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転生してもうすぐ15年。大人の階段が目の前です。


 それからまた季節は足早に過ぎ去って、あっという間に15歳が目前だった。


 この国では16歳が社交界デビューの年齢。大人に混じってお茶会を開き、情報を集めるのがこの家での私の役割になるはずなんだけど、転生者である私は、どこまで積極的にそれを行って良いのか、いまいちわからない。

 この1年で、私は結局刺繍やレース編みを教わる側から教える側に密かに役割を交代した。そうして、これまで私の教師役を担っていたご婦人達と王宮の一角に陣取っていたりする。

 そんな幾人かのご婦人方に、私はその難題について聞いてみた。


「義父は結婚もしておりませんし、私は養子の上、転生者ですし…どの程度どうしたら良いのか…」

「転生者の方々もお生まれは様々でいらっしゃった様ですし、それに合わせ教育内容やその後の生き方についても随分自由を保証されていたと伝え聞いておりますよ。」

「安全面を優先すれば、あまりお茶会は開かない方が宜しいとは思いますが、ここはやはり、コーウェル卿に聞かれた方がよろしいのではないかしら?」

「ですわね。お仕事のご都合もあるかと存じますわ。」


 年齢はバラバラの刺繍仲間のご婦人たちは、口々にそう言われた。

 そういえば、ダリの仕事って何なんだろう?

 私を迎えに来たあの一件も、所属部署の仕事だと言っていたけど、詳しいことは言えないんだと微笑まれた記憶が今でも鮮明に残っている。

 転生者の研究とか?

 それにしては、私に特になにか聞き取りをするわけでもないし…。

 不思議なものです。


「ところでタータ様、先日のあれは、出来上がられましたの?」


 しばし黙ってチクチクと針を扱っていたら、そっと右隣のご婦人がワクワクを隠しきれない顔ですすすっと寄ってきた。


「あぁ、先日の。」

「私も、あれは気になっておりましたの。」


 私が頷くと、別のご婦人も少しはしゃいで目を輝かせた。

 あれ というのは、パッチワークの事。

 この世界の貴婦人の嗜みに刺繍とレース編みは存在していたが、パッチワークを学ぶことはなくて存在しないのだろうか?と、疑問に思いつつも手慰みに作ってみたらご婦人たちの琴線に触れたのだった。

 後にわかったのは、高位の貴婦人の間では知られていないだけみたいだった。というか、下層の人々の場合は、端切れを駆使して使えるようにしているという方が正しい様子だけれど。それでも一応、この国にもパッチワークは存在していた。

 最初に作った物は、サイズまでは考えて作れず、実用できるものではなかったのだけど、今はなぜか額に入れられ、巡り巡って王妃様の元へと届いてしまっているらしい。なんて恐ろしい話に発展しているのだろう。


 最初に作った作品。

 それは、星空の下、野原の先に木々がはえ、林へと続くそのただ中、一本の木下で愛馬と向き合う男性 という構図のもの。

 絵本の一ページの様だと大層喜ばれたと聞いても、私は喜べず、困った笑顔を皆さんに向けることしかできなかった。


 そして、この間から新たに作り始めてみたパッチワークはハンカチサイズで出来上がるようにと、構図と切れはしのサイズを調整した。

 丘の上に昇る月とそれを見上げる兎の構図。

 キラキラと銀糸で星を縫いとって、兎の赤い目も刺繍で入れた。丘の下の方には近い緑色でバラの蔦を這わせ、バラの蕾を2つ縫い付け、真っ白な月の中にも光沢のある白い糸でバラの蔦とバラの花をさりげなく入れている。

