第73話 15日目 プチ再開と隣人の契り
あれから2週間が経った。その間の動きや問題についてはなんら問題なく、シエロの呪いも消えたので魔物の大群にも襲われていない。
というのも、獣人は基本的戦闘面において非常に秀でているのだ。しかも自然の中で暮らす種族が多いので、狩って捌いて食べるが即座に出来る。連携意識が高いので勝手な行動もまずしないし。お陰で私はそこまで動く必要も無く、負傷者が出た場合に治しに行くぐらいだった。
その度に頬を赤らめられるのは不本意だけどね……で、今何をしているかと言うとだ。
「ほらほら、これとかどう?魔力を消費量で空気を靴の底で圧縮して空に飛び上がるんだけどさ」
「扱い間違えたら股が裂けそうなんだが。高い技術力が必要だろこれ」
「その機構を考えるのも消費魔力の割合的に難しいぞ。それに降りる時どうするんだ?獣人でも高い場所から落ちたら骨ぐらい折れるんだからな?」
「そこはほら、靴に逆噴射の機能も付けるとか。そうだ、この際だから多機能にしよう?」
「「全部は入らねぇよ!!?」」
とまぁ、魔道具職人の獣人達と魔道具制作について話し合っていた。朝はアリーナと遊び、昼は皆で飯を囲み、午後は周囲の魔物に警戒して、夜は職人達とこうやって話すのが日課になっている。紙は私が幾らでも作り出せるから話しも進む進む。
ただ、私達にはまだ魔道具を作る為の道具や素材が無い。設備はガルアニアから貰ったから、新天地にて設置すれば良い。それで道具は揃う。問題は素材だ。複製する神代魔道具は私がダンジョンに潜って取りに行く予定だから良いもんね。
ということで差し当たって必要とされている物と言えば……
「……画家って居ないかなぁ?」
「……び?」
犬の親父さんが首を傾げる。あれ、もしかしてそういうの居ない感じ?と思ったら隣に座っていた若き黒犬のお兄さんが「俺知ってるよ?」と答えてくれた。
「どこ?」
「確か近くのテントに……ほら、あのじいさんだよ。あの白いウサミミの。ルビリットさんって言うんだよ」
お、おう…確かにウサミミだ。ウサミミのおじいちゃんだッ!!……そうだよな。ケモミミは皆可愛い訳じゃないんだよね。その代わり超フワッフワしてるけど。まぁいいや。私は黒犬さんにお礼を言ってウサミミおじいちゃんの近くに寄る。
おじいちゃんは丁度夜ご飯を食べ終わっていたところだったので、後ろから話し掛ける。
「おじいさん、ちょっと良いですか?」
「ん?……なんじゃ、姫さんのお友達じゃないか。何か御用かな?」
「うん。おじいさんて絵描きなんだよね?」
「…そうじゃな。昔は描いておったが、奴隷になってからはてんで手に付けておらんでの……すっかり錆びついてしまったわい」
両の手を見つめて寂しい表情になるおじいさん。手には長年描いて染みついたのか絵具の色も見えた。余程描くのが好きだったのだと一発で分かる。私はその手を優しく握った。
「この手で、ちょっとお願いしたい事があるんです。報酬もお渡しするので、やって頂けませんか。仕事内容は………」
お耳を拝借して私は内容を話すと、おじいさんは眼をかっぴらいた。
「……ほうっ!それは面白いのう。やり甲斐もある。錆びた手のリハビリにも……間に合うかは微妙じゃが」
「まぁ、補助的な役割としての意味合いが大きいですから。どっちにしろ欲しいので、出来たらで良いですよ。紙とペンと絵具はこれを、後は報酬――」
「それは、儂が間に合ったら頂くよ。やる気の出る仕事をありがとう嬢ちゃん」
そう言ってウサミミおじいさんは道具を手にテントの中に帰っていった。どうやら火を付けてしまったようだね。これは出来栄えが楽しみだ。
次の日。遂にハバルが見えて来た。
「あれから1ヶ月か。割りかし早い帰還じゃったな」
「今回は中に入らずそのまま通り過ぎるけどね」
