第十章
八月も残り五日に迫った八月二十六日、夏休みが終わり、二学期が始まった。高校生の生活は厳しい。昔と違って夏休みが十日も短縮されているらしく、父は「大変だなぁ」と、僕と爾を見て気の毒がった。
今日からまた元の生活か、と思いながら、教室へ入った。始業時間が来て、担任が出席を取り始めた。しかし、その時間になっても小夜子は教室に現れなかった。小夜子と仲の良い弥生が「先生、汐見さんは?」と訊いた。「ああ、汐見は入院することになったから、暫らく学校へ来られないそうだ」と担任が言った。「ええー? 小夜子、昨日のメールでそんなこと言ってなかったよ」と弥生は騒いだが、担任が「学校に嘘を吐くわけないだろ! そういう連絡が来てるの!」と一喝した。
僕は何が何だか分からなくなった。僕も小夜子からそんな話、一切聞いていない。昨日だって夜遅くまでメール交換していたのである。始業式の校長の話もクラスメイトの馬鹿話も上の空で何も頭に入らなかった。
腑に落ちないまま悶々としながら家に帰ると、母の友人の仁美おばさんが遊びに来ていた。
「あら、黎君お帰り。お邪魔してるわよ」
「ただいま。外のバイク、もしかしておばさんの?」
「そうだよ」
「また、親父のお古、買ったの? 物好きだね」
「仕方ないじゃん。あんたのお父ちゃん、貧乏なくせして、新しいのをすぐ欲しがるんだから。私がリサイクルしてあげてんのよ」
「しかし、その歳でよくバイクなんか乗るね。ババライダーじゃん。くれぐれも事故起こさんように」
「ま、マリ、この子生意気ね」
「ほんとにねえ、ごめんね。受験生だからイライラしてるのよ。大目に見てやって」
「せっかく、あんたのためにみたらし団子持って来てやったのに」
「おばさん、それ爾の好物じゃん。俺は煎餅のほうが好きなの」
「あ、そうだった。ごめん、ごめん」
まったく、母の長年の友人であるこの仁美おばさんという人は、うちにしょっちゅうやって来ては大声で無駄話をする。最近の韓流ブームにも彼女は乗り遅れることなく、韓国のイケメン俳優のDVDを持って来ては、うちの母に見ろ見ろと薦める。その鑑賞会は一旦始まれば夜まで続き、挙句の果て仕事から帰ってきた父をも巻き込む大宴会へと毎回発展するのだった。そんな時は襖一枚隔てただけの部屋で受験勉強している僕の堪忍袋の緒が切れ、外へ飛び出して行っては「ババア、二度と来るなーっ!」と叫んで憂さ晴らしするのが習慣になっていた。
ふと気付くと、爾が帰って来ていて冷蔵庫の中を物色している。僕は「みたらし団子があるんだってさ」と騒がしい居間を親指で差して言った。「仁美おばちゃん、また来てるのか」と爾でさえうんざりしながら言った。うんざりしている爾の横顔をぼーと見ていて、ふと気付いた。そうだ、こいつの彼女に小夜子のことを訊けばいい、本人に訊いたって本当のことを言うかどうか分からないんだから! そう思うといても立ってもいられず、母に聞かれないよう爾を僕の部屋に引っ張り込んだ。「僕だって知らないよ。古都子に訊いてみるから、まあ落ち着いたら」と爾は言い、古都子に電話した。五分ほど古都子と話した後、爾は僕に「市民病院に入院しているそうだよ」と言った。
第十一章に続く




