第75話 26日目 触れてはならない琴線
フカフカな布団の感触と良い香りに、私は気持ちの良い目覚めを迎えた。あー………どこ?
「あ、起きたねアイドリー。ギリギリ間に合って良かったよ」
「丁度丸1日寝ておったのだぞ主よ?」
ほう……美女2人に見守られての起床か。素晴らしい目覚めだね。
とりあえず起きようか。部屋を見渡してみると……広いな。ガルアニアの城の部屋並みに広い。黄土色の壁にキングサイズのベッド。調度品も豪華すなぁ。全部私とアリーナで作ったものだけど。
「ここ、王城?」
「そうだよ。あ、はいこれ」
「ん?端末じゃん。どしたのこれ?」
「代わりにテスタニカさんに電話しといたんだよ。大空洞までは離れてるけど、一応ご近所さんになったんだしね。アイドリーには今度また無茶したら怒っといてって言われちゃったよ」
はい、すいやせん。しばらくは意識失うレベルの妖精魔法は自重するよ。アリーナに怒られる程凹むものは無いからね。あ、戻った。
「アイドリ~おやす―――――くぅー……」
「アリーナもお疲れ様。ゆっくりお休み」
「アリーナはここで寝かそう。主が起きたらフォルナに連れて来てもらうようにお願いされておるのじゃ」
「ほいほい。さーて、お礼のご飯でも貰いに行こうかなぁ~っと」
大仕事で生活基盤を全て再生させたからね。お腹も減ってしょうがないんだよね。しっかし広いな。廊下も長いし。
「フォルナが言うには、昔よりも国が広くなっておるらしいぞ?」
「へぇ、まぁ私もそこらへんは適当だったしね」
ふと窓の外を覗いてみると、街からの喧騒が小さいながらも聞こえて来る。街の景色は、やはり絵よりも良いね。やっぱりルビリットさんには次も仕事して貰わないとね。
レーベルに案内されて来たのは、王座の間だった。此処もかなり広いな。天井まで吹き抜けだし、大聖堂みたいだ。王座には、チョコンとフォルナが座っており、その横に立っているメーウと一緒に何かしらの話をしていたが、こちらに気付くと、王座を飛び出して、
「アイドリーっ!」
「おっと。皆私に飛び込むの好きだねぇ~」
「お主もじゃろうが」
否定はしないよ。フォルナは私の胸の中で幸せそうに笑う。
「こんな奇跡を起こすなんて……貴方は国の希望そのものね……」
「その国の、良い王様になることを期待してるよ。街の様子は?」
「うん。皆それぞれの家に帰って、仕事の準備とかしてるよ。驚いたわ。家やその中の家具も再現してしまうなんて」
「皆の協力があったからこそだよ。それより、何か食べる物が欲しいんだけど……」
「おお、アイドリー様。では近くに食堂がありますので、そこで食べられてはどうでしょうか?」
おお、ナイス提案だねメーウさん。早速行こう。フォルナもメーウに言われて一緒に付いてきた。手を繋ぐと嬉しそうに握り返してくる。耳ハムって良いかな?
「そういえばシエロと美香は?」
「え、えーと。シエロはやることがあるって言って街の方に行きました。美香もその付き添いに」
「やること?」
なんだろう。もしかして教会があるかどうかの確認とかかな?聖職者だもんね。
食堂に着くと、少ないながらも人が居た。みんな兵士の軽装をしており、固まってご飯を食べていた。私は食堂のおばちゃんに話し掛けたんだけど、
「すいませーん。ご飯を「創造神様ッ!!」………はい?」
「よく来て下さいましたッ!!さぁ席にお座りになってお待ち下さい!!」
いや……いやいや。
何か可笑しな名で呼ばれた気がするよ?レーベルさんや。どうしてそんな笑いを堪えた顔でこちらを見ない。こっちを見ろコラ。フォルナ、どうして汗を垂れ流しているか聞いてもいいかな?私は妖精の筈なんだけれど。
「創造神様、こちらお料理となります。口に合うか分かりませんが、心行くまでお食べ下さい」
と言って出された何かのステーキ。すっごい柔らかいんだけどこれ。相当高い肉じゃないの?舌でとろけるよ?というかその呼び方について教えてくだせぇ。
「その、創造神っていうのは……?」
「巫女様が新しく作った『妖精教』の神様ですよ。その現人神にして創造神が、貴方様でございます!!」
……ホワッツ?
