ」
空は紫から闇色に変わり、町の街灯が辺りを照らしていた。