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転生して13年。私は義父にお嫁さんを探せるの?


 それからしばし経ち――


 養女になってすぐ、希望通り弟は出してもらえ、兄と私と3人で会うことが叶った。弟はさほど酷い扱いはされていなかったらしく、とても元気そうで私は安心した。

 そこには、兄の支援者であるユディト侯爵様と、ダリも同席してだったけど、私たち兄弟に関して言えば、後ろ暗いところは何もないので特に気にはならなかった。

 むしろ、兄に協力してくれた方に心の底から感謝していたので、お会いできて本当に良かった。と、私がそれを伝えると、その方は綺麗に整えたお髭の下の口許を綻ばせた。


「兄君に貴女のお話はたくさんうかがっておりましたよ。貴女らしさが損なわれて居ないご様子に、安心致しました。」


 はじめてお会いする侯爵様にそんな風に言われてしまうと、兄が何を伝えていたのか、心の底から気になる。


「お噂ですか…どの様な?」

「とても誠実で心根の良いお嬢様なので、両親のもとにいるのが大変心配だと。」

「まぁ、兄ったらそんな大袈裟にお伝えしていたのですか?恥ずかしい…」

「貴女がまっすぐでいらっしゃったからこそ、兄君も、弟君も、ご両親とは違う道を進めたとも、言っていらっしゃいましたよ。」

「私が昔を思い出したのは8歳ですわ。4歳年上の兄に影響など…」

「タータは喋りだした頃から前世を覚えていたよ。」


 と、兄がすっとやって来て、そんなことを言い出した。


「兄上急に何を…」

「お前は昔っから忘れやすいなぁ。物心つかない様な歳から大人だったし、恥ずかしながら、自分の人格形成はお前がいて成り立っている。」

「そう…でしたか?兄上は相変わらず記憶力が良いですね。」

「お前は忘れすぎだ。ずっと両親の前では隠していたが、木から落ちた時に錯乱してボロが出たのが災いしたんだ。」


 苦笑しながら私の額を優しくつつく兄。そんなやり取りを、侯爵様は優しく見守ってくださる。


「お迎えに行くのが遅くなればなるほど、お心を壊されたりされないかと、大変な心配のしようで。本当に、良かったですな。」

「侯爵様には感謝してもし足りないほどです。ありがとうございました。」


 ぴしっと礼をとる兄を見ながら、あぁ、こうして大人になっていくのだなぁと、なぜかしみじみ思ってしまった。


「弟の事も、どうかよろしくお願いいたします。」


 兄の横で私もすっと礼をとり、真剣に侯爵様を見上げると、承ろう。と、力強く頷いて下さった。あの子は賢い子だからきっと大丈夫だろう。


 再会の時間はあっという間に過ぎ去って、兄と弟は侯爵様と馬車に乗り、私はダリと同じ馬車に乗り込んだ。


「弟も、兄も、元気そうで良かったです。」

「君が安心できたなら何よりだな。」

「はい。」


 柔らかい笑みを見せてくれるダリ。

 最初に会った時と何一つ変わらないきれいな瞳を見つめ、私は、よくわからないけれど、込み上げる物に抗いきれず、胸が一杯になり溢れだすのを抑えられなかった。


「ダリ、あの日、私を連れ出しに来てくれてありがとう。」


 目がカッと熱くなって止められない。

 けど、それも悪くない気がした。

 心の底からの笑みを浮かべながら、ほろりと涙が目の縁から落ちていくのを感じていた。心が溢れるのと同じくらいたくさんの涙が後から後からこぼれていく。

 馬車の対面に座っていたダリが、非常にうろたえるのを見ながら、言葉をまた重ねる。


「私、怖かった。いつか両親は痺れを切らして手を上げるかもしれないって、ずっとずっと覚悟していたの。」

「タータ…」

「私はまだ12歳で、力がなくて、自分で走れるだけの足もない。だから、あの日私を抱えて走ってくれたダリの力強さは、私にとって…」


 そこまでなんとか言葉を紡いだのに、しゃくりあげる音以外だせなくなる。息が苦しい。ぼろぼろと落ちていく涙を何度も何度もぬぐうけど、大粒の水滴は小さな手ではぬぐいきれなくて、顎の先からほとほとと雫となって落ちていく。