「えー……っと。まさかそれって……」
「勿論、全ての獣人が入信しましたとも!!」
レーベル……は、逃げたか。じゃあフォルナ。はは、なんで後ろを向いて頭を抱えながらフルフル震えてるんだい?はは、尻尾もそれに合わせて揺れて可愛いじゃないか。
「フォルナ、オシエテクレルヨネ?」
「は、はいぃぃ……」
王座の前で立つアイドリーの前に、囚人のように正座で座らせられるシエロと美香が居た。二人とも城に帰ってきたと同時にアイドリーの光輪で即捕縛され、王座の前まで足を持って引き摺られたのである。
アイドリーは、それはもう邪気一つ感じられない程可愛い笑顔を浮かべていた。浮かべていたのに、2人はガタガタ震えて今すぐでも命乞いをしたい衝動に駆られていた。だが無駄な口を開いたら、間違いなく私達は死ぬだろうと……それでも、シエロは意を決して声を出す。
「あの…これは……その…」
「どうしたのシエロ?そんな青い顔をしてもしかして私の魔法に感動して妖精教を1日で発足させてその教祖となり私を獣人達の神として崇めさせる使命でも女神から啓示で受け取ったのかな?それとも予言で私が神としてこの世に君臨する未来でも見たのかな?だとしたらその女神が頭のネジがゆっるゆるかお花畑のパー子ちゃんなんだねきっとINTなんてゴブリンと同程度なんだろうけどどう思う?私は自分から巻き込むは好きだけど担がれる巻き込まれ方は嫌なんだよねその私を神にするなんてもうそれは世界中に名や容姿が知れ渡る可能性があるとは考えられないのかな私達は問題を全て片付けたら旅を再開するつもりだったのに行く先々で「創造神様だ……」って獣人達から頭を垂れて崇められたら目立つこと間違い無いよね私それを考えただけこの宗教を作った首謀者を裸にひん剥いて門に吊るして晒し者に出来たらきっとスッキリすると思うんだけどどう思う?やるべきかな?私はやるべきだと思うんだけどシエロはどう思う?答えてみ?答えて?返事をしろ鞍替え二股巫女が」
塵も残らないマシンガントークを喰らい、シエロは静かに涙を流して土下座した。それを見ていた美香は、身体があまりの恐怖で震え呼吸も止まりそうだった。その後ろでレーベルは我関せずを貫き、フォルナはメーウに耳を抑えられている。本人はその光景を眼に映さないよう両手で顔を隠していた。
アイドリーの眼が、美香に向く。
「ひっ」
「やぁポンコツ勇者隣に居たんだねまったく気付かなかったよアメーバだってもう少し存在感を放つと思うんだけど美香は気配を隠すのが得意な勇者なんだねどうしてシエロの所業を止めずただ見ていたのかはこの際聞かないけどその無能っぷりも証明されちゃったねどうせ止められないならそのまま存在ごと消えてもきっと誰も気づかないから大丈夫だと思うんだよねははははけどそんな君でもきっと役に立つことがあると思うんだ例えばその状態でオークの巣に投げ込んでみるのはどうだろうきっと皆が君を必要にしてくれると思うんだ子沢山できっと幸せな家庭が築けると思うんだけどそれともゴブリンの方が好みかな臭いがそっちの方がヤバいけど君ならきっと満足させることが出来ると思うんだそれとも最も悪環境の鉱山で働かせるのも良いな強い魔物も毒ガスも幾らでも出て来る場所で人々の為に働ける幸せで一生を過ごせると思うんだけどそうするべきかな?私はするべきだと思うんだけど美香はどう思う?答えてみ?答えて?口を開けや糞雑魚ナメクジが」
「……生まれてきて、ごめんさない」
例によって土下座である。レーベルは思った。この場にアリーナが居れば、もっとマイルドに済んだだろうに、不憫な……と。というか、この世界でここまで自分本位にキレたのは今回が初めてである。なにせ自分の人生の根本が今正に潰れようとしているのだ。こうなってしまっては流石のアイドリーも冷静ではいられなかった。
「……あー、シエロよ。その宗教に聖典はもうあるのか?」
「……いえ」
屍になりそうなシエロに問いかけたレーベル。その答えを聞くと、怖い程真顔のアイドリーに顔を向ける。
「主よ。自由に旅をするなら、聖典にこう記してはどうじゃ?」
「死ぬかと思った……」
「絶対殺されるかと思いまひたぁ~」
「次こういうことやる時は、事前にちゃんと言いなね?」
「「は、はい……」」
レーベルの機転により、シエロと美香両名は命を長らえることに成功した。二人はレーベルに縋り付き涙を流しながら感謝される。その間に私は聖典を国民達に流布するよう言い渡した。その際、絶対に入れておく項目として、
・絶対に入信者以外(家族、親戚を除く)に口外してはならない。
・破った場合、創造神より天罰が下る。
・創造神の名は教会内でのみ口に出すことを許可する。
・ラダリア国外で創造神に出会った場合、その正体を黙認する。場合によっては隠蔽に協力すること。
・偶像崇拝する場合は顔はぼかすこと。
・ノリを大切に。
以上のことである。最後のは私のノリだよ。これを元にして経典はその日の内に作らせ、私が複製して配らせた。これで当面の心配は……無いと信じたい。
「ほら、仲直りしよう。怖がらせてごめんね?」
「「あいどりぃ~~」」
緊張から解放された2人と、今日は一緒に寝たよ。寝ている姿は天使だからなぁ……
「アイドリ~どーん♪」
「おぶっ」
うん、1人増えたわ。
「というか、何でそんなの作ったのさ」
「だって……アイドリーさんの功績をちゃんと伝えたくて……ごめんなさい」
(一直線思考か……尊いけど美香にちゃんと見てて貰おうマジで)ナデナデ
「……?」