第81話 89日目 慈悲深き暴君
最初の攻撃は、オージャスが譲った形となった。まさか本当に自分を倒せる程のステータスになっていると思っていなかった為に挑発してきたのだが、フォルナにしてみればどちらに転んでも関係無い。
「はぁッ!」
「遅いわぁッ!!」
「あッぐ!!うくぅ……」
明確なステータス差とスキルの差により、フォルナは不利を強いられるからだ。
思いの他鋭い攻撃をしてくるフォルナに一種冷や汗を流したが、獣人の中で高い戦闘力を持っている狼の族の中で、最も強いオージャスが冷静に対処すれば、まだ対処出来る範囲を越えはしない。
「ほれほれ、その程度で勝つつもりだったのか?ああッ!?」
「がっあぐッ!!」
だからわざと弱い攻撃を加える。爪術による攻撃ではなく、拳や蹴りによる打撃で。フォルナは何度でも立ち上がり直ぐに攻撃を繰り出すが、それ等は全て躱されてしまい、徐々に痛めつけられていった。
(しかしこいつ、さっきから一度として同じ攻撃をしない……滅茶苦茶な軌道という訳でもないし、一手一手が何かを狙っているように…ッ!?)
かれこれ数十分、1つとして同じ攻撃を繰り出さないフォルナに、オージャスは多少煩わしく感じていた。
そして、
「せあッ!」
「ッグ!貴様!!」
一瞬気を取られたのか、斬り上げた剣の先がオージャスの頬を掠る。激昂したオージャスが爪を振るうが、それをフォルナは剣を盾にして後ろに下がった。
そこで始めて攻防が止まる。多少息も荒いが、フォルナはしっかり両の足をしっかり踏みしめ、俯き気味でもオージャスを見据えていた。周囲から見れば明らかにフォルナの劣勢に映るが、彼女からしてみればそれは大きな間違いである。
オージャスはそれを悪足掻きだと嘲笑った。
「諦めていない顔だな。なるほど、確かに貴様は覚悟を持ってこの決闘に臨んだようだ。前の貴様なら最初の攻撃で死んでしまっていたことだろう。よくやった方だ……だがここで終わりだ。俺に勝てないことはもう分かっただろう?今降参すればこれ以上の辱めは無いぞ?」
正直、これ以上痛めつけられるフォルナは見てられなかったというのが国民の感想だった。ここまでやったが、一度もフォルナの攻撃はまともに当たっていないのだ。
幾ら訓練を積んだと言っても、やはり元々戦士であったオージャスに勝つことは不可能だと諦めの念が包み始めるが、
その空気が変わる。
「やっと………準備が……整った」
「……なんだと?負ける準備がか?」
「お前をぶちのめす準備がだよ。このクソ野郎が。『九尾』発動ッ!!」
瞬間、フォルナは今までに見たことの無い獰猛な顔になった。見開かれた眼は緋色に輝き、尻からは本来無い筈の狐火の尻尾が8本生えたのだ。
そして渦巻く魔力の奔流が、広場に広がっていく。
「なんだその姿は……」
オージャスは狼狽えながらやっと出た言葉に、フォルナは中指を立てて答えた。今まで好き勝手言ってくれた言葉を全て利子を付けて返すかのような暴言を含めて言い放つ。
「てめぇに言う必要があると思ってんのか?聞けば何でも教えて貰えると?甘えてんじゃねぇぞゴミが。ゴミはゴミらしく消し炭になれ。舞え、『鬼火』」
八本の狐火が、空中に放たれ、フォルナの周囲を囲む。
「……」
いきなりの変貌に、オージャスは面食らってしまった。気丈に振舞っているように見えていた。か弱い幼子だと思っていた。まだ8歳の女児なのだ。なのに、これはなんだ?と。得体の知れないプレッシャーに身震いするも、オージャスは本気の態勢に入る。
だが、それはあまりにも遅すぎた選択だった。
「馬鹿が。何のために一方的にやられてやったと思ってんだ?もうテメェには万に1つも、勝つ確率なんぞありはしねぇんだよ!!」
「な、こちらに向かってッ!?」
一斉に襲い掛かって来る八尾は、それぞれが姿を変えて攻撃を開始した。剣、槍、斧、短剣、弓、大剣、ランス、ハルバードがオージャスの逃げ道を塞ぎ、確実なダメージを与えていく。しかも斬られた部分から燃えていくので、オージャスは堪らず逃げ出そうとするが、