「あまり手で擦るな。赤くなる」


 ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、ダリは優しくハンカチを私の頬に当ててくれる。

 柔らかくポンポンと何度も何度も触れていく優しい感触にされるがままに私は大人しくしていた。

 次第に心も涙も落ち着きを取り戻し、最後の一滴が拭われ、私はゆっくりと瞳を開いた。


「ありがとう。あの日の事も今日の事も、私きっと忘れないわ。」

「そうか。」


 その後私たちは屋敷に着くまで黙って馬車に揺られて帰った。


 馬車が停まって扉が外から開かれる。

 先に降りるダリが、ポンポンと、二度頭を撫でて去っていった。

 その手が酷く優しくて、私はまた胸がざわめいた。



 それからの普段の私は…といえば。


 王城の一角で転生者としての調査をされつつ、淑女教育を施され、ダリのお屋敷で生活していた。


 私が目覚めた真っ白なお部屋は、白薔薇の間という名だそうで、庭の柵は転生者を奪おうとする不埒な侵入者対策だと教えられた。


「金になると思って、拐おうとするものがどうしてもな。とりあえずは、お前のご両親と婚約者の家が片付くまではここにいてもらうが…その後は好きな部屋を選んで使うと良いさ。」

「うん。じゃあ、またその時になったら選ぶよ。」


 とは言ったものの、白薔薇の間はとてもきれいでかわいいお部屋だから、1、2週間過ごすと、もう部屋を移る気も無くなってしまった。

 白くてきれいでかわいくて、お姫様部屋みたいなとこは少し照れはするけど、女の子の憧れの様なお部屋だ。

 当初、忙しいから顔を会わせない日もあるかもと言われたけど、引き取られてから毎日、ダリは朝食を一緒にとり、夕飯には帰ってきてくれている。繁忙期じゃないだけだろうか?

 せっかく顔を会わせてるのだからと、私はその日の報告を毎日している。なので、今日はそれと一緒に、部屋の事も伝えることにした。


「ダリ、部屋の事なのだけど」

「移りたい部屋が決まったか?」

「ううん。あのお部屋が気に入っちゃったの。ダリが許してくれるなら、あのまま使わせて欲しいの。」


 ダメかしら?と、ダリの様子を伺えば、ダリはそれはそれは嬉しそうに破顔し、使ってくれ。と、言ってくれた。


「ダリ…嬉しそうだったなぁ。」


 部屋に戻りながらその笑顔を思い出す。

 基本気だるげな雰囲気のダリは、普通に表情豊かだけど、あんなに嬉しそうな顔は見たことがない気がする。


「そんなにあの部屋にいて欲しかったのかしら?」


 独り言と共に廊下を進む。

 戻ってきた部屋は、今日もきれいでかわいい。

 大きな調度品は私が来たときのまま。

 細々とした物が私のために新しくなったり、不要だったものが撤収されたりはしている程度の変化はあれど…といったところだ。

 私は、ソファーに辿り着くと、刺し途中だった刺繍を手に取った。


 王城の転生者用の施設では、まずは前世でどんな事をしていて、どんな生活をしていたのかという聞き取りをゆっくりとしていきましょうと言われた。聞き取りの時間は1日30分~1時間程度。その日の様子によりまちまちといったところだった。

