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カザキリバ  作者: 塩原えきのこっくす
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序2

 この星の暦が1000と900年を超えた頃、極東に敷島皇国という島国があった。

 時は星歴1942年、春。

 雪解けと梅の花の季節。

 関東地方の片田舎、常陸市の道場にて、ある武術の試合が開かれていた。

 劾応呼神流――1000年の歴史を持つとされる古武術。

 その破壊力は人の域を超え、敵だけでなく扱う者の人体すらも破壊する諸刃の剣。

 ゆえに、この武術は人の身で行使するものでなく、巨大な写し身によって振るわれる。

 道場の庭に陣幕が四角形の闘技場を作り出す。

 試合にして死合。生死をかけた、真拳死合が行われるのだ。

 そこにて対峙するのは、全高4メートルの巨人と巨人。

 空繰(からくり)と呼ばれる、敷島の伝統的人型自走甲冑であった。

 劾応呼神流。それは、空繰によって空繰を破壊するための武術である。

 双方とも古式空繰に分類される300年以上前に作られた骨董品であり、この武術のために用意された徒手格闘戦仕様の機体。

 繰士と呼ばれる操縦士は、空繰の腹に収まる。

 その窮屈な操縦席を開放し、二人の繰士が睨み合っていた。

 壮年の男と、若い男。

 互いに言葉はない。静かな呼吸と殺気に満ちた鋭い視線が交錯。

 闘技場から離れた観戦席には多くの門下生と、一人の幼い少女の姿。固唾を呑んで、開戦の瞬間を見守っていた。

 壮年の男の目が一瞬、何かを訴えかけるように揺らいだ。

 若い男はその視線を受けるや、憎悪と怒りに顔を歪ませた。

 互いに言葉はなかった。

 冷たい風が梅花を吹き上げ、血と鉄と泥の香りが殺意と闘志を逆なでして、試合開始の法螺貝が鳴り響いた。

 二体の空繰の操縦席が閉じ、空繰の伽藍堂の双眸に炎が灯った。

 若い男の空繰は赤い炎の目を滾らせ、面頬の口から気炎を噴いて吼えた。

 それは人の絶叫のようであり、獣の唸りのようであり、空繰は雷火と化して地を駆けた。

 闘技場の剥き出しの地面が超音速のスリ足で撒き上がり、土煙が観客の視界を阻む。

 土煙の奥で緑の炎が四散して、僅かに遅れて竹と鉄の砕け散る断末魔の音が、観戦者たちの鼓膜をいて脳髄に打ち込まれた。

 拳圧と衝撃波で土煙が発散。

 若い男の空繰の拳が、対する空繰の顔面を真正面から貫通、粉砕していた。

 竹と鉄で編まれた装甲、目を形作っていた緑の炎、駆動用筋肉である視肉、内部の骨格、一切合切が微塵。

 壮年の男の使う空繰は防御することも避けることも出来なかった。勝負は一瞬。それで終わった。

 繰士は、空繰と五感を接続する。頭蓋を叩き割られた幻の痛みは死の疑似体験となる。意識など保てるわけがなかった。

 転倒した空繰に多くの門下生が群がり、我先にと力づくで操縦席の装甲を引き剥がしにかかった。

「先生―――っ!」

「神谷先生――っ! しっかりーーーっ!」

 神谷と呼ばれた壮年男は気絶していた。

 門下生たちが神谷を操縦席から引きずり出そうと四苦八苦しているのを尻目に、もう一方の空繰は悠々と片膝を着いて降着。若い男は操縦席から飛び降りた。

 男の表情は険しく、一言も発さず、神谷師範を抱き起す門下生たちに背を向けた。

「南郷――っ! 貴様ぁーーっ!」

「先生に受けた御恩を仇で返しおってーーっ!」

 南郷……と呼ばれた男は、背中越しに鼻で笑った。

「は……弱い奴が負ける。そういう世界だろ、ここは」

「なんだと~~っ?」

 気色ばむ門下生たち。

 南郷は嘲笑した。

「仲良しこよしのオママゴトでもやってんのか? そんなことするために何年も道場通ってたのかよ、お前ら」

「貴様ぁーーっ! 先生を愚弄するかぁーーっ!」

「ならかかってこいや。今すぐにでもよ……」

 殺気の篭った低い声で、がら空きの背中を見せたまま、南郷が言った。

 門下生たちは一様に静まり、下を向いて「うう……」と唸るばかりで、南郷に襲いかかる者は誰もいなかった。実力差はたった今見せつけられたばかりだ。恐らく束になっても敵わない。仮に手傷を与えられても、確実に何人かは二度と武術が出来ない体にされる。再起不能にされる可能性がある以上、自ら攻撃を仕掛けようとする者はいなかった。

