第5-4話 『法律を作ろう4』
現場を見て、時には体験をし始めてから何日もたったある日のことだった。
昼食の時間になったため、昼食を食べに執務室へと戻ろうとしていたそのとき、ついにと言うべきかルイス殿に捉まり、私の連日の行動への言葉が告げられた。
「わかっているようでしたから言いませんでしたがね、そろそろあんたも『無意味』だと気づいたでしょう。たった少しの間体験した程度じゃあ、俺の言っているものは見えてきませんよ」
「わかっている。わかっているんだ。だが、もしこのまま続けていれば何かが見えてくるかも―――――」
「ありませんよ」
ぴしゃりと言い放つ。荒々しい訛りのある言葉ながらも、公平かつ立場をわきまえた発言の多いルイス殿らしくない区切り方だった。
「たとえあと何年続けようが意味なんてないでしょうね。それに、あんたの評価は日に日に悪くなってまさぁ。頭のいいあんたのことだ、気づいているんでしょう。開拓民からしても邪魔になるあんたは目障りなんでさぁ」
珍しく、ややイライラしたように強い言葉だった。
彼の強い調子の言葉に、つい驚きを感じてしまった。だが、それもつかの間のこと。ほんのわずかな間の後に、いつもの調子を取り戻したルイス殿が言葉を続けた。
「いやね、個人的な事言やぁ、俺ぁあんたのことが好きでさぁ。いままで開拓民のことを放置していた他のやつらに比べりゃ好感がもてまさぁ。けどね、いい加減にあいつらの苦情や文句も抑えられなくなっているんですよ」
苦情や文句、か。当然のことだろう。いつでも『私』という邪魔がそばにあり続けたのだ。きっと、いや確実に彼らの仕事の迷惑になっていたんだろう。それをここまで抑え続けてくれたルイス殿には感謝をしなければな。
諦め時かと思いつつも、どこか諦めきれずに辺りを見渡す。視線が止まった先には食堂であり彼ら開拓民の集会場でもある超大型のテント。いや、布製の家と言い換えてもいい建物があった。
「ですからね、監査官殿............」
言葉を続けようとするルイス殿をさえぎり、ふと気になった一つのことを訊ねてみる。
「いままでこの食堂を見たことが無かったのだが、少し見学をさせてもらってもいいだろうか?」
「はぁ.........あんたね、俺の言っていること聞いてました?」
ため息をつき、あきれ気味に答えるルイス殿の声が聞こえる。だが、私はどうもここに現状打開の『何か』があるように感じられた。
「頼む。これで最後だ。ここでも何か見つからないようならこれ以上何もしない。いままで通りに開拓民の好きにさせると約束しよう」
しつこく粘り、頼み続けたことが功をなしたのか、最後にはしぶしぶと彼の承諾を得ることができた。
「わかりました。勝手にしてくだせぇ。俺ぁ飯を食ってますからね」
しぶしぶではあるけれど、ルイス殿の承諾を得ることができた私は彼の後に続き、食堂である超大型のテントへと向かって行った。
彼の後に続き、食堂へと来た私は、その彼が受け取った昼食を見て驚愕した。
「ルイス殿、昼食と言うのはいつもそうなのか?」
おそるおそると彼に訊いてみる。
彼の受け取ったトレーの上にはいつも私が食べている挽きの甘いパンが一つ。そしてわずかに根菜や肉の破片が浮かぶ液体だらけのスープ。
まさかこれだけだというのか。あれだけの重労働をしながらたったこれだけ。あまりに少なすぎる。これではいずれ、鉱山を見つけるより体がダメになる方が先に来てしまう。
「あんたがた貴族の人間が何を食べているのかも、王国から派遣されてきたお偉いさん方が何を食べているのかも知りませんがね、俺たち開拓民にとっちゃこの程度でももらえるだけありがたいんでさぁ」
そう言って彼は冷めて湯気も見えないスープをすする。
木製のスプーンに、あまり色のない水のようなスープがすくわれる。その光景を見て、当然のように「味が無さそうだ」と思った。そしてこの取り留めもない感想が脳内に電流を流した。
「ルイス殿、申し訳ないのだが一口だけスープをいただけないだろうか?」
「あ?監査官殿、何を言って............」
怪訝そうにスープから視線を上げてこちらを見てきたルイス殿だったが、私の顔を見た瞬間、何かを思ったようにトレーを差し出した。
「あんたのその表情、何か思いついたんですかね。普通、貴族様は俺たち労働者階級の口をつけた物なんて食いはしませんよ.........」
差し出されたトレーからスプーンを取り、一口スープをすする。
思った通り、ほとんど味がしない。私が食べていたものは塩味だけだったにしろ、それでも味がつけられていた。だが、ここで出されている物からはほとんど塩の味さえしない。
ふと脳内をよぎった小さな考えが、実現可能な行動へと変わる確信がどこからともなく湧き始めた。
いや、これは間違いなくこの大陸を変える第一手になる。
「ルイス殿、申し訳ないが手早く食べた上で私を調理員に会わせてほしい。もしかしたら『私だから見えたもの』が見つかったかもしれない」
「ほう。あんたに見えない『俺たちの見ているもの』ではなく『あんただから見えたもの』ですかい。こりゃぁおもしれぇ」
黒く日に焼けた顔の、固く結ばれた口の端がわずかに上へと上がるのが見えた。
「会わせるもなにも、すぐそこにいますぜ。いますぐ行ってきたらどうでさぁ?」
彼の指さす方を見ると、一番奥にある質素な造りの厨房を片付けている一人の男と、その男を手伝う少年がいた。
その彼らの奥には食器を洗う複数人もいる。
「厨房主のライル、んでもって近くのガキが弟子のニールでさぁ。普段はこの二人を筆頭にあと数十人で回しているって話だそうで」
丁寧に名前まで教えてくれたルイス殿に礼を伝えると、足早に二人のもとへと向かおうとした。その時、忘れていたと言わんばかりにルイス殿が言葉を付け足した。
「見りゃわかると思いますがね、ライルは生粋の王国民、ニールには半分だが労働者の血が流れてまさぁ。それなりの事情があって大陸にいるんですよ。下手に首を突っ込まないことは約束してくださいよ」
そこまで信用がないのかと思えなくもないが、迷惑だと知りながら続けていたいままでの行動を考えると当然の結果かもしれない。ルイス殿の言葉に苦笑しながらも、二人のいる厨房へと今度こそ向かった。