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転生して12年。こんな親しょっぱすぎます。


 私は異世界からの転生者である。

 だから、特別な知識か、経験か、驚くような能力があるはずだ!と、両親も、婚約者も、婚約者の家族もこぞっていうんだけど…。



「さぁ、タータ。これを試してみて。」

「これはな、40年前、転生者のさる貴族令嬢がもたらした異世界の楽器を再現したものなんだ。」

「君も転生者なら、その記憶があるんじゃないか?」


 満面の笑みで私に楽器を手渡してくるお母様。

 朗々と歌い上げるように説明してくれるのはお父様。

 鼻持ちならない感じで上から言ってくるのは、私が9才の時に婚約した相手。名前はダリ。


「あの、お父様、お母様、ダリ?私、こんなの見たことないわ。」


 困った顔で楽器を押し返すが、笑顔のお母様は譲らない。ぐいぐいと私の手にそれを持たせようと押し付けてきて一歩も引かない姿勢。

 ねぇ、この楽器、まずどうするの?何楽器?

 弦がないから爪弾くものではないのはわかるわ。形状の説明はしがたいけど、たぶん笛とかの類いの何かよね?でもね、フルートのようにするの?トランペットのようにするの?どれなの?っていうか、どれも私は知らないのよ。

 だって、楽器なんてやったことないもの。


「大丈夫。大丈夫よ。貴女は選ばれた子なのよ。」

「そうとも、転生者としての恩恵を受けて生まれた僕たちの子。」

「手に持って構えてみたらわかるかもしれないだろう?」


 あぁ、何て事でしょう。

 3人は、どうしてこの楽器を演奏させたいのかしら。わからない。


「じゃあ、せめて…楽器の特性を教えて欲しいわ。どのように演奏するものなの?」


 結局根負けし、無理矢理手の中に押し付けられた楽器を所在投げに抱き締めながら、私は3人を見上げて聞いた。

 構えてみろと気軽に言ってくださる。

 こんな見たことも聞いたこともないものを、どうしろと言うのか。

 と、途方にくれていたら、3人は目をつり上げ、怒気を纏って口を開いた。


「そんなもの、私達が知っているはずがないでしょう!」

「お前が知っているはずだから調達したというのに!またそうやって親を困らせるのか!」

「本当に転生者なのか?相変わらずの愚鈍さに呆れて物も言えないな。」


 全員が全員、自分が知るはずがないと堂々といい募るくせに、私にはなぜ知らないんだと詰め寄ってくる。あぁ、またですか。またなのですか。

 物心ついてから何度繰り返しただろう。こんなやり取りするために、私は生まれ変わったんだろうか。

 3人の理不尽な怒りは留まることを知らず、その口からは私をなじる声が延々と流れ出る。

 その内勝手に怒りのボルテージをマックスにした父が、私の腕をつかんで前世グッズ部屋に引きずっていき、私を部屋に閉じ込めるのだろう。

 それは、いつもの流れ。


 前世グッズ部屋というのは、私がそう勝手に命名した名前なのだけど…今回の楽器のように、『転生者なのだからわかるだろ?』と、渡された謎の学術書だとか、『転生者なのだからできるだろ?』と、渡された数々の特殊な道具を大事に飾って保管している部屋の事。


 さて、そもそもなんで私がこんな風に家の中でよくわからないポジションにいるのかといえば。


 国の歴史を紐解くと、『転生者』と言われる人々は、これまで何人もこの国に生まれた記録が残っている。彼らは、国の運命すら変えるような力や知識を有し、国の繁栄におおいに貢献してきた。

 『転生者』は、生まれたばかりの頃にはその事実を知らずにいることが多く、何らかの理由で自身の記憶を取り戻し、そして、数々の伝説を産み出したのだとか。


 そんな転生者達と同じなのだからと言われ、無理難題を突きつけられる子供が、現在の私。

 そして本日も予想通り、お父様に前世グッズ部屋に閉じ込められました。


 今生でもらった名前はタータ。この家の二番目の子供で、長女。年は12歳。上に兄、下に弟という布陣で、娘は他家と縁を繋ぐ道具、良いとこに嫁入りできるかが一番の関心事というしょっぱい両親の元に生まれてしまった。私の幸せは度外視というのがあからさまでいっそ清々しい。

