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Ordinary Days  作者: 早瀬 薫
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第十六章

 卒業式の翌日、小夜子に会いに行った。

「おっす」

「退院の日が決まったよ」

「いつ?」

「三月二十日。これでもすごく粘ったんだよ。もっと暖かくなってから退院したほうがいいって、先生も強情なんだから」

「俺は明日から教習所通い」

「免許取るの?」

「うん。兄貴が新車買うから、今の中古くれるって言うんだ」

「本当? 凄い! 免許取れたら乗せてね」

「でも、オンボロだよ。買った時二十万だったらしくて、あちこちぶつけて錆びてるし、バンパーは落っこちそうだし」

「そんなに酷いんだ」

と小夜子は言うと、その後十分は笑い転げていた。

「ディズニーランドは二十七日にしようか」

「うん!」

「じゃあ駅前に、朝九時に集合!」

「そんな時間じゃ着いたら大混雑してるよ。七時にしようよ。それと、待ち合わせは図書館の前にしようよ」

「図書館? 別にいいけど集合時間は、八時。決まり」

「もう!」

「だめ、八時」

「鬼!」

「鬼で結構、鬼万歳!」

 小夜子は体調がいいらしく、僕が持ってきたショートケーキ三個を全部平らげた。一個は僕が食べようと思っていたのに。


 三月七日、前期日程で受けた大学受験の結果が出た。僕は奇跡的に第一志望の大学に合格した。その日はとても寒い日だった。三月というのに寒冷前線が関東地方を覆い、昨晩からの雪が降り積もっていた。通りのあちこちに雪掻きして出来た雪の小さな山が出現している。母が止めるのも聞かず、自転車で病院に行こうとすると、五分で転んでしまった。ずぶ濡れで家に帰ると、母は「だから言わんこっちゃない。黎はほんとに馬鹿だね。でも、馬鹿が一番可愛かったりするんだよね」と言った。嘘吐け、他の兄弟にも「お前が一番可愛い」と言っているのを僕は知っているんだぞ。でも、そこが母の良い所なんだろうなと思う。

 病院に着くと、そこには爾と古都子もいて、小夜子と一緒に僕が来るのを待ち構えていた。クラッカーとお菓子の山が用意されていて、僕達四人は、ジュースで乾杯した。図に乗って病室でクラッカーをパンパン鳴らしていたら、後で看護師さんにこっぴどく怒られはしたけれど……。


 待ちに待った退院の日、三月二十日は、快晴だった。心配された気温も劇的に回復し、十日前に雪が降ったのがまるで嘘のようだった。小夜子は僕にそっと耳打ちし、「もうちょっとで先生と喧嘩になるところだったんだよ。寒いからもう少し病院にいろって言うんだもん。昨日暖かくなったおかげでやっと退院出来るの」と言った。小夜子は病院でお世話になった人達や仲良くなった入院患者の人達一人一人に挨拶をして回った。彼女は、ナースステーションの中で、看護師長に大きな花束を渡され、一番お世話になった看護師の石田さんに涙顔で抱きつかれながら、満面の笑みを湛えていた。そんな中、小夜子の母が僕を見つけると駆け寄って話し掛けてくれた。

「桧垣君、本当にいつもありがとう。小夜子はあなたのメールをいつも楽しみにしててね、あの子があなたにどれだけ励まされたか……。あのね、今だから話せることなんだけど、一時、あの子、危なかったのよ。年末に劇症肝炎を発症してしまって、四十度以上の高熱がずっと続いていたの。こんなに良くなって退院出来たなんて奇跡だって、担当の先生が言ってたわ。桧垣君、小夜子が頑張れたのもあなたのおかげよ。不束な娘だけれど、これからも仲良くしてやってね」

 僕は小夜子の母のその言葉を聞いて絶句した。そんな事実も知らずに、笑顔でみんなと握手している無邪気な小夜子を見ていると、なんだか急に胸に迫るものがあって、もうちょっとで泣きそうになった。「こちらこそ」と言いながら、小夜子のお母さんの手を無意識に力一杯握りしめていた。


 三月二十七日のディズニーランドに行く約束の日の前の晩、机の中の一万円札とにらめっこしていたら、姉が「あんた、明日彼女とデートするんでしょ。だったら一万円じゃ足りないよ。これ貸してあげる」と一万円札を僕にくれたのだった。一万円札を手にしたとたん、彼女は「今、確かに受け取ったわね。じゃ、こんどの土日、バイト決定」と言った。くっそ、またはめられた! ちょっと待て、二千八百円足りないぞ! 姉と揉めていると、見かねた母が「じゃあ、私が軍資金出してあげようか」とがま口から五千円くれたのだった。なんだか姉にごまかされたような気もするが、財布の中には二万五千円あるし、まぁいいかと思った。


最終章に続く

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