「追尾してくるだとぉッ!?ガッ!!あがぁああーーーーッッ!!!」
炎の武器による結界は、決してオージャスから離れることなく付いていき、逃げ道を一切作らなかった。慈悲など微塵も残されておらず、絶叫を挙げて泣き叫ぶ様を、フォルナはただ冷たい目で見ているだけだった。
「が……ぁ……」
あまりに攻撃を受け過ぎて全身の毛が焼け縮れてしまうオージャスは、膝を付いた。意識はまだ失っていないが、痛みで頭が真っ白になってしまっていた。
フォルナの使った『九尾』というのは、『狐火』と『学習』の複合によって生まれた限定的な状態である。『学習』はレベルを上げ、遥か格上の相手に動きの一挙一動の全てを見て考え続けた結果生まれたフォルナだけの固有スキルだ。
・学習
『一度覚えた戦闘行動を決して忘れなくなる』
たったこれだけの説明だが、これをフォルナの持つ『狐火』と組み合わせると、単体戦において恐ろしい効果を発揮する。
先程までフォルナが一方的にやられながらも様々な攻撃を繰り出していたのは、オージャスの動きを全て把握する為だった。避け方、攻撃の呼吸、足の運び方、及び癖の隅々まで。
結果、オージャスの全ての動きがフォルナの手中に収まる。そして『学習』によって覚えた戦闘行動を、『狐火』のイメージに投影し、そこから相手を倒す最適な魔法を作り出したのだ。
今回生まれたのは、自立行動で相手を攻撃する魔法だった。相手が弱ければ弱い程尻尾の本数は少ないが、今回は限界の8本全てだったことを考えれば、フォルナも決して余裕ではなかった。それでも、笑みと余裕は消さない。
「さーて、表面はこんがり焼けたが、中も汚物で一杯なんだから、勿論消毒しなくちゃだよな~~~?」
「ぎ、ひぃッ!?」
まだやる気のフォルナに、オージャスは自我を戻して悲鳴を挙げる。その声を嬉しそうに笑いながら愉悦を抱きしめてフォルナは言った。
「降参しろよオージャス。今なら命はまでは取らねぇでやるよ。お前の悲鳴も聞けたし、なぁ?」
「ぎ、ぎざまぁ……「ジュッ」ひやぁッッ!!」
口を開いて罵倒しようとした瞬間、炎の槍がオージャスの顔横数センチを通り過ぎる。そのまま後ろに突き刺さった槍は、いつでもジュウジュウと床を燃やし焦がしていく。その音を聞くだけで身体の芯から恐怖が駆け抜けた。
「オージャス。これはお願いじゃねぇ。命令だ。聞けねぇならお前を殺すしかねぇんだよ。俺はそれをしたかねぇ。同族の命は皆等しく宝だからな。お前が下に付くっつうんだったらよぉ……警備隊長ぐらいにはしてやれんだぜ?なぁ、オージャスよぉ……」
決闘中に相手を懐柔しようとするフォルナに、国民一同開いた口が塞がらない。あの健気で可愛らしい勇気を持った我等が王はどこに行った?あそこで暴れ、悲鳴に爆笑する恐ろしい女は誰だ?声を聴くだけで背筋が凍るようなこの女は一体、と誰も彼女がフォルナだと信じられなかった。
(くそっ…くそっ!!こ、こいつは狂ってるのか!?こんな恐ろしい女が王だと!?)
オージャスは純粋にこの国が心配になり始めたが、今はそれどころではなかった。返答によっては、自分は今この場で無残に殺されてしまう。当初は自分の力だけで倒そうとしたというのに、まさか保険を使う羽目になるとは思わなかったのだ。
それを使わされるというだけでプライドが激しく傷付くが、迷っている時間は無かった。
「……やれ」
「あん?」
「はいストーップ」
「「ッ!?」」
やっぱり何かしてきたね。ずっと国民に混じって見守ってたけど、見事に尻尾を出してくれたよ。
私が突然音も無く現れたことで皆驚いてしまってるけど、申し訳ないけど放置。
「おい、何でステージに上がってきたアイドリー?」
「これを防ぐ為だよ」
「あ?……あー…これは、針か?」
この状態のフォルナとまともな会話するの初めてだけど、ワイルドでゾクゾクするね。Mじゃないよ?