 そんな親に反抗した私は、8才の時にやんちゃして木から落ち、頭を打って転生前の記憶を取り戻した。

 あんまりにもお馬鹿な経緯なので、両親はその後に出た高熱のせいで思い出したのね!と、勝手に事実を改編してきた。悪いけど、頭を打って思い出した人一人の人生の記憶と戦って出た知恵熱だよ。

 と、何度言っても信じないので、もう真実は自分だけで持っていればいいかなと思ってる。


 転生者と判明してから両親は、私に色んなものを持ってきた。転生者にまつわる色々な品だというけれど、はっきり言って何がなんだか全くもってさっぱり分からない物ばかり。

 楽器だって見たことない形だし。過去にやったこともないし。

 渡された書物何て、知らない言葉で書かれたものもいっぱいあった。あれって何語?


 そんな無駄な浪費をして、時間を費やして、この両親はバカなんじゃなかろうかと最初の2、3回で既にため息をついた私だったけど、そのすぐ後に何もかもを凌駕する最悪な物を両親は私に持ってきた。

 それが、婚約者。

 心の底から本当に腹がたつ婚約者で、開口一番の台詞は今でも覚えてる。


「お前が転生者でなければ婚約などしなかったのだから、せいぜい使えるところを見せてみろ。」


 だってさ。

 このおガキ様は何者だよって思ったけど、両親は自分達と同じように私を『転生者』として調教しようとする婚約者にご満悦。

 4歳離れた兄は心底引いた顔をしたけど、助けに入れる空気でもなく。顔合わせの場からはあっという間に退場となってしまったのが今でも悔やまれる。

 今は、貴族の子息が集まる国が運営する学園の寮で暮らしているので、兄とほとんど会うこともできない。

 弟はまだその時は幼かったので、顔合わせの事は覚えてないらしい。

 が、婚約して3年も経っている。ダリの事はよく知っていて、毎度ダリに会わないようにやつが来ると絶対顔を会わせない区画に引っ込むので頭がいい。

 できれば私も連れていって欲しいのだけど、弟はきれいに一人で姿を消す。


 以上が、今の私の環境である。

 これ、普通の子供だったら人間不信拗らせると思わないかしら?

 転生前の記憶と経験があるからこの残念な両親と婚約者の元でも正気と自我を保っていられているのよね。

 幼児虐待…いや、私の年齢だと児童?

 この世界にそれに類する言葉と対応機関は無いのかしら?と、常々思いつつも、他に寄る辺のない子供の私は、この家で過ごすしかない。


 新たに手に入れた楽器らしい物を手近な棚に慎重に置き、閉じ込められた私はすたすたと部屋の奥へと向かう。

 この部屋は、たくさんの展示用の棚を不思議な具合に配置していて、まるでワンダーランドに迷いこんだみたいに感じる。普通なら不安を掻き立てるこの部屋。私が普通の子供だったら精神を病むのでは無いかしら?まぁ、ワンダーランドを楽しめるだけの余裕が私にはあるのだけど。

 この部屋を誰より知り尽くしてる私は、こんな時のために人に見つからなそうな場所を見つけてある。いわゆる秘密基地。

 秘密基地という響きにわくわくできる私は、なかなか図太い娘だと自分でも思う。

 いそいそと棚の隙間を縫って、潜って、滑り込んで、棚と棚の間にできたデッドスペースに入り込む。

 そこにはいくつものクッションと、柔らかな膝掛け、編みかけのレースとレース糸のセットを隠してある。

 令嬢として必要な教育はそこそこに、転生者であることに夢中な両親のもとにいるため、自分を磨くのは自分しかいない私。こういう時に練習して何とかせねばと、ささやかながらも涙ぐましい努力している。