 一応、出来上がりをご報告しようと持ってきていた私は、それを刺繍道具の籠から出して、全員に見えるようにとテーブルの上に広げて見せた。


「まぁ…」

「何て愛らしい兎かしら。」

「あら、これ、刺繍で星が縫いとられていません?」

「本当だわ。」


 驚きさざめく言葉の一つ一つに丁寧にお返事をしながら、ありがたく賛辞を受けとる。

 どなたも、施した一つ一つの工夫に気づいて下さってあれこれと考えて頑張った甲斐があったと心底思う。


「ねぇ、タータ様?」

「どうかなさいました?」

「こちら、お茶会で宣伝されてはどうかしら?」

「あら、そうね。」

「コーウェル卿がお許しになるなら、国へ特許を申請して、特定のお針子に作り方を教えて展開なされば、新しい事業になりますわ。」

「妃殿下も気に入ってくださってるのですし、間違いなく流行りますわ。」

「新しい…事業?」


 まさか自分がそんなことを言われるとは思わず、私はぽかんとしてしまう。けど、許してもらえるか、私には全然予想もつかない。

 私は戸惑いながらも、まずはその案を出してくださったご婦人にお礼を言って、また考えると答えるだけにした。

 収入が増える事は、家にとってプラスな様に思えるけど、果たして、ダリにとってプラスなのか…。


 帰りの馬車の中、私は小さくため息をついた。


 社交界デビューの準備もしなくてはいけないし、その後についても話さなくてはいけない。どれも今から準備をするべきものばかり。


「デビュー…デビューかぁ。」


 成人したら、もちろん結婚相手を見つけないといけないだろう。ずっとダリの所に居るわけにはいかない。

 貴族の結婚など、所詮は家の都合で成るもの。

 だけど、誰かに嫁ぐ覚悟がちっともできない。

 前は、できれば自分に優しい人なら贅沢は言わないと、そんな風に結婚相手の事を考えられたのに。


「変なの。」


 またひとつ、ため息をついて途方にくれた。


 屋敷に着くと、いつもと違って何だかばたついた雰囲気が漂っていて、私は玄関で扉を開くのを躊躇した。

 なにか、あったのだろうか?

 そろりとドアノブを回し、静かに扉を開く。

 隙間からのぞきこんだ玄関ホールには、見知らぬ背中が見えた。すると、その人はくるりと私の方に振り向き、目が合うと微笑んだ。

 まるで私がいるとわかっていてそうしたみたいで、ビックリしたけど、これはとてもお行儀が悪いところを見つかったなと、観念してゆっくり扉を開いた。


「ただいま戻りました。お客様かしら?」


 ホール内に出てきていた執事に挨拶と共に見知らぬ方について確認を取る。

 すると、見知らぬその人は大股に私に近づいてくるではないか。

 ぎょっとしつつも後ろに下がるのは失礼だろうと、慎ましやかにその方が目の前に来るのを待った。


「貴女がタータ・コーウェル?」

「はい。お初にお目にかかります。私にご用でございますか?」


 どの様なお客人かがわからず、私は困った様に微笑み、相手の顔を見上げた。

 年の頃は17か…18か…その位だろうか?柔らかで育ちの良さそうな面差しをしている。深い真っ青な瞳を見据えていたら、徐々に嫌な予感が滲み出した。


 真っ青なとても綺麗な…青。

 それは、この国の王族の血族に多いもの。というか、その血を保持してきた一族が王族とも言える。


 こ、困るなぁ。

 眉を更に下げ、そっと執事を見ると顔色がよろしくない。

 やはり、この方は…と、心の中で承知した。と、頷き、再度その瞳を見上げた。


「生憎と、義父はまだ仕事で不在にしておりまして。私では役者不足ではございますが、宜しければサロンへご案内させていただきますわ。」

「あぁ、宜しく頼む。」

「こちらへどうぞ。」


 しずしずと青年を案内しながら、ちらりと執事を見上げると、助かりましたというような力強い視線を感じた。

 これは、できればゆっくりとご案内するべきか。と、殊更ゆっくりとした歩調で廊下を進む。


「そなた、その手に持っているものは何だ?」


 恐らく…推定王子殿下が、おあつらえ向きに私の腕にぶら下がっている籠に興味を示された。私はしめた。と、それに食いつき、足を止める。

 振り向き、微笑みながらそっと籠の上に乗せていたハンカチをめくり、相手に見えるようにしてあげる。


「レース編みや刺繍の道具でございます。」

「外から帰ってきたばかりなのに、なぜ持っている?」

「それは…」


 んーと少し考え、私はにこっと笑った。


「女性の秘密でございます。」


 推定殿下は面食らった後、ほんのりと頬を染めて そうか。と、横を向いた。

 素直な方で良かった。私は小さく笑いながら再度ハンカチで籠の上を覆い、廊下の先へと相手を誘う。

 王城での自分の扱いや立ち位置は、基本秘密なので、恐らく王子殿下とおぼしき方でも話すことはできない。


 大変ゆっくりな道行きのお陰で、たどり着いたサロンの準備は出来上がっていた。

 扉は両側に大きく開かれ、テーブルの上には菓子やフルーツが盛り付けられている。玄関ホールで別れたはずの執事は、髪一筋の乱れもなくぴしっとそこに直立していて、大変お疲れ様ですという視線を私は向けた。

