転生して12年。ずいぶん若い義父ができました。
「あれ…」
ピチュチュと小鳥が歌い、柔らかな朝日が差し込んでくる。
白い天蓋付きのベッドに横たわっている私の体には、柔らかい寝巻きが着せられていた。
「白い部屋…」
目覚めた部屋は白かった。
殺風景という意味ではなく、揃っている家具も、可愛らしい壁紙も、花を彫り上げたテーブルや椅子も、基本すべてが白かった。
光の加減で刺繍が浮き上がる仕様にしていたり、ちょっとした色を使っていても、白を基調にしている事には代わりない揃いの家具たち。
あまりにもお上品な揃いのお部屋に、私は感嘆のため息をついた。
ふと、外を見ると、見事な庭。
そこもまた白を基本としたテーブルと椅子。
ここまで徹底しているとは、部屋の準備をした人は、相当几帳面なのではないだろうか。
そんな事を思いながら部屋を検分し終わると、私は恐る恐る、ベッド脇におかれていたベルを手に持った。
目が覚めたら使えという意思を感じさせる場所にあるベル。私は、恐る恐るベルを振った。
何が怖いかといえば、ベルがガラスでできている事。
ガラスって高いのに、何でベルに使うの。
まろい輪郭と愛らしい花と蔦の凹凸はとてもこの部屋に似合っていてかわいいのだけどね。
そうしてやってきたのはご年配の侍女さん。ひっつめにした髪と、強い眼光を見上げながら、侍女頭さんかもしれないと思ったが余計なことは聞かず、私はどうしたらいいかをその方に確認する。
「おはようございます。」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
小さな子に接する様に柔らかい口調で聞かれ、さて、どうしようかと思ったが、まぁいいか。と、微笑んだ。
「はい。ベッドもパジャマもありがとうございました。あの、この後私はどうしたらいいのでしょうか?」
「旦那様よりお目覚めになりましたら身支度と、それから、朝食のご用意をと言いつかっております。」
私は頷き、女性に促されるまま身支度をし、朝食をとった。それから、このお屋敷の旦那様が帰るまでは部屋でゆっくりしていてくださいと言われ、ただ過ごすことになってしまった。
暇だなぁ。私は部屋をまずは冒険してみることに決める。
クローゼットにはドレスと靴がつまっているが、サイズの合うもの合わないものがまちまちで、この年齢に合わせてサイズをいくつか揃えたのだろうと言うことがわかる。部屋の様子からすると、それはなんだかちぐはぐで面白い。
庭に出てみる。
そこはただの庭じゃなかった。
生け垣で部屋ひとつぶんの前をぐるりと囲い、完全に外と遮断した空間にしているし、生け垣で気づきづらいが、きちんと背の高い鉄柵も作られている。
「逃げる気なんてないのに…」
何となくこういうのはしょんぼりするからやめて欲しいわね。
庭の中に咲くのはやはり白い花。木の実の成っている小さな木もあり、それは赤く熟れていた。その木の花は、盛りになると白い小さな花をつける。
空は青く晴れ渡り、心地よい風が吹いている。
昨日とは違ってとても心地よいお天気。
ベンチに座るとちょっとうつらうつらしてきた。私はいつの間にやらまた眠ってしまっていたらしく、パカリと目を開いたら、自分の腕に突っ伏していた。
「おはよう。眠り姫?」
「おはよう…ございます。」
顔をあげると、正面の椅子に誰か知らない男の人が座っていた。きれいに撫で付けた髪は後ろにちょこんとしばっていて、青いリボンがちょろっと見える。
20代半ばとおぼしき年齢で、きれいな瞳をしているなぁと思った。
「よく眠れたようで何よりだ。」
堂々とした話し方は、とても立派で、地位ある方なのだとわかるもの。
「…こちらのお屋敷の方ですか?」
「あぁ、君を引き取る事になったダニエリ・コーウェル。この屋敷の主だ。」
そこまで聞いて、やっと目覚め始めた頭が慌て始める。
