第5-2話 『法律を作ろう2』
「早朝から失礼する。ルイス殿、起きているだろうか?」
木造の小さな庁舎、その一番奥にある執務室から入り口の近く、一番遠くにあるルイスの私室の扉を叩いた。時刻はまだ日が昇り、やっと辺りが照らされ出したころだ。まだ起きていなくてもおかしくはない。
待つこと二、三秒。返事はすぐに帰ってきた。
「あー、監査官殿ですか?こんな朝早くに何かあったんですかねぇ」
夜も明けたばかりだというのに彼はすでに作業着へとその身を包んでいた。
服の隙間からよく焼けたたくましい肉体がのぞく。
「まさかこのような時間に起きているとは」
「それは監査官殿も同じでしょう。本国じゃあガス灯だ何だが夜通し点いていましたけどね、大陸じゃあそのガスも貴重なんでね、太陽とともに生活するんでさぁ」
労働者訛りのある言葉が答える。
残念ながら、私は寝ていないからここにいるわけだが、これは良いことを聞いた。この暑さの中寝ることさえままならないのならば、いずれ体調を崩すだろうと思っていた。満足のできる医療施設ないこの場所ではどこまで大事に発展するかわかったものじゃない。今後のためにもこちらでの生活リズムをしっかりとつかんでおこう。
「それで、こんな時間に来たってこたぁ、なにかあったんですかい?」
「ああ、バラバラの開拓民を一つにまとめる制度を作ろうと思って................」
ここで私は先ほどリディア嬢に説明したように『三長制』についてルイス殿にも説明する。
偏見的な話だが、労働者階級である彼が貴族の子女であるリディア嬢と同等の理解力があるとは思えなかった。そのため、かみ砕いた内容をできるだけわかりやすい言葉で説明した。
しかし、その思い込みは良い意味で裏切られた。
「ほう。こいつぁ『十進軍編』ですかい。確かに、本国のよくわからないごちゃごちゃした制度よりも、古代の制度の方がよっぽど俺らに会ってまさぁ」
「.............................」
「どうしました、なにかありましたかい?」
「失礼な話だが、まさか教育を受けていたとは思わず.................」
「労働者階級をそう思っても仕方のねぇ話ですよ。俺ぁ運よく物好きなシスターに拾われて、ガキん時に多少教育を受けましたがね、大陸のやつらは支配地から本国に来たやつらばっかりなんでさぁ。本国の言葉を覚えるだけで必死なやつらばっかりなんですよ」
大きな身体同様、大きな口が笑いながら答える。
まさか参考にした制度を知っているとは思いもしなかった。それも、「歴史」という王国が定めた必修の分野ではないことを知っている以上、それ以外についても相応の知識があると考えていいはずだ。相当高度な教育を受けていたらしい。
だがこちらとしても、大陸の事情に精通していて、それでいて知識もある人材と言うのは非常に大きいものだ。彼に頼ることも増えるかもしれない。
とはいえ、彼以外のほとんどの人が教育を受けていないというのはどうにかすべき問題かも知れない。
頭の片隅でそんなことを考えながら良い意見を貰えると期待に胸を膨らませた私だったが、彼の反応も予想通りにはいかなかった。
「ルイス殿、この制度をどう考える?」
「たしかにこりゃあ便利ですぜ。特に俺たち管理者には必須でしょう。ですがね、やめといた方がいいと思いますぜ」
彼もやはり、リディア嬢と全く同じ反応を見せた。やはりというべきか、この制度には反対のようだった。
「ルイス殿、やはりあなたもですか.........リディア嬢にも全く同じ反応をされましたよ。この制度の必要性がわからない訳ではないでしょう。なぜですか」
「監査官殿、あんたはまだここでの日が浅い。まだ見えていないことが多すぎるってことですよ」
そう言うと彼は私の隣を通り抜け、他の開拓民のいるテント群へと歩き出す。そして「ついて来い」と言うかのように手を招く。
彼に連れていかれた先は、テント群の中でもひときわ大きなテントだった。
その他のテントが四人、いや三人も入ればいっぱいという大きさに対してそのテントはゆうに十人は入れるものだった。
「このテントの主があんたの言う千人長を任せられる人でしょう。ですがね、制定には彼が一番の障害になるでしょう。ま、会ってみればわかりますよ」
そう言うとルイス殿は入り口に立ち、大声で中の人物の名を呼んだ。
「おーいガロナ、お前に客人だ」
ガロナと呼ばれた男性がテントから顔を出す。開拓のための準備をしていた彼は、忙しい時間だったということもあってか不機嫌そのものだった。
「客人だぁ?」
ルイス殿同様の労働者訛りの胴間声が聞こえた。
「あぁ?誰でさぁこいつ」
「この人は昨日着任した大陸監査官のコンレッタ殿でさぁ」
「私はユリウス・フォン・コンレッタ。この大陸の監査官として着任した王国から派遣されたこの大陸開拓の管理者だ」
肩書きと名前を告げる。
正直な話、立派な肩書きを名乗るのは好きではない。その肩書きを自慢しているように聞こえるし、父上の教えにも反する傲った行為に感じるからだ。だがいまは違う。この人から感じる気配は上下をはっきりとさせたほうがよさそうな相手という気がした。
「ほう。あんたが新任の監査官ですか。お勤めご苦労さんです。で?何のご用で?」
不機嫌なことに変わりはないが、一番の障害というほどのこともなさそうだ。
「さ、監査官殿。彼に制度について話してみてください。もし彼が賛成するならばまず大丈夫でしょう」
「そうか。ではガロナ殿、私は着任後第一の改革として人員管理のための制度を整えたいと思う。そうすればこの後想定し得る問題への対処も............」
「ああそうかい。そりゃいいこった。んじゃ話は終わりだな。さっさとけぇんな」
「おい待ってくれ!まだなにも............」
まだなにも話していない。制度の内容どころか話始めの部分でしかない。これは話したなどと言えることではない。
「待て!私はまだなにも話してなんて............」
「ん?言っただろ、話は終わりだって。てめぇから聞くことなんてなんもねぇよ」
先ほどまでと変わらない、いたって普通の表情で拒絶される。まるで話など聞いていなかったかのように。
そして、何事もなかったとでも言うように私の横を通り過ぎて行った。まさに「聞く耳を持たない」といった様子だ。
第一印象で感じたものは全くの別物、己の都合の良い解釈に過ぎなかったのだ。
「はー、やっぱりそうなりますか。ま、仕方のねぇ話でさぁ。さ、次行ってみましょうや」
話さえ聞いてもらえなかったこの現状がどういうことかとルイス殿に問いたたそうとするが、その前に言葉を言われてしまった。
そして彼の強い勢いに流され、彼の言う「次」へと連れていかれたのであった。