 今日もクッションをポフポフと整え、居心地のいい環境を整えると、私はそのまま暗くなるまでもくもくとレースを編み続けようと気合いをいれて編み始めたのだったが…


 その日は何とも運の悪いことに、次第に天候が崩れ始め、日が落ちる前にはどしゃ降りのお天気になってしまった。


 ピカッと光る稲妻。

 バシバシと窓を叩く雨風。

 あっという間に真っ暗になった部屋の中、私はクッションをひとつだけ抱き締めて、窓の近くへと這い出した。

 まさかこんなお天気になるなんて思っていなかったからとても驚いた。時折光る稲光以外、光源のない部屋は、棚の配置も相まってどこか恐ろしさを感じる。


 と、そこに、突然人の影が窓の外に現れた。

 ピカッと光る空。

 ゴロゴロドォンッと、胃の腑に響く轟音。

 そこに浮かび上がる異質な存在。


 その人は、豪雨にさらされずぶ濡れで、私は…自分の背丈ギリギリの窓の鍵に手をかけた。

 不審者だけど、絶対不審者なんだけど。

 過去の経験があっても怖いけど。

 なぜかその時の私は窓を開けてその人を招き入れたのだ。


 バタンッと開いた窓から、その人は室内に転がり込んできた。それを私は避けると、慌てて窓を閉めた。

 風に煽られて吹き込む雨で私まで少し濡れてしまった。

 鍵も閉めようと奮闘するが、とにもかくにも、開けるのでギリギリの背丈だったから、なかなか手が届かず、うーんうーんと唸っていたら、すっと大きな手が伸びて、私の代わりに鍵をかけてくれたのだった。


「あ、ありがとう。」


 振り返り、お礼を言うとその人は面食らった顔をしていた。

 雨でビシャビシャになったマントとフード。無精髭は不揃いで、髪もボサボサ。でも、不思議と目がきれいで、私は少し安心した。

 本当に不味い人を招いていたら、自分の身が一番危ないところだったのだ。それに気づいたのは今さら。

 そしたら、ヘクションッと、目の前の男性がくしゃみをした。


「いけない。風邪をひいてしまうわ。」


 駆け出す私を、慌てたように男性が肩をつかんで引き留めた。あぁ、そうだった。不審者さんだった。私はその目を見上げて、肩にのったびしょ濡れの手に触れて笑みを浮かべた。


「大丈夫。すぐそこに膝掛けを隠してあるの。それに、部屋の中にいろいろ隠してあるから、ここからいなくならないわ。」


 そう言うと、男性の手は緩んで落ちた。


「待ってて。」


 今度こそ私は駆け出して、さっき使っていたのとは違う布を引っ張り出した。今の時期に使うにはちょっと薄手のタオルケット。これならきっと体をふくのにちょうどいい。

 抱えて駆け出し、棚の間を縫うように走り、窓際にたどり着けば、男性はマントを脱ぎ、腕に抱えて待っていた。

 下に着ている服は、ちょっとボロボロだったけど、決して安い物ではない様に思えた。まるで良家の子息が着古したという感じのくたびれ感はあるけど、元は質のよいシャツにズボンに長靴。


「どうぞ。使ってくださいな。」


 差し出した物を、戸惑いつつも受け取ってくれる手は大きくごつごつとしている。

 じっと見上げて観察していて何となく気づいたけど、無精髭を生やしているけどそこまでおじさんでは無さそうな人だ。たぶん、若い。肌質が違う。

 水気をぬぐう男性をそのまま見つめているわけにも行かないので、さっきホッポリだしたクッションを拾い上げて無事を確認する。全然濡れていないから、壁際に整えると、そこへ腰かけた。


「お兄さんはどこから来たの?」


 声をかけるが答えない。

 不審者が答えるはずないかーと思いつつ、それでもまた口を開く。


「この家にご用事?」


 黙々とタオルを使う男性。


「お父様もお母様もケチで残念な方だから、居る日に来ても門前払いされるだけだけど、きっとそういうご用事じゃないのよね?」


 小首をかしげると、男性はようやく反応を見せた。


「君が、この家の娘さん…?」

「私にご用事だったの?」

「タータ?」

「お名前まで知ってるなんて、私の事を外に話す知り合い何て、居たかしら?」


 良家の子女の名前など、家の外にそう広がるものじゃないから、私は眉根を寄せて首を傾げる。外に出てるのは兄だけど、兄は今、寮に暮らしているのだし、男性と年も違う。


「年は12。この家の二番目のお子さんで、長女。そして、前世持ち。合ってる?」

「…もしかして、転生者を探しに来たの?」


 それなら合点が…って行くはずがない。それこそ、両親も婚約者も、自分達の利益のために私の産み出す利益を必要として居るのだから、外に吹聴して回らないと思うのだ。わからないけど。


