第3話 『発港町、着暗黒大陸』
青、青、青。はるか彼方まで見渡す限りの青一面。私、ユリウス・フォン・コンレッタはいま、暗黒大陸へ大陸監察官として着任するためにルクスブルク伯領の港町に来ていた。
山があるのは王都の方面だけ。残る三方向には一切の障害物がなく、海と空の青だけが広がっていた。雲一つない晴天の下、たったいま運ばれてきたばかりの交易品や、水揚げされた魚が至る所に置かれ、威勢の良い掛け声とともに、中央の市場へと運ばれていた。
櫂や帆で動く小型の漁船や、何本もの立派なマストが翻る貿易船が所せましと停泊する桟橋を通り抜け、その奥に立ちふさがる黒煙を吐く鋼鉄の船『ヴィクトーリア号』へと足を向ける。
貿易船すら小さく見えるほどの巨体のふもと、その入り口付近に見慣れた人影を見つけた。
「これはルクスブルク伯、ご多忙の中、お見送りいただけるとは光栄です。また、この度の多大なる尽力への感謝を」
やや恰幅のいい体つき、それでいてビシッと決まったタキシードに身を包む立派な髭の持ち主、ルクスブルク伯に向け、頭を下げる。
「やあユリウス君。覚悟は決まったかい?」
無言でうなずくことで意思を伝える。すると柔和な笑みを浮かべていた顔にやや力が入るのが見えた。
「これは君の上司として、対外政策局局長として言わせてもらおう。暗黒大陸は未開の土地だ。そこにはこの大陸とは比べようもないほどの潤沢な資源が眠っていることだろう。産業が革命的に発達した今こそ、暗黒大陸無くして王国無しと言ってもいいほどだ。当然、重要な役職であることを忘れないでいただきたい。また、未開の土地であるがゆえに何が起きるかもわからない。虎や豹とは比べ物にならないほど凶悪な動物もいると聞く。危険だが、王国の発展のために全力を尽くしてほしい」
ここで一度言葉を切り、私の瞳を覗き込むようにして言葉を続けた。
「最後に幼いころから君を知る小父さんとして言わせてもらおう。いいかい、絶対に帰ってくるんだ。優しい君のことだから幾度でも無茶をすると思う。それでも絶対に、ちゃんと帰ってくるんだよ。君の帰る場所はしっかりと守っておいてあげるから」
最後に一度、いつもの優しい笑みを浮かべてルクスブルク伯は帰って行った。ここまでしてもらったんだ、絶対にやり切って見せる。もう一度、コンレッタ家を復興させてやる!!!
波に揺られること早十日、とうとう暗黒大陸に着いた。巨大な客船が停泊できるほどの巨大な桟橋はないものの、石でしっかりと舗装された桟橋があり、その先にはつい十日前にみたような港町が広がっていた。
「これが.......暗黒大陸?思っていた以上に開拓ができているじゃないか.............」
恥ずかしいことに、『暗黒大陸』というくらいだからと、名前だけで文明のかけらもない森林が続くだけの未開拓の土地を想像していた。だが現実はどうだ。石造りの桟橋、舗装された道、おまけに煉瓦造りの建物も乱立している。住民なのだろうか。大勢の人でにぎわっていた。
「あの、失礼ですがコンレッタ伯でしょうか?」
想像と真逆の光景に目を奪われていると、背後から女性の声が聞こえた。
「私がコンレッタだが.........」
そう言いながら振り返ると、そこには私よりやや背が低い、金髪碧眼の少女が立っていた。
「失礼しました。私は大陸監査官秘書のリディア・カーデルラントと申します。本日より、伯爵の秘書として働かせていただきます」
まぶしいほどの笑顔でほほ笑む少女がそこにはいた。姉や妹は居らず、いつも勉学に熱中して女中とも必要以上に接さずにいたからか、どぎまぎとして言葉が発せなくなる。
思い出せ!父上から何を教わった!!紳士としての対応だろう!!!
言葉に詰まる自分を叱咤し、内心の動揺を隠して余裕あるようにふるまう。
「女性に先に名乗らせてしまうとは、失礼しましたリディア嬢」
そうだ、まず第一に女性を敬うことだ。男だからと威張ってはいけない。真の紳士とは女性を敬うものだ。次は名乗るべきだ。しっかりとした礼儀を持ち、権威を驕ることなく名乗る。確か父上はそう言っていたはずだ。
「私はユリウス。ユリウス・フォン・コンレッタと申しましゅ」
........................................。
どちらからとなく沈黙が舞い降りる。リディアと名乗った少女も微妙な顔のまま固まっていた。
うわあああぁぁぁぁぁ!!!!!私は、俺は何をやっているんだああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
赤面し、嫌な汗を滝のように吹き出しながら顔を覆う。ルクスブルク伯との交渉の時ですら噛みなどしなかったのに、なぜ今になって噛んでしまうんだ!
「あ、あー、その.......庁舎まで.....移動......しましょうか?」
対応に困ったらしい少女は、とりあえず話を進めることにしたらしい。
「......そうしよう............」
恥ずかしさに悶える私は、それ以上答えることができなかった。