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Ordinary Days  作者: 早瀬 薫
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最終章

 待ち合わせは図書館の前だった。。僕が図書館に着くと、小夜子はすでに到着していて、例のごとく仁王立ちして僕を待っていた。七ヶ月前と同じ光景がそこにあった。この七ヶ月、いろんなことがあった。僕も小夜子も不安に押し潰されそうになったこともあった。以前は当たり前に毎日やって来ると思えたこんな普通の日々が、今はなんだか無性にありがたく思えて仕方ない。

 「自転車で駅まで行こう」と言おうとしたら、小夜子は僕の自転車の後ろにさっさと跨り「出発進行!」と言った。小夜子が、待ち合わせの場所を駅ではなく、図書館の前にしたのはそういう理由だったのかと悟った。


「あのさ、本当にありがとう。黎がいたから病気のことだって頑張れたんだと思う」

「どういたしまして」

「黎、この先、ずっと付き合ってくれる?」

「何だよ、急に」

「だから、大学生になっても、社会人になっても」

「小夜子が心変わりしなければね」

「そうか、そういう場合があったか」

「何言ってんだよ」

「あのね、実は黎に黙ってたことがあって……」

「まだあるのか!」

「……うん」

「それで?」

「……」

「何だよ」

「あのね、私んち、部落地区なんだ……」

「え?」

「……」

「だから?」

「だから、……気にならないの?」

「ならないよ」

「一学期の終わりに授業があったでしょ、道徳の。そしたら、黎が『部落差別なんてナンセンス。僕は僕の彼女が部落地区出身でも結婚します』って断言してたじゃない? 私、本当はそれを聞いた時、大声で泣きたかったの、教室だろうと何処だろうと。何があろうと黎に着いて行きたいって心の底から思った。私が部落地区出身だからじゃないの。この世に、こんなにも善意のこもった意見をはっきりと言う人がいるんだってことが凄くうれしかった」

「善意なんかじゃないよ。事実を言っただけだ。俺んちの母親、身体障害者だろ。結婚する前、いろいろあったって聞いたけど、うちの父親はそんなこと気にも掛けてなかったらしい。俺は親父を尊敬するよ。もし……もしだよ、将来、自分達が結婚することにでもなったりしたらの話だけど、俺のほうこそ、小夜子に身体が不自由な母親で申し訳無いって言わなきゃいけない。迷惑かけることもあるだろうからさ」

「そんなこと、そんなつもりじゃ……」

「分かってるよ」

「病み上がりで、訳ありの家の子でも付き合ってくれる?」

「うん」

「本当?」

「うん」

「体重、増えたし、三重苦でも?」

「は?」

「だから、本当に本当?」

「しつこい!」

 僕がそう言った途端、小夜子は大声で泣き始め、僕の背中を涙でグシャグシャにした。途中、すれ違った何人もの人が僕達を振り返ったが、少しも気にならなかった。

「私、中学の時からずっと黎のこと、好きだったよ」

「え……マジ?」

「うん……」

「……そうだったんだ。……実は俺もさ」

「嘘ばっかり! 雪菜と付き合ってたじゃない」

「ああ、あれは彼女が告白してくれたから」

「告白してくれたら誰とでも付き合うわけ?」

「そういう訳じゃ無いけど。お前だって迫田に告白されて満更でもなかったんだろ」

「うわー、なんて憎たらしい奴! 私がチョコをあげたのは後にも先にも黎だけだよ」

「……」

「……またホワイトデーのお返し、忘れたでしょ」

「えー!? お前、自分で食ったじゃん!」

「ふん!」

「勘弁してよ」

「勘弁してあげなくもないよ。代わりに、今日、ミッキーのチョコ買ってくれたらね」

 小夜子は僕の目を両手で塞いだ。「分かった、分かった。買うからやめろ」と僕が言うと彼女は涙で光る顔のままケラケラ笑った。

「もうすぐ茨城に行くけど、ちょくちょく帰ってくるから」

「えー!? 大学、茨城だった?」

「そうだよ。言わなかったっけ?」

「今知った」

「じゃあ、私も茨城の大学受ける。でも、卒業したらアメリカ行くんだ」

「ええっ!? こっちこそ、そんなこと聞いてなかったぞ!」

「大学出たら、映画会社に就職するのが夢なんだ。そこでコンピューターグラフィックやるの」

「じゃあ、俺はどうすれば!?」

「アメリカで教師やればいいじゃない」


 ああ、君は本当にいつだって、You Take My Breath Awayだよ。

 分かったよ、僕は必ず君について行くよ、決して後悔しないために。


 駅に着き、ふと気付くと、電車はすでにホームに到着していた。慌てて切符を買うと、僕達は急いで電車に飛び乗った。線路の脇の桜は満開で、電車は花吹雪の中を勢いよく走り抜けて行った。その日は、三月にしては暖かな、まるで五月のような陽気だった。

久しぶりにこの作品を読み返すと、やっぱりちょっと恥ずかしいかなと思いました。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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