「え、挨拶しないの?」
フォルナさんや。私はあの街に記念すべき黒歴史第1号を作ってきたのだよ。あの渾名は私には不釣り合い過ぎるし。
「け、けど。ご挨拶ぐらいはしないと街の人々が混乱するのでは?」
「そうだよアイドリーちゃん。それぐらいはしないと…」
いや、そういうのは貴方達のような上の人が行くべきなんだよ?シエロも美香も仕事して仕事。私一応再建する際に大仕事する予定なんだから。巫女に勇者の美人二人とフォルナのような狐耳美少女が行けば皆デレデレになるから平気だって。
「アイドリ~」
「お、どしたアリーナ?」
「ヤエちゃんに会いた~いッ!」
「よし、行こうか」
はい……私が行くの、けって~い♪
「精神が崩壊しかけとるの…」
うっさいやい。今の内にアリーナ分を補給しとくから良いんだい。ほらアリーナ。私の股の間にお座り。そして私の顎を肩に乗せて抱きしめさせなさい。……あ~癒されるわぁ。
「はいその後ろに我どーん」
「フォルナ、来て~」
「え、あ、うん…」
「わ、私も…」
「え、え、え、……じゃあシエロちゃんの後ろから!!」
……ユートピア?美女美少女達に囲まれて柔らかさと良い匂いに囲まれてしまった。これは素晴らしいぞ。素晴らしい過ぎて愛が久々に溢れそう。幸せだぁ…
「えへへ……」
(((可愛いなぁ……)))
皆に囲まれてだらしない笑顔を浮かべるアイドリーに、女一同思い浮かべる言葉はアリーナ以外同じだった。なんせアイドリーは自分ではそこまで意識していないが、女性から見ても見惚れる程の容姿を持っている。
普段は破天荒な言い回しに突拍子も無い行動を取ることが多いが、真剣に物事を考えている仕草や戦っている凛々しい姿は無自覚に回りを魅了してしまう。そんなアイドリーがアリーナに甘えたり一緒に楽しんでいる姿を見ると、
(尊いのう…)
(愛おしいなぁ…)
(可愛いなぁ…)
(お持ち帰りしたいなぁ…)
という感じになる。そんな彼女達も相当なものなので、見ている周りからは極上の眼の保養になる。というより、当のアイドリーはこの状態だけで疲れが全て消し飛んでしまう程だった。妖精とはそういう種族である。
「よーし満たされた。ほら、皆行くよー」
「「「おー」」」
門兵は、というよりハバルの住民達は、先だって王都からの使いにより、領主から『獣人の集団が来るが、街に入ることはなく、そのまま通り過ぎていくので放っておくように』と言われていた。いざその姿を視認すると、かなりの数の獣人が来ていたので、門兵は緊張した面持ちでその光景を見ていた。
「…あれ?……ありゃあまさか」
獣人の集団から、1つの馬車が外れ、こちらに走ってきた。挨拶か何かだろうか?と思いながら見ていると、どうも御者が見知った顔…というより、ピンク色の髪色をした少女が乗っていた。しかも、その両隣と後ろから顔を出している者が全て女性であり、全員が超が付く美人美少女達である。
門兵は「……天使?」などと呟いてしまった。それ程までに激烈な光景だった。
「お久しぶり門兵さん。ごめんね騒がしくて」
「お、お、お……」
精神的衝撃でまともな言葉を発することが出来ない門兵に、アイドリーは苦笑いで手形を見せる。シエロとフォルナは巫女と王族なので、その手形で全員は入れるのだ。そのまま言語機能が麻痺してしまった門兵を放っておいて中に入る一同。
「じゃあ私達は領主のとこ行ってくるけど、アリーナは一人で大丈夫?」
「うんっ!終わったらここに居る!!」
「わかった。私達もなるべく早く帰ってくるけど、何かあったら同調で教えてね?」
「あいさー、いってきまーす♪」
走り去っていくアリーナに全員で手を振り見送る。アリーナは私含め全員にベタベタ甘えるから、皆もアリーナが大好きになってしまっている。まぁ、普段あそこまで純粋な存在が周りに居ないから、余計癒されるんだろう。私多分アリーナが居なくなったら発作で死ぬもん。
