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Ordinary Days  作者: 早瀬 薫
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第一章

この作品は、いつだったか、おそらく2008年頃に書いたもので、

時代遅れというか、少し…どころか大いに古臭い作品です。

サイトに載せるのも恥ずかしいような気がするのですが、

思い切って載せてみました。

暇つぶしにでもお読み頂けたら、と思います…。

「桧垣、桧垣黎」

 五時間目の数学、一週間で一番睡魔に襲われやすい授業だった。

「桧垣! おらんのか」

「いや、います」

 僕の席のすぐ後ろの児島が、僕の代わりに返事をした。

「桧垣はほんまにしようのないやっちゃな。こら、起きい」

 数学の田辺先生は僕の頭を鷲掴みにしてクシャクシャと撫でた。田辺先生は、言葉、というよりイントネーションがほぼ関西弁なので、よく関西の人間に間違われるそうだが、四国の松山出身であった。「ありがとう」という言葉一つでも、標準語とは明らかに違う。店に入って買い物をしてお釣りを貰い「ありがとう」と口癖のように毎回言うらしいのだが、もし、レジ係の人が関西出身であろうものならイントネーションに郷愁を感じるのか、「お客さん、もしかしたら、関西の人?」とすかさず問われ、そのたび毎に松山出身だといちいち説明しているらしい。松山弁とは非常にややこしい。

「お前なぁ、三年やから受験に数学要らん奴は自習してもええとは言いよったが、寝ろとワシは一言も言うとらんぞ。それにしても汚い顔しとる。男前が台無しや。早う顔、洗うて来い」

 うつ伏せで口をあけて寝ていたせいか、僕の顔と机の上は涎の海になっていた。顔を上げると、口から涎が糸を引いていて、寝ぼけた顔のままで僕は周囲を見回した。教室は爆笑の渦だった。顔を洗いに教室を出る時、気になって小夜子の方を見たが、小夜子は僕に向かってアカンベーをして見せた。くそっ、田辺の奴、いつもなら僕のことなんぞ無視しているくせに、なんで今日に限って当てるんだよ!

 顔を洗って席に着くと、田辺先生が僕に言った。

「お前の姉ちゃんも兄ちゃんも真面目やったけど、お前はいかんなぁ」


 この学校の先生は田辺先生に限らずなにかと兄弟を比べたがるが、年差の近い兄弟が三人もいる僕にとっては迷惑極まりない話だった。でも、そんな話を家でしようものなら母は「あんたより、他の子の方が迷惑なんじゃない? 黎が一番成績悪いんだから。爾なんて特に可哀相」と言った。僕はこの話を母からされる度に、出来の悪い方が出来のいい兄弟がいるせいで片身が狭くて可哀相だと思うが、出来のいい方が出来の悪い兄弟がいるせいで笑われて可哀相なんだろうかと想像してみたりするが、出来が良かったためしが一度も無いので、いろいろ考えをめぐらしても、いつも埒が明かないでいる。

 爾とは、二歳年下の弟である。彼は四人兄弟の末っ子で、僕と同じ高校の一年生だった。彼は、両親の良性遺伝子ばかり受け継いで生まれてきたらしく、僕より格段上の成績だった。爾の性格は、末っ子特有とでもいうか、甘え上手というか、彼にとって僕が一番年の近い兄弟だったものだから、僕には特に懐いていて、僕に対して不平を言うことはあまり無い。それより何より子憎たらしいのは一つ歳上の兄、輝だった。こいつは本当に目の上のタンコブとでもいうか、何かにつけて兄貴という特権を翳しては僕らの行く手を遮る。幼い頃は、いつもおやつを独占し、玩具のバットを振り回して僕ら二人を追い掛け回しているような乱暴者だった。今でもそれはずっと続いていて、現役で志望大学に合格した兄は、何かと僕にプレッシャーをかけてくる。「まあ、お前は阿呆だから無理だろうな」と言うのが、彼の口癖だった。そして、一番上の姉の澪だが、彼女はこの春短大を卒業し、四月から某雑貨店に勤めている。そこで雑貨店経営のノウハウを学んだ後、母方のばあちゃんが残してくれた今にも崩れ落ちそうなボロボロの店を、今風のカフェ付きのこぎれいな店にして開店するのが当面の目標なのだそうだ。

 ついでに父と母のことを言っておくと、はるか昔、大恋愛して結婚したらしいが、子供の自分から見て、この二人に昔はあっただろう初々しさは現在においてはまったく無い。父は介護士として特別養護老人ホームに勤め、母は家で物書きをしている。元来スポーツマンでじっとしていられない父は、一つのことを集中して出来ないらしく、いつも何かを掛け持ちしては、あちこち身体をぶつけて、大騒ぎしている。それはいいとして、迷惑なのは、休日になるといつも早起きして「おい、今からキャンプ行くぞ!」とみんなをたたき起こす習性があることだった。彼の脳ミソには、子供は成長するという概念が定着する余地は皆無らしい。誰がこの歳で親とキャンプなんぞに行くもんか! 頼むから休みの日くらいゆっくり寝かせておいてほしい。母は車椅子が必要な身体障害者だが、分厚い眼鏡をかけ、いつも割烹着を着てヘッドフォンでラジオを聴いている様は、喜劇役者の風貌そのものだった。たまに彼女に話しかけようものなら、「なにっ?」と馬鹿でかい声で返事して来る。まともに子育てしろよと言いたくなる。でも、昔から、僕達四人兄弟の深刻な悩み相談には、子供扱いせずいつも真剣に答えてくれる頼りになる存在だった。


第二章に続く

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