旅立ちの朝
「行ってらっしゃい。いつでも帰ってきていいのよ」
「……うん」
レイズたちは、翌日早朝、レーヌに見送られグリージを発った。
バージルは旅慣れしているだろうが、自分は違う。よく分からん!とありったけの荷物をリュックに詰めようとしたが、バージルに止められた。
彼の取捨選択により、だいぶ肩は軽くなったが、本当にこれで足りるのか、不安である。
「俺がここを出るとは、ね……」
17年暮らした村を出るのは抵抗があったが、自分の龍に皆怯えているはず。
皆に迷惑がかかるし、母も肩身が狭いだろう。
他のエラー龍力者は、「大きな龍を感じない」と言うバージルの言葉を信じられ、村で様子を見るようになっている。そのことで、「なんで俺だけ……」とも思ったが、こればかりは仕方ない。
「実際、力を引き出せないエラーは多い」
「そうなのか?」
下山しながら、レイズは話を聞いていた。
昨夜も聞いたが、一回で理解できる内容でもないし、後々になって気になる点も出てくる。
「暴走の日以来、龍を全く使えないとか……そもそも、そのことを覚えていないとかな。色々だ」
龍力はあっても「使い方が分からない・知らない」で、一般人と同じことになっているようだ。
「ただ、今後、きっかけがあれば使えるようになるかもな」
「じゃあ……」
他の龍力者も、と言おうとしたが、止めた。
龍力を感じないと言われ、村の人間もそれを信じている。
実際、あの日以来、龍力を引き出そうとしても、やり方も分からない。不思議な力が宿っている感覚もない。
バージルに殴られ、痛みと怒りと、その他様々な感情が入り乱れた先に、炎を感じた。
だが、感じただけではダメ。それを自分の力として、引き出し、体の一部のように操らなければ、龍力は扱えない。
そういう意味では、エラー龍力者は、間違いなく龍魂を持つが、龍に対しての知識がない。したがって、力の使い方が分からず、持ち腐れになるもの分かる。
「……そういうもんか」
「あぁ。上は色々調査して公表しているが、分からないことが多い。ほんで、それが正しいとも言い切れないしな」
そうだ、と話が一区切りした段階で、バージルは言う。
「龍のコントロールを教えとくか。ここまで離れりゃ、大丈夫だろ」
「!!」
その言葉に、あの日の出来事がフラッシュバックする。
燃え盛る炎。龍の圧力。人が燃える場面。
一瞬身が凍ったが、このトラウマは克服しなくてはならない。
「あぁ。分かった」
「龍力は厄介だが、便利だ」
バージルの話では、コントロールできれば、攻撃対象以外に被害を及ぼすことはないとのことであった。
つまり、敵のみを攻撃することが可能となる。よって、山の中だろうが、町の中だろうが、対象以外を燃やす心配はない、と。
逆に言えば、コントロールができていなければ、対象以外にも危害が及ぶ。
「難しく感じるだろ?けど、龍力者は、それが自然にできてんの」
「マジかよ……」
龍力者になって、初めて感じる難しさ。
思い返せば、村の龍力者も対象以外に影響を与えることはなかった。
炎は勿論、雷、水、地、風……全てその作業に適した力量・範囲だった。
私生活で触れるだけの自分は、何もその背景を想像することは無かったな。
レイズが考えている間にも、話は続く。
「…………」
「……で、力を使うときは注意しろ」
「注意?」
注意、と言われても、漠然としていてよく分からない。
「……具体的に」
「えっとだな……」
龍力を使うということは、自分の中に眠る龍を叩き起こし、力と知恵を借りること。
つまり、自分の中の「龍の意識」とも戦う必要がある。
言わば、、自分の意識と龍の意識との綱引き状態。暴走は、龍の意識が強すぎるために起こる。
「そうじゃないと、暴走したときとか、昨日のアレみたいになる」
暴走の日、そして、昨日の戦い。
レイズは、自分が自分じゃなくなったことを思い出した。
「……正規ルートってのも(言い方が)アレだが、合格すれば教えてくれる制度がある」
資格を得て龍力者となる場合は、試験の運営を行う組織が指導するが、エラー龍力者にはそれがない。
そもそも突発的に龍力者となるのだから、教育を受けるタイミングもないのだ。
「それもあって、エラー龍力者は力に気付かないこともある。それに、いきなりコントロールするのもキツイしな」
「……できなかったら、どうなる?」
「まぁ、暴走だな。力が空になるまで、暴れ続ける」
一瞬血の気が引いたが、バージルは続ける。
「大丈夫。俺がいる」
「……つか、『龍魂』ってそもそもなんだよ」
「有名な話だが……龍力者を目指さないと分からないか」
そう言って、バージルは龍魂について話し始める。