「さ、私達もささっと挨拶して帰ろう。もう目的地は目と鼻の先だしね」
「ということで1ヶ月振りだね子爵。元気だった?」
「……ラダリアの姫が居るのは知っておったから何も言わぬが、何故巫女と勇者まで一緒なのだ?たった1ヶ月で何があったのだ」
「秘密でよろしく」
「…………まぁ聞かんがな」
((聞かないんだ…))
世渡りが上手だと思われるだろうが、ダブルはダブルで一杯一杯だった。なんせ眼のやり場に困る。シグルは私達を見た瞬間前屈みになって逃げて行った。ダブルも顔を崩さないことに必死である。彼もやはり男なのだ。ダブルさん、早く再婚しなよ……
「しかしそうか……勇者がそのような暴挙を行う存在だったとはな。なんにせよ、王がこの地を見捨ててはいなかったことに感謝せねばな…」
「これでハバルの事件には決着かな?」
「うむ。それで、もう行くのか?ドロアやヒルテも会いたがると思うが」
「特には……まぁ、これから近い場所に国建てるから、仲良くしてねって感じ?」
「それは当たり前だ」
ダブルはフォルナに向き直って頭を下げる。
「フォルナ王女、これからよろしくお願い申し上げます。こちらで奴隷になっている獣人達も、手続きが終わり次第そちらにお返し致します……彼等には、非常に世話になりました」
「いえ……私も、良き隣人としてお付き合い出来たら嬉しいです」
帰り際、ダブルはアイドリーに一枚の紙を渡してきた。そこには、王都からの王印が押された物だった。中身は、ギルド設置に関する契約書だった。
「それを持ってゆけ。王都の方で職員を集め、今こちらに送ったそうだ。一ヶ月以内に着くそうなので、その者達が住める小屋ぐらいは作っといてやってくれ」
「わかったよ。じゃ、またいつかー」
広場に帰ってきたら、テッカテカの笑顔で笑っているアリーナが商人達と一緒に居た。あ、こっち向いて走ってきたね。ああちきしょう愛おしいぜ。
「アイドリ~おかえり~♪」
「はいただいま~。ごめんね待たせちゃって、何してたの?」
「おじさん達と将棋~」
ああ、交流してたのね。アリーナは速攻で板と駒を片付けると、周りから「ああ、もう少し見せて~」と悲鳴が上がった。「やだっ♪」と笑顔で断られ撃沈したが。って、その中の1人にパッドさん居るじゃん。
「パッドさん。久しぶり」
「あ、あいど、りーさん。……んん、久しぶりだね。いや、眼のやり場に困る光景でなんと言えばいいか…」
ギリギリ耐えたね。顔は赤いけど、やはり妻子持ちは強いか。尊敬するよパッドさん。私としては最初に出会えた良い人だからね。これからも縁は大事にしていきたい。
「マエルさんを嫁に貰えて良かったね。居なかったら危なかったっぽい?」
「本当にね……もう行くのかい?」
「うん。ヤエちゃん多分今日面白い話すると思うから楽しみにしててよ。ね、アリーナ」
「ういうい♪」
「そうなのかい?じゃあ、そうしとくよ」
「あ、あのピンク髪はッ!!!」
おっと、ファンクラブっぽい人に見つかったね。私達は馬車に飛び乗った。
「じゃあねパッドさん!!!!はいよーッ!!」
そして私達は馬車を走らせ街を出た。いつもよりかなり早く走らせたのは、後ろから迫ってきている人の圧に押されているのが怖い訳ではないのです。
そのまま夕暮れには集団に追いついた。さて、後1週間進めば念願の目的地だ。さぁって。やっと私の本来の仕事が始まるぜ。
「新しい国造り、楽しみだねアリーナ」
「うん♪」
「それより白水の女神って……」
「い、言うなぁ!!」
「桃源郷の氷華の方がカッコイイよね!」
「それもやめれ~……」
「皆の者、我の異名はどうじゃ?どうじゃ?」→『猛火烈風のレーベル』
「「「らしいッ」」」
「……褒めてるんじゃよな?」