 実をいうと、私の場合、前世持ちと言ってもどんどんその記憶が薄れて行っている気がするのだ。

 その話をしたら、施設の職員さんはなるほどと頷き


「お兄様から伺っているお話と合致しますね。」


 と、呟いた。

 どうやら私が一番強く記憶を持っていたのは幼少期だったらしい。

 6、7歳の頃、兄は日々3歳程度の妹に滾々と諭されて来たという。

 人の役に立つ人になる事。貴族として恥ずかしい生き方をしてはならないと。

 領民のためにあれ。財は土地へ還元せよ。金を巡らせることで家は富む。時として、金にしがみつくことは損である。

 妙に記憶力の良い兄は、それらの言葉をよく覚えていると語ったらしい。


「お兄様とタータ様は非常に興味深いお二人ですね。転生者とは言わば前世からの記憶をよく覚えている人。タータ様は生まれてからしばらくはその記憶をよく覚えておいでだったご様子ですが、次第にそれを失っていっている。対して、タータ様のお兄様は前世こそ覚えていないものの、今生での記憶をよく覚えておいでです。その記憶力の良さは、学園でも有名です。」


 私はその話を聞きながら、コテンと頭を横に倒した。


「転生者は、記憶に対する能力に秀でている。そういう考えをされているということですか?」

「私はその説は有力だと思っておりますよ。だからこそ、相反するお二人のご様子は大変興味深い。」


 私は職員さんの言葉になるほどと相づちを打った。


「私でご協力できることであればします。」

「これはありがたい。あ、でも、コーウェル卿が許してくれるかどうか…」

「どんな協力が必要か、きちんとお伝え頂ければ、私からもお話し致しますよ?あ、例えば、兄と一緒の日に必ず行う等の条件を厳守する約束等つけられては?」

「それです!タータ様ありがとうございます!」


 その日の聞き取りは終了し、職員さんは嬉々として私に手を振った。

 施設内にはいくつかのの部屋があるけど、転生者はそれほど多くない。そもそもの人数が少ないのだから当たり前だし、居ても年齢が離れている方ばかりで、もうこの施設に顔を出さなくなっている人ばかりなのだという。

 大人になれば皆、一人立ちし、何かしら職に就くのだろう。

 そして、私は施設から出て、王城へと入っていく。実は、令嬢教育を受けているのはこの王城の一室なのだ。

 ダリの屋敷に教師を呼ぶのはまだちょっと…と、城側の判断だから、しばらく我慢してくれ。と言われたけど、我慢もなにも、こんなに良くしてもらっていいのだろうか?とこちらの方が恐縮しているのだけれど…どうもその辺りの気持ちはダリには伝わらないらしい。言葉を重ねてみたものの、あまり私の考えに共感はしてもらえなかった様だった。


 そうして毎日毎日屋敷と王城を往復して、暇な時間は読書や一般的な楽器の練習なんかもしてみたけれど、どうやら私には刺繍や編み物が一番あっていたみたい。ひと月もしない間に殆どの令嬢の趣味は諦めた。

 刺繍も、レース編みも、さすが王城。多彩で緻密な見本がどっさりあって私は毎日充実している。

 楽しい日々ってあっという間で、そんな生活をしていたら、あっという間に私は、14歳も目前となっていた。


「よくそんなに毎日毎日飽きもせず細かい作業に向き合えるなぁ。」


 今日の成果をダリに報告するついでに、ダリの為に縫ったハンカチを渡すと、ダリは感心しながらそう言った。


「何もなかった場所にどんどん出来上がっていくのは楽しいわ。」

「レース編みも?」

「えぇ。」

「…ところで、前作っていた独創的な柄はもう作らないのか?」


 ハンカチを広げてしげしげと眺めていたのに、唐突にダリはそんなことを言い出した。私はきょとりとしながら小首をかしげる。


「手慰みに作ったりはしてるけど…それがどうかした?」

「うーん…実は、最初の頃、報告で陛下にお見せしてたんだが…」

「は?」

「それを随分気に入られてたらしくて。」

「嘘でしょ?」

「ベッドカバー一式、作って貰うことはできないかと、言いはじめて」

「む、無理に決まってるじゃない。陛下のための物よ?私一人で何て、何年かければ良いのよ。」

「え、そういう問題?」

「いい?ダリ。常識的に考えて。13歳の素人の子供一人に陛下のお品を作らせるなんておかしいって思うでしょ。」


 腰に手を当ててしかめっ面をする私に、ダリは目を大きく開いて え? と、声を漏らす。一体なんだと言うのだろうと、疑問の視線を投げ掛ければ、ダリは眉間に軽い皺を寄せて不可解という顔をしてきた。