「あ、せっかくお時間を作っていらしてくださったのに、眠ってしまって申し訳ありません。」
「豪雨の中、小さな子に無理をさせ過ぎたのだから気にしないでくれ。今朝はよく…起きられましたね。」
そして、目覚めた頭がピンとなにかに気がついた。
「もしかして、ダリ?」
小首をかしげると、きれいな瞳が驚きに大きく開かれる。
「まさか、気づかれるとは。」
「すごい、全然違う…あ、じゃなかった。違いますね。」
「いい。自然に話してくれ。今さら畏まれって言われても困るだろ。気づかなければそれでも良かったんだが。」
ダリはガシガシと頭をかいて、せっかくきれいに撫で付けた髪を乱してしまった。
「もったいない。」
「それで、これからの話をするがいいか?」
「お願いします。」
居ずまいをただし、頭をペコリと下げると、ダリは髪紐を外しポケットに雑に突っ込むと、説明をしてくれた。
あの後、私の実家は私が居ない事に一晩気づかなかったそうだ。部屋に閉じ込めてるつもりだっただろうからそうなるか…と、苦笑した。
今朝になっていない事に気がつき、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。そこへ、王家からの使者がやって来て両親と婚約者、弟までも連行され、今勾留されているらしい。
「あ、あの、弟は、なんとか出してあげることは…」
「すぐは無理だ。が、君の言があれば、ご両親以外は早めに解放してあげられる。」
「…わかりました。そこについてはご協力します。お話の続きをお願いします。」
「物わかりが良すぎる子供というのも…気持ちが悪いな。」
「いつか慣れてくださいね。」
にこりと笑うと、ばつが悪そうにダリはまた頭をかいた。
「君自身の事を話そう。」
「はい。お願いします。」
ダリが昨日話した通り、国の決まりでは、転生者だとわかったら報告する義務があるのだという。我が家には、それを私や弟に教えてくれる人がいなかった。
唯一、外にいた兄が何年も信頼できる相手を探してくれ、その方を通じて国に話をつけ、今回の脱出に繋がったという事で…あの家で何であんな良い兄と弟が育ったのか…不思議だなぁ。反面教師?
こうした転生者隠しをする家は、昔から後を絶たず。国から勧告されても、子供を手離さないし隠すし、下手すれば証拠隠滅に子供を殺すこともある…と、これまで何度もそんな出来事が繰り返され、密かに拐うか、転生者と話し合った上で脱出させる方法が一番安全だと、昨今では一番主な方法になってるのだという。
転生者は、前世の記憶があるものだからその方が比較的本人とは円満に事が済むというわけだった。
「ただ、今回は何もかも予想外なことばかりだったがな。」
「雨凄かったですよね。」
「あんなどしゃ降りになる予想はしてなかったな。それに、まさか本人に招かれ、すぐに話がまとまるとも思っていなかったし。」
「普通不審者は招きませんよねぇ。」
あはは…とつい笑ってしまうが、考えてみれば笑えない話だよね。
「君の警戒心は大丈夫か?」
「たぶん?」
「はぁ、それでもまぁ、予想以上に早くすんで良かったよ。」
肩をすくめるダリに、私はクスクスと笑いながらも続きを促した。
私の身柄については、完全に国の方針で信用できる家と養子縁組をし、国の機関で教育を施されることになるそうだ。
まずは前世から何を引き継いできたのか。そういうのを調べて伸ばすのが目的であるらしいが、無理強いはしないと言われた。正しい知識と経験のもと行われる事なので、そこは安心して良いらしい。
また、人によっては特殊な知識や経験など持たずに生きてきた人も居るものだから、何があっても勝手に期待したり落胆したりということはされないよ。と、ダリは優しく言ってくれた。
「逆に、君のやりたいことがあればそれをしても良い。前世の記憶を持つ分、この世界特有の学問に夢中になる人も居たと聞く。」
