第5-3話 『法律を作ろう3』
ルイス殿に連れられて彼の言う「次」へと連れていかれた。次もその次も、そのまた次もリーダー格の男のもとを訪れた。しかし、誰ひとりとして受け入れてはもらえなかった。とは言え、ガロナ殿のときとは違い、話だけは聞いてもらえた。だが、聞いてもらえただけで、首を縦に振ってくれる人はいなかった。
確かにこの制度が制定されれば上下関係が生まれ、平等だった開拓民たちの間にれっきとした身分が生まれるだろう。それについての反対が出てくるであろうことは予想していた。しかし、それは制定されてからの話だ。まさか制定にすら漕ぎ着けられないとは思いもしなかった。
本日何度目かの冷や汗が頬を伝う。
こうなったら監査官としての権限で強硬的にでも推し進めるべきだろうか。いや、そのようなことをすることだけは............
「俺の言いてぇことがわかりましたかい監査官殿。いやね、あんたの説明が伝わらなかったわけじゃねぇよ。学のねぇあいつらにも伝わる十分なものだったと思いますぜ?ですがね、俺らとあんたじゃあ見えてる世界が違うんでさぁ」
「あんたには理解のできねぇ話でしょうがね、あいつらだって有用なのは頭じゃあ理解してるんでさぁ。でも心がそれを認められねぇ。ま、感情論の話でさぁ」
感情論だと!?ふざけているのか?まさかその程度のことで拒んでいると本気で言っているのか!?
「『その程度』のことで、です。あんたにはそう思えるかもですがね、これが案外俺らには重要なんでさぁ。考えてもみてくださいよ、昨日来たばかりの、それも大陸のことを何一つ知らないやつにいきなりああする、こうすると命令されたらそりゃあ穏やかじゃあないでしょう。開拓民は案外、そんな考えで生きているんですよ。これもあんたの見えていないもののひとつなんでしょうね」
そろそろ就業の時間だと言葉を切り、そのたくましい肩を揺らしながら食堂を兼ねているまた別の大型テントへと消えていった。
ルイス殿の言うことが間違っているとは思えない。たしかに自分には見えていないものがあるのだろう。それはれっきとした事実だ。しかし、だからと言って彼の言うことが正しいわけでもななければ、納得がいくわけでもない。それにここで引き下がって諦めたくはない。ルイス殿が言うには、彼らも有用なのはわかっているらしい。ただ感情が認めることを邪魔しているだけで。それならば諦める必用なんてない。ただ私自身を認めさせればいいだけの話だ。
とは言ったものの、私自身を認めさせる方法がまったく思い付かない。どうしたものか............
いや、考えてても意味が無い。とりあえずは「見えていない」ものを見つけるためにも彼らと同じ生活をしてみるべきか............
思考にふけるその時だった。突如として身体に力が入らなくなった。
ガクリと膝が落ち、地面にぶつかりそうになる。目の前に床が迫るが両手を突くことで顔をぶつけることを回避する。
いったい何が起きたのか。うまく働かない頭の中で思考する。どこかのタイミングで毒を盛られたのか、それとも何かしらの病気に感染したのか、と。
どちらもあり得ない。毒はいま自分に盛る意味が無い。それにそのようなタイミングは存在しなかったはずだ。事前の検査で病気を保持していないことは確認してあるし、大陸に来てから罹ったと考えるにはあまりに時間が経過していない。ではいったい何が............!?
焦る思考とは裏腹に、現実はあまりに単純だった。
威勢よく腹の虫が咆哮を上げる。
言ってしまえばただ空腹だったというだけのことだ。思い返すとたいしたものを食べていなかった。長い船旅により軽いものしか口にできず、大陸についてからはすぐに仕事に取り掛かったせいで何も食べていない。おまけにその仕事のせいで満足な休憩も取れていない。それゆえの空腹と疲労が原因となったのだった。
渾身の力で執務室へと戻り、リディア嬢へ食事を持ってくるようにと告げると糸の切れた操り人形のように執務椅子へと滑り込んだ。
しばらくの後、執務に負われる中での休息・食事のとり方のアドバイスとともに彼女によって届けられた食事は、驚くことに普通なものだった。食料状況があまりよろしくないと事前に訊かされていたため、どんなものが出てくるのかと思っていたが、パンと根菜のスープ、腸詰肉や燻製肉といった保存食中心ながらも中流階級の食事程度の料理が出される。粉の挽きのあまさがわかるパンに、味はシンプルに塩味のみの料理。少し前までは凝ったものが多く提供されていただけに物足りなさを感じなくもないが、高価な香辛料など本国の貴族階級でも週に一度お目にかかれるかどうかだ。それに大陸でここまでの料理が提供されるだけでも十分以上に贅沢だ。文句などあるはずもなく、胃への負担など考えずに目の前の料理を次々と胃の中へと放り込む。途中、「まずはスープで胃を慣らしてからにしませんと.........」とリディア嬢の制止がかかるも気に留めることもなく食事にありついた。
次の日からは、当初の宣言通りに次々と送られてくる要望をバッサリと斬り捨て、リディア嬢にはいずれ実行する新制度の子細を決定してもらうように告げた。
そして私はというと、ルイス殿の仕事場である採石場へと来ていた。
「監査官殿、こんなところへ何のご用で?」
「いやなに、『見えていないもの』というのがわからなくてね。とりあえず普段は皆が何をしているのかから知ろうと思っただけだ」
こんなことをしたところで、彼の言う『見えていないもの』が見えてくるだなんて思っていない。私がそうとわかった上で言っていると知ってか、ルイス殿は顔を一瞬しかめたが何も言わなかった。
「.........そうですかい。ま、何かあったら声をかけてくださいな」
何か話すわけでもなく、ひらひらと手を振りながら彼は仕事へと戻る。事実上のトップから許可が下りたというわけだ。
そうだ。私はこれが政界で、こうすることで何かが見えてくるだなんて思ってはいない。けれども、たとえ間違えているとわかっていても何か行動を起こさなければ絶対に何も見えはしない。逆に、何かしさえすれば見えてくるものは必ずある。
そう信じて仕事を見学し、時には体験をし続けた。当然、「迷惑だ」と煙たがられていることはわかっている。それでも続けたある日、私は一つの答えにたどり着いた。
いや、その答えへの道の入り口を見つけた。