「君、13歳のつもりでいたの?」


 そんなことを言い出すダリ。


「どこをどう見て13歳以外に見えるのかしら?」


 私は憤慨して、その場でくるりとターンして最後にスカートの裾を持ち上げて見せた。

 まだまだ伸びきらない背も、ぺったんこな胸も、小さな手足も、全てが13歳そのもの。もちろん、ここに来た当初よりは背は延びている。


「だって、この間、礼儀作法はほぼ完璧って太鼓判押されてたし。国の決まりについては穴空きの場所は徐々にうまって出来上がってきてるって聞いたよ?ダンスも元々できてたって聞いたし、そろそろレース編みの先生をして欲しいくらいだって。」

「でも、13歳よ。どう見てもそうでしょ?」

「…君はさ、色々な力の配分が片寄りすぎだよ。」


 ダリは困った顔で頭をかく。

 いつもそうやって髪をぞんざいに扱うから、ちょっと後ろがくしゃくしゃしてる。


「勉強はちゃんとやってた努力の証ね。」

「君の記憶力の勝利だと思うけど。」

「両親はあまり令嬢教育を熱心にやってくれなかったから、自分で頑張ったのよ?これでも」

「そこはすごく偉いと思うよ。」

「そうでしょう。そうでしょう。」


 力なく頷いてくれるダリに、我が意を得たり。と、力強く頷いて、私はダリに意味ありげに微笑んだ。


「なに?」

「偉いって思うなら、13歳の子供にするべき事があると思わない?」


 んふふ と、笑う。特別な事は要らないけど、子供なんだし、良いかなと思って私はねだってみた。

 ただちょっとだけ褒めてくれたらそれで良い。


「…13歳…ねぇ…」

「なに?異論があるの?」

「そう…だな。」

「?」


 ダリが何をそんなに渋っているのかわからない。

 一応これでも私はダリの正式な養女。

 娘なのに。


「ただ褒めるだけでも、だめ?」


 途端、しぼむ気持ち。

 私は冗談めかして摘まんでいたスカートを離し、肩を落とした。

 12年間、実の両親のもとでは絶対に得られなかった物に、ちょっとだけ憧れていた。ただ、それだけだったのだけど、ダリを困らせてしまったとわかって私は悲しくなった。そんなつもりではなかったの。


「あー…、タータ違うんだ。そうじゃなくて。」


 またダリは頭をワシワシとかき混ぜる。参ったなー。と、口の中で呟くと、椅子から立ち上がり、私の目の前に片膝を着き、視線の高さが同じになる。

 いつも見上げる高さのダリとこんな高さで視線が合うことなんて無いから何だかとっても落ち着かない。

 私は少し居心地が悪くてもぞもぞとしてしまう。


「君は…確かに13歳なんだろうけど、でも、そういうところが…その、なんと言えば良いかな。女性だなと感じてきたから、どうしたら良いか咄嗟にわからなかったんだ。すまん」


 真摯な瞳は真剣で、いつものだるさや茶化す空気はひとつもない。

 そしてダリは私の左手をおもむろに持ち上げると、甲へと軽い口付けを落とした。


「俺は、君をいつだって尊敬している。」



 私の頭は真っ白になって、その後の記憶が全く無い。 



 私、ダリのお嫁さん探しをするって思って養女になったはずなのに。

 お嫁さん、ちゃんと探してあげられるんだろうか?


 混乱した頭でそんなことを思ったが、答えにはたどり着けなかった。



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