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没落貴族のフロンティア  作者: 暁巳 蒼空
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第5-1話 『法律を作ろう』

 冷たい風が頬を撫でる。目が覚めるとそこは、美しい雪の降る森のなかだった。


 なんてことがあったらいいのに。

 残念ながら現実はこうだ。


 熱い風が全身を茹でる。目が覚めるとそこは、高く積まれた書類のなかだった。


 昨日からずっと書類を片付けていたはずが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。斜め前にある秘書用の机を見ると、虚ろな目のリディア嬢が書類の山を崩していた。


「すまない。どのくらい私は寝ていたのだ?」


「正確にはわかりませんが、十分ほどかと」


 着任挨拶後、歓迎会をするわけでもなくすぐに仕事に取り掛かった。それだけこの新しい土地に来たことでやる気が起きていたようだ。まさかそのやる気を後悔することになるなんて考えてもみなかったが。

 なんとか夜が明けたところまでの記憶はある。だがその先はない。おまけに外の景色はあまり変わっていない。つまりその程度しか寝ていなかったということだろう。


「一つ訊きたい。開拓地なのに..........なぜこんなに書類があるんだ!」


 そう、ここは一日中熱風の吹きすさぶ荒野、開拓の最前線だ。それなのに、それなのに領地以上の書類がある。いったいこれはどういうことだろうか。


「制度がないため、要望や報告が個人単位だからです。本当に、半分になってよかったです。一人の時は何度死のうと思ったことだか................」


 虚ろな瞳に黒い笑みを浮かべるリディア嬢。一人で数千人分の対処とかよく過労死しなかったなと本気で尊敬するよ。でもなぜ死にそうになるよりも先に制度をつくらない?


「秘書には権限がありませんから。その権限をお持ちのルクスブルク伯は本国でしたので」


 そういうことか。ルクスブルク伯がこの場にいないせいでここまでの苦労をさせえていたとは。それならまずは法律とかよりも先に人員管理の制度から作ろう。毎日こんなことをしていたら何かする前に過労死してしまう。


「よしわかった。この書類たちはいまここで廃棄しよう。そして新しくこの開拓地における新制度を作りなおそう」


 大陸(ここ)では要望は一つ一つ個人からこの庁舎に送られるらしい。ひとりから来る要望は壊れたツルハシの変わりが欲しいや娯楽として酒が欲しいなどと言ったちょっとしたものだ。だが、数千人分同じような要望が送られてきている。たいへん無駄の多いシステムだ。

 ならばここで開拓民たちを一つにまとめる制度を作ろう。数千人もの開拓民にいちいち一人ずつ対応していたらこちらが先に過労死してしまう。それなら十人単位、百人単位、数千人と十刻みのまとまりを作って、対応するのは千人分ごとのまとめられた要望を数件だけというような状況に変えてしまおう。

 十人で一組、十組で一つ。十組で一つとなったものをさらに十組で一つにまとめる。そうすると千人を一つにまとめられる。

 歴史書で見たずっと昔の我が国の軍事制度をもとにしているが、これはとても使いやすいものだ。

 最初の十人をまとめる十人長は十人分、十件の要望を。次の十組百人分をまとめる百人長は十組分、十件の要望を。最後の千人長はさらに十組の計千人分、十件の要望をまとめる。そして最高責任者の私は千人長から渡される数件の要望に応えるだけで数千人分の要望をかなえることができたことになる。なんと楽なことだろう。

 さすがは我が祖国だ。はるか昔の制度とは言え、十刻みの三人の長を通して楽に情報伝達を行える。いまの本国のように情報通信制度が充実していないこの場所ではうってつけの方法だ。


「ではリディア嬢。さっそく準備に取り掛かろう。この制度は『三長制』と名付けた。この三長の選出はルイス殿に頼めばよいだろう」


 斜め前の執務机を見て問いかける。この制度さえしっかりと制定されれば、仕事はいままでの数千分の一となり、相当仕事は楽になる。仕事が楽になり、時間が生まれれば、できることが増える。できることが増えると遅々として進まないこの開拓事業も進展させることができる。

 つまり、いいこと尽くめと言うわけだ。きっとリディア嬢からもよい返事が受け取れるだろうと思っていた。

 だが、実際の彼女の返事は予想していたものではなかった。


「たしかにこれは必要ですし、人選についても彼に任せれば間違いはないはずです。ですが..............」


 本人的には賛成だけれども、成功はできそうにない。

 そう言いたげな微妙な表情と歯切れの悪い返事しか返ってこなかった。

 とは言え、効率的に庶務を進めるには効率的な制度の制定が必要不可欠だ。何と言われようと実行しなければこの場所でのすべての基礎が出来上がらない。


 私は日ごろ父上から、「我々は歴史に学ばなければならない。想定し得ることはすべて歴史書が物語る」と教えられて育ってきた。私もこれには賛成だ。

 はるか昔、まだ鉄すら使われておらず、この世に神が存在していた時代にも『王』は存在し、人々から税を集めていた。この事実などどうでもいいことだ。重要なのは『税を集めていた』ということだ。これはそれを可能にするだけの人民支配の制度が出来上がっていたことを示している。

 つまり、開拓線(このばしょ)にはそのような太古の時代(せかい)ですら存在していたものができていないということになる。それではこの先、この開拓線というものすら維持できない可能性があるということだ。そうなってしまっては元も子もない。多少強引でもせめて基礎中の基である人員管理の制度だけは確率しなければならない。


「すまないがリディア嬢、これだけは強引にでも実行させていただく。少しばかりルイス殿のところに行ってくるよ」


 うだるような暑さの立て込んだ部屋を後にし、もう起きているであろうことを祈りつつ、ルイス殿のいる部屋へと向かって行った。


 

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