「まぁね。ということで、シエロ」
「はいはい通りますね。ごめんなさい、ちょっと通してくださ~い」
私の呼び声と供に獣人達を押し避けてステージに上がって来るシエロ。巫女の登場に、口々に「巫女だ…」「妖精教の巫女様だ…」と囁き合っている。おい、嬉しそうな顔するのは後にして。
「シエロ、この針を『神眼』で見て」
「わかりました………これは、麻痺毒ですね」
「ッ!!」
明らかに動揺し始めるオージャスは逃げ出しそうになるが、首元に剣を突き付けられ動けなくなる。うわー悪い顔してるなぁフォルナ。
「レーベル、捕まえた?」
「余裕じゃ。逃げもせず阿呆面晒しておったわ」
更に戻ってきたレーベルが、獣人の男を肩に担いで登場する。レーベルが男を落とすと、呻き声と共に手に持っていた『吹き矢』を地面に落とした。シエロはそれを確認すると、国民達の前に立つ。
「この事態について説明します。今、この獣人は吹き矢を使い、麻痺毒を塗った針でフォルナ陛下を攻撃しようとしました。もしもこれがオージャスと同じ同族のやった行為の場合、この勝負はオージャスの反則負けになります」
獣人達が見守る中、その男のフードが外されると。案の定、狼の耳が見えていた。まぁそりゃあそうだよね。
「……これで決しましたね。この勝負、フォルナ陛下の「ちょっと待てやッ!!」っえ?」
「あれ?フォルナ?」
「何勝手に終わらせようとしてんだテメェら?ていうか何決闘の時間に水差してんだ?全員尻の穴に剣ぶっ挿してトラウマでも刻むか?あっ?とっとと降りろッッ!!!!」
フォルナは気迫だけでアイドリー達を下がらせると、無理やりオージャスを立たせて向かい合った。
「てめぇも、よくも俺に毒なんざ打とうとしやがったな?」
「……」
彼には沈黙以外にもうやれることは残っていない。獣人達からも罵倒の数々が飛び交い、オージャス派の獣人達もかなりバツの悪い顔をしていた。ここで彼が言い訳でもしようものなら、更なる追い打ちが来ることなど分かり切っているからこその沈黙。だが、
「うるせぇ黙れッッ!!!!!!」
その罵倒を、激怒の一声で黙らせた。フォルナの眼は、怒りに燃えている。
「オージャス。ガッカリだ。俺はガッカリしてんだよ。お前の父は汚いやり口で旧ラダリアじゃ有名だったが、戦いに置いてはプライドを最後まで貫く男だったと俺の親父は言っていた。お前もそういう奴だと、俺は思っていた」
「……」
言葉も無く、俯いてしまった。フォルナは呆れた顔をして続ける。
「なのになんなんだこれは?てめぇは族長だろうが。自分の種族を背負って立つ男じゃねぇのか、ああッ!!?それがこの様か?いたいけな少女を嬲って、王様になって俺を抱いて満足して!?それで最後に人間に突撃玉砕して万々歳ってか?国民はテメェの玩具だとでも思ってんのかッ!!!ふざけんのも大概にしろッ!!!……そんな性根に一体誰が付いて来るんだよ?」
「…っッ……う…ぁ」
「俺とお前じゃ元々持って生まれた器が違う。昔は無能と呼ばれた俺であろうとそれは同じだ。背負った重みが違い過ぎる。お前に国を背負って立つことは出来ねぇ。絶対にだ」
「……はい」
もう、完敗だった。武力でも負け、意志でも負け、器としても折れた。オージャスは、負けの宣言をし、最後は潔く死のうとも考えたが、
「だからこそ俺の下に来い。その武力を持って、俺の為ではなく、国の為に生きろ。先代の無念を晴らすのならば、無駄な血を流すなッ!!敵を見誤るなッ!!!」
フォルナは、オージャスに手を差し伸べる。元より、殺すことなど望んではいない。
「聞けぇッ!!!ラダリア国民達よッ!!!俺達が進むべき道は光ある未来だッ!決して過去に向かって死ぬことは許さんッッ!!死にたきゃ俺が直々に殺してやるッ!!!分かったら全員跪いて俺と供に来いッッ!!!!!!!」
「「「………」」」
1人が膝を折ると波紋のようにそれは広がり、広場で立ち尽くしているのはフォルナ1人となった。
フォルナは一息付けると『九尾』を解き顔立ちが、いつもの優しいものに戻り、
もう一度、手を差し伸べた。
「……これが国民の総意です。負けを、認めますか?」
「………はい……認めます。陛下……貴方の下で……働かせて下さい…」
その言葉に、フォルナは満面の笑みを浮かべ返事をした。
「はい、喜んでッ!!」
後に、この決闘は『慈愛の暴君』という異名を生み出すのだが、それをフォルナが知るのは数日後になる。
「さぁ、仲直りの『ケモミミ音頭』をしましょう。アイドリーッ!!」
「よしきた、アリーナ、レーベル、行くよ~」
「ういっふッ!」
「しょうがないのぉ……」
「え、え?えッ!?」
この日、改めて獣人達の心は1つになった……ケモミミ音頭によって。
「良かったねフォルナ。国民は皆貴方にメロメロだよ。主に2つの派閥で」
『ほんわかロリ巨乳は正義の証』派
『ドSロリ巨乳は甘美なる喜び』派
「……いやッ!!」
次の日、女王の前で派閥争いをしたら処罰される法が公布された。