「私は…とりあえず、自分を探すことと、あとは、自分が困らない様に学びたいですね。令嬢教育は中途半端な家でしたから。」
「そうか?片隅にあったレース編みや刺繍は君の手だろ?良い出来だったと思うが。」
「み、見たんですか?」
私はかっと顔が熱くなるのを感じた。まさか、見られたなんて。恥ずかしい。
「嫌がらずとも、見たことのない素敵な柄だっ…」
「わーっわーっわーっ!やめてください。忘れてください!」
家で見せる相手もいなかった私は、ひっそりと自主練してただけなので、見習える柄も少なく、次第に前世で見たうろ覚えな柄を改編して作っていたのだ。
それを見られるなんて、羞恥心に殺されてしまう。
「だが…大切なものかと思って、持ってきてしまったが」
「っ…!!」
机の上には綺麗に乾かされた私の刺繍やレース編み。声にならない悲鳴が喉を迷走し、出口を探せずくぐもった音だけが奥で響く。
「王城で、見たことのないすごい柄だと評判だったぞ?」
「~~~!!」
いよいよもって、大爆発寸前の頭と、か細い音だけが喉から出続け私は地面につかない足をじたばたさせた。地面に着いてたら盛大に地団駄を踏んでいた。絶対に
「だ、ダリのバカァ…」
恥ずかしさと怒りでやっとだしたのはそんな細い泣きそうな声だった。泣いてないけど。全然泣いてないけど。
ダリは私がなんで泣きそ…もとい、爆発寸前なのかわからないらしく、な、何でだ?と、オロオロしている。あまりにもオロオロするので、しばらくすると頭の熱がすっと下がっていき、次第に可笑しくなってしまって、最後にはぷふっと笑いがこぼれ出た。
「ダリ、そんな、オロオロしすぎだわ。」
クスクスと、笑い続ける私。ダリは一拍後にむぅっとした顔をし、お前なぁ。と、手を伸ばしてきた。その手は軽く私の頭をかき回して戻っていく。
見た目通りにごつごつした乾いた手をしていた。
「こっちは一応気を使っているんだがな。」
「デリカシーが足りないわ。」
「そんなものは知らん。」
その物言いがやっぱりおかしくて、私はまた笑う。
「それでだ。」
「はい?」
「笑い止め。タータ、具体的な君の行く先だが。」
「はい。」
話題の中身に、私はすっと居ずまいを再度正す。
「君がよければだが、俺と養子縁組をするのはどうだ?」
「ダリと?え、でも、ダリ、そんな歳なの?」
「今27だな。」
「奥さんは?」
「居ないし予定もない。」
「これからいい人見つけたらどうするの?」
「仕事でほとんど社交界にも出てないからな。」
「…27歳で結婚諦めるのは早いと思うの。」
次第にダリの将来が不安になってきた。
「ねぇ、ダリ。結婚を諦めちゃ駄目よ?」
「だから、良いんだって。」
「良くない。」
「良い。」
「良ーくーなーいー」
「お前は親戚のおば様方か。」
「ほら、みなさんに言われてるじゃない。良くないじゃない。わかった。私がダリの結婚相手探しに尽力するわ。」
「はぁ?」
「養女になって、外堀から埋めるの。もう決めたわ。」
「いやちょっと待て待て。なんだその理由は…」
そんなこんなで私達は、家族になったのだった。
転生者タータ12歳。父は15歳年上のダニエリ・コーウェル27歳。
「全く…こっちの方が君を心配してるんだがな…」
くしゃくしゃと頭をかくダリに、私は思い付いたように椅子から降り、とびきりの笑顔で礼をとった。
「よろしくお願いしますね。お義父様」
ダリは全くもう…と、唇を尖らせて、今度は両手をこちらに差し出してきた。
何をされるのかと思ったら、腋の下に手をやって、ダリはフワリと私を持ち上げた。
「まぁほどほどによろしくな。お姫様」
見下ろしたダリの爽やかな笑顔は…何だかかっこよくて、私は急に胸がドキドキしてたまらなかった。
更新は明日の朝となりますー。
どうぞよろしくお願いします。