 サロンに足を踏み入れようとした時、さっきとはまた違ったバタバタとした音が後ろから聞こえてきた。


「何かあったんでしょうか?」


 振り返ると、推定殿下の後ろに、怖い顔でずんずんと歩いてくるダリが見えた。

 とても珍しいことに、髭も髪もとてもきれいに整えられている。


「お義父様」

「コーウェル卿、お早いな。」

「殿下。この様にいち臣下の屋敷にいらっしゃるのは感心いたしません。馬車をご用意しております。王城へお戻り下さい。」


 うむを言わせぬ気迫に、やはり殿下だったお方は、少しばかり気圧されたご様子で、半歩後ろへ後ずさった。殿下のすぐ斜め後ろに進み出ていた私の隣に並ぶ形になる殿下。

 そして、殿下の視界にどうやら私は入ったらしく、はっとした表情を浮かべられた。


「そうはいかん。私はタータ嬢に聞きたいことがあって来たのだ。」

「そうですか。それなら尚の事、私を通して頂かねばなりません。」

「なぜだ。」


 殿下は大変怪訝な表情でダリを睨み付ける。


「殿下、社交界デビューもしていない子女にその様に会いにいらっしゃるなど、あり得ない事でございます。ご用事がございましたら、私を通して手紙をお出しください。」

「デビュー前…?」


 怪訝を通り越し、混乱といった表情の殿下が、私を見下ろしてきた。ここで言葉を発するのはどうなのだろうと思いつつも、私はその視線に答えるため、口を開いた。


「私、来月で15歳となります。」

「じゅう…ご…?」


 大層驚かれたご様子に、なんだか申し訳なさを感じないでもないけれど、私の身長や体つきは、標準的な14歳の少女のものだと思うのだけれど…。


「それは、大変失礼した。母上の部屋にある作品を拝見し、お会いしたご様子もしっかりされた方だったので、勘違いを…」


 小さくなる声と共に、顔が赤くなっていく殿下。


「あの作品をご覧になられたのなら、年齢を勘違いされたのも頷けますが、今後、この様なことはお慎み下さい。」

「…以後、気を付ける。」


 私はその様子を見守って、ふと、籠の中身を思い出す。


「お義父様、少しだけ、よろしいでしょうか?」

「どうした?タータ」

「殿下、お言葉を交わす事をお許しください。」

「ゆ、許す。」

「ありがとうございます。私の手のものをご覧いただき、こうして足を運んでくださり光栄にございます。ご無礼を承知で、こちらをどうぞ受け取っていただければと…」


 差し出したのは、先日出来上がったばかりの兎と月のパッチワーク。


「な…良いのか…?」


 戸惑う殿下に、私は笑顔で頷いた。

 パッチワークはまたすればいい。


「大事に飾らせてもらおう。」

「はい。」


 こうして、お騒がせな殿下の襲来は幕を閉じたのだった。

 まさか、妃殿下のもとに飾られた最初の作品からこんな事件が起きるとは思わなかった。


 さすがに殿下を屋敷の外までお見送りするわけにもいかないので、私は玄関ホールで殿下を見送り、ダリが戻ってくるのを待った。

 ダリは、ため息と共に帰ってくると


「良かったのか?せっかくの作品を」


 と、聞いてくれた。


「また作りますよ。」

「そうか。君は…あれを事業として興すつもりかい?」

「えっ」

「1年後にはデビューとなるし君自身の収入は、あっても困らないものだ。ただ、俺の仕事の関係でね、我が家でお茶会をしてもらうわけにはいかないんだ。そうなると、広めるための繋がりも限られてしまうし…」

「だ、ダリは、私が事業をする事は賛成なの?」

「方法は話し合う必要があるけど、賛成だよ。」


 あっさりとした返答に、私はちょっとだけ脱力してしまった。

 だから、


「そ…そう…」


 とだけ返答するだけで精一杯だった。



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