「君は、この国の決まりを知っているか?」

「話の流れからして、転生者に対する決まりって言うことで間違いないと思うけど…思い当たる節はないですね。」


 私が首を横に振ると、男性はふー…と、息を吐き出した。


「この国では、転生者が現れたら、国へ申告する決まりとなっている。」

「そうなの?」

「世間で語られている転生者は、多くの利益を国にもたらしたが、語られない者達もまた多く居る。彼らは、語り継がれる物語により、過度な期待をかけられ、虐待され、成人より前に虐待により死んだという事件が何件も報告されている。」

「それで国が報告の義務を課して、保護をしてるということかしら?私の事は、お兄様が国へ申告されたのね。家の事はどうなるかしら?」


 両親や、婚約者に対してはあまり興味はないのだけれど、兄や弟が私には居るのだ。

 この家がどうにかなれば、二人はどうなるのか。それだけが心配だ。


「転生者というのは…噂には聞いていたが、本当に頭の中は大人と一緒というわけか。話が早くて助かるよ。」

「それは何よりだわ。両親は私とまともに会話するのを気味悪がるけど。」


 自嘲気味に笑えば、男性は痛ましげに顔をしかめた。


「大丈夫、叩かれたりはしてないわ。両親にとって、私は金の卵を産み出す鶏だもの。それより本題に入って欲しいわ。」

「君をここから連れ出す。できれば大人しくしていて欲しい。そして、この家の事だけど…ご両親の事は申し訳ないが保証できない。けれど、君の協力があれば、家自体はそこまで悪いことにはならないだろう。何せ、申告したのは君の兄君だ。兄君の身は安全だ。」


 私は胸を撫で下ろした。

 良かった。兄と弟は大丈夫。それなら私は何でもいい。


「わかった。まずは大人しくついてくわ。でも、雨の中行くの?」

「天候が悪ければ、それに紛れて遠くへ行けるだろう。」

「そしたら、ドレスだと体にはりつくわね。なにか着るものはあったかしら。」

「いや、抱えていく。」

「…お兄さん、ドレスの布量なめたらダメなのよ?中にすごいパニエも仕込んで膨らませているの。コルセットで腰は引き締めてるし、もし抱えてもらったとして、お腹の圧迫がひどければ吐いてしまうかもしれないわ。」


 私の淡々とした説明に、お兄さんはちょっと気圧されたように半歩下がる。


「だからね、部屋に何かあれば万々歳だわ。心配なら一緒に来て。」

「わかった。」


 私は、お兄さんについていくことに否やは特に無く、部屋の中に使えそうなものを仕込んでなかったかと、いくつかの秘密基地を漁ったり、両親の揃えた棚の中身を確認したりして、わかったことは、着替えはないと言うことだけだった。

 辛うじて、寒いときのための大判のストールを頭に被って行ける程度。

 仕方がないのでみすぼらしくなる覚悟でパニエだけを脱ぎ捨てて秘密基地に隠し、ストールを巻いてしっかりと縛り付けた。


「では、お願いします。」

「心配になるくらい物分かりがいいな。」

「そうかしら?ところでお兄さん、お名前は?」

「ダリ」

「…あまり好きな名前じゃないわ。」

「突然暴言吐くのやめてもらえるかな?」

「ふふ、ごめんなさい。」


 一度閉めた鍵をまた開き、ダリは私を軽々と抱き上げた。しっかりとした大人の男性であるダリは、悠々と私を持ち上げて、ひらりと窓を乗り越える。

 大粒の雨と強い風。

 稲光はいつのまにか遠くの空に去っていて、今は遠くにゴロゴロと音が流れている。

 冷たい雨はあっという間に私の体温を奪っていくけど、しっかりと私を抱き締めるダリの体の暖かさが私の体温を繋ぎ止めて守ってくれた。



 雨の音と落雷の音、支えてくれる腕と確かな鼓動を最後の記憶に、いつの間にか私は意識を手放した。




一度に書き上げたので、誤字脱字がいつも以上に多いかもしれません。


そっと誤字報告あげていただければ幸いです。



最後まで書き上がってはいるので、1話につき5000字前後、6話完結で順次アップしていきます。

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