 南郷は首をかくりと上げて、背後の雑魚たちを見下すように呟く。

「弱い師匠には弱い弟子が集まってくるもんだなぁ……」

 不意に、南郷の頭に小石がぶつかった。

 背後から、一人の少女が南郷に石を投げた。

 涙と鼻水に塗れた顔で、怒りと悲しみに満ちた瞳で、足元の砂利を拾って南郷へと弱々しく投石を続ける。

「ばかぁーーっ! 死ねっ! 死んじゃぇッッッ! 盛兄なんか死んじゃえーーーッ!」

 南郷盛……それが男の名前だった。

 ほんの数分前まで自分を兄と慕っていた少女の憎悪を無言で頭に受けながら、南郷は道場を永遠に去った。

 その日の内に、南郷は荷物をまとめて駅に向かった。

 常陸市には鉱山と工業地帯も含まれているので、駅では旅客だけでなく貨物も多く取り扱っている。

 日中は人の出入りも激しく、その群れに紛れてしまえば自分一人の取るに足らない人間なぞ、跡形もなくこの街から消えてしまえるだろう……と南郷は思っていた。

 だが、否な障害物が駅の入り口で待ち構えていた。

 背丈ほどもある長い包みを抱えて、壁によりかかる若い女。黒髪は長く、市内の女学校の制服を着ている。

 道行く人はただの女学生だと思って気にも留めていないが、南郷は足を止めた。

「何か用かよ……」

「私から逃げるとは卑怯者め」

 高圧的な口調と鋭い視線。ぞっとするような美貌を向けられて、並の男なら萎縮しかねない。

 この女は、宮下(みやした)園江という。

 南郷にとっては、自分をこの土地に縛りつける呪縛の一つであり、出奔を阻む壁だった。

「そんな冗談を言うために待ち伏せしてたのかよ」

「盛よ。逃げ出すにしても、もっと巧くやれんのか。暴力でしか解決できないお前は猿か? 猪か?」

「そういう偉そうな言い方は止めろ。俺はお前より二つ年上だ。女学校では目上の人間への言葉遣いは教わらないのか?」

「お前が私より目上? それこそ面白い冗談だな。私よりほんの二年ぽっち早く生まれて、図体だけデカくなった年上の弟よ」

 肩をすくめて、園江はケラケラと笑った。

 南郷は言い返すのを止めて、大きな溜息を吐いた。

「はぁ……お前との漫才も今日限りだ、園江」

「莫迦め……。あんな方法で人との繋がりを断ち切るなど……」

「頭のイカレた弟子のせいで大師匠は大怪我。勇退いたしかたなし。あとは門下の誰かが道場の看板を背負ってメデタシメデタシ。それで良いだろうよ」

「そんなに……この街が厭か」

 園江がどこか悲しそうな目を向けてきて、南郷は視線を空に逸らした。

「街が厭なんじゃない。人も嫌いじゃない。俺は俺のやれることを……なんていうかな、可能性を試したいだけなんだ。嫌いなのは、俺を縛り付けて、可能性を殺そうとする見えない何かだけだ」

「人の繋がりを邪魔だと感じるなら……それも良かろう。試してくれば良い。存分にな」

「随分と……物分りが良くなったな」

「いつまでも小娘と侮るな。好いた男を理解してやるくらいの器量は持ち合わせているつもりだ」

「なら、そこの棒っきれはなんだ」

 南郷が園江の傍らの長い袋を指差すと、園江は恥ずかしげに俯いた。

「私とて……今の今まで気持ちの整理はつかなかった。わけが分からなくなって、お前を叩きのめして止める……そんな心変わりがあっても不思議では……」

「無理に大人ぶるのは止めろ」

「見得くらい張らせろ、愚か者……」

 南郷は再び歩き出した。

 手の中には切符一枚。目は前だけを見ている。園江の前を通り過ぎ、振り返ることはなかった。

「帰っては……こないのか」

 園江がか細い声で言った。人の喧騒と汽車の音に掻き消されそうな声。

 南郷はそれを聞き取れたが、答えることはなかった。

「帰ってくる気がないのなら――」

 園江が南郷の背中に向かって、高らかに吼えた。

「――お前がここに帰ってこないのなら、私の方から攻め込んでやるぞッ! せいぜい首を洗って待っていろ! 私が行くまでッ、死ぬのは許さんぞーーッ!」

 半分の自信と、半分の虚勢で作られた声を追い風のように受けて、南郷盛は人ごみの中に消えて行った。

 山と海からの風が冷たく吹いて、駅前の紙屑を巻き上げる。

 一月前の新聞の断片には、敷島皇国軍が南方で西欧植民地を瞬く間に占領し、大勝を収めた記事が一面を飾っていた。

 時は星歴1942年。

 敷島皇国が西欧諸国との本格的な戦争に突入して、三ヶ月が経過していた。

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