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没落貴族のフロンティア  作者: 暁巳 蒼空
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第1話 『行動』

「500万、500万ゴールドかぁ」


 借金によってもうすでに自分のものではなくなった机に向かい、大きくため息をこぼした。父上が逃亡してから早くも二日たった。貴族でありながら家事とかも割と好きだったことが幸いだったため、何とか二日間は生活ができている。だが、この家にも長くはいられない。あと5日経てば取り上げられることになっている。


「どうやって返済したものかなぁ...............」


 あれから二日間、返済方法を考えてはみたが、一向に思いつかない。ここまでくるとギャンブルに走ってしまった父上の気持ちもわからなくない。

 そのくらい行き詰っていた。500万ゴールド。言ってしまえば簡単な言葉だが、実際はかなりの金額だ。自分たち貴族の食べるパンの価格はどのくらいかわからないが、庶民の食べる最安値の黒パンが一個1カパーだ。10カパーで1シルバー。10シルバーで1ゴールド。つまり、500万ゴールドの借金は黒パンに換算すると、5憶個ということになる。他の貴族はどうか知らないが、元伯爵家の自分の領地にはおおよそ千人ほどの領民がいる。その領民の50万食分ということになる。それだけの金額を、成人したばかりの自分に返済しきれるとは思えない。並々ならぬ努力があろうとも、まっとうな方法で完全に返済しきることはまず不可能だ。

 そう、まっとうな方法ならばだ。そうじゃない方法もないわけではない。例えばギャンブル。一発逆転ができればどうにかなる。ここまで減らすことはできたのだ。その逆も無理ではない。だが、常識的に考えれば無謀というべきだろう。他には商売。たくさんの物が続々と発明されているいま、一個でも大発明があれば、それをもとに商売ができ、莫大な利益を上げることもできる。しかし、その基となる資金もなければ知識も技術もない。ギャンブル以上に無理無謀と言える。


「あとは鉱山でも掘り当てるくらいしか...............」


 ふとつぶやいていた時、脳内に電流が流れた。そうだ。鉱山だ。産業が発達しているいま、石炭や鉄鉱石の需要は言うまでもない。たとえ銅山だろうと物価が高騰している今ならば借金の返済も十分に可能だろう。しかしいまいるこの大陸の鉱山はほとんど掘りつくされている。だが、もしこの大陸以外にも大地があるならば、可能性は十分にある。そう、この大陸である必要なんてない。どうせ領地はないのだから、ここに残らなくても問題なんてない。それならばうってつけの場所がある。『暗黒大陸』。つい最近になって発見された未開拓の大陸。何があるかもわからないことからそう名付けられた場所だ。かなり危険な場所ということから、渡航には国の許可が必要だが、いまは渡航しての開拓を推奨している。何とかすれば渡ることくらいはできるかもしれない。


「たしかヘンリー兄さんの家は渡航とかを取り仕切っていたはず。明日交渉に向かうか」


 成功する確率はごくわずかだが、何も思いつかなかった今までよりは十分に進展したと言える。成功の可能性が見えた。それだけでも十分なことだ。そう思いつつ、数日ぶりの安眠を期待しながらベッドに潜りこんだ。




  


「ルクスブルク伯はいらっしゃるだろうか」


 早朝から馬に乗り続け、一つ隣の領地の貴族であるルクスブルク家のところまでおよそ半日。何とか昼過ぎにつくことができた。昨夜考えた予定通りにうまく事を進めることができるだろうか。そんな不安を感じながら門番に近づき、声をかけた。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?使者もなしに直接来るということは、よほど性急のことと存じますが............」


 そういいつつも、怪しむような視線で見てくる。こちらは馬の上にいるのだが、下から見上げられても十分な威圧感がある。正直怖い。


「失礼した。私はユリウス・フォン・コンレッタ。コンレッタ伯爵家当主だ。ルクスブルク伯にお目通りしたい」


 名前を名乗り、要件を伝える。こちらが貴族となれば、相手の対応も変わる。


「失礼いたしました!ただいま召使が主にお伝えしております。もうしばらくお待ちいただきたい」


 急に背筋をピンと伸ばして大声で答える。それもそうだろう。この国では身分は絶対だ。貴族と平民の差はもちろん、同じ貴族内でも爵位によって大きく違う。たかが爵位の一つで住む世界が大きく変わる。そんな世界だ。


「お待たせしました。主がお待ちです。応接間までお願いします」


 たいして時間がかからずに取次が終わったようだった。こちらとしても時間が惜しい。ありがたいことだ。


 中に案内されると、そこには執事を筆頭に、大勢の使用人が出迎えた。恭しく頭を下げる使用人たちの横を通り抜け、案内されるがままに歩く。自分の屋敷もかなり立派だと思っていたが、こちらは数段上の豪華なつくりだった。さすがは侯爵への昇格間違いなしと言われているだけのことはある。屋敷一つでもその家の権力の強さが見えてくる。。広くきらびやかな廊下に差し掛かった時だった。後ろから突然声がかけられた。驚いて振り返ると、そこには兄分のヘンリーが立っていた。


「久しぶりだな。ユリウス」


 そこで言葉を一度区切ると、こちらの瞳をのぞき込むようにして言った。


「話は聞いている。お前も大変なことになっているな。まだ家督を継いでいない以上、俺にできることに限りはあるが、弟分のお前のためだ。何かあったら頼ってくれ」


 久しぶりに会ったというのに、没落の話はすでに流れていて心配しているようだった。


「ありがとうございます兄さん。もしこの交渉が失敗したら頼るかもしれません」


 あえて短く簡単な返事をした。ヘンリー兄さんは他にも言おうとしていたが、「これ以上は」と目で伝えてとどまらせる。これからの話し合いの無謀さを考えたら、正直に言って兄さんにお願いしたいところだ。でも、そんな甘えは許されない。貴族にとって話し合いすらも決闘と同じだ。正々堂々と戦い勝敗を決める。言葉一つ一つが武器となる戦いだ。いまの覚悟を維持するためにも、意識を切り替えて交渉の手順を確認する。相手は堅物として有名なルクスブルク伯。どこまで不利になってしまうのだろうか。


 内心で恐怖をこらえながらも、応接間の扉を開く。ここからが私の、いや、俺にとっての初めての戦いだ。


 

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