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妖精さんが世界をハッピーエンドに導くようです  作者: 生ゼンマイ
第五章 繋がっていく手と手
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閑話・4 最後の導き

 酒場には人は居なかった皆王城前で開かれている祭りに参加しており、今この酒場の中には、2人の男だけがカウンター席に座っていた。


「よう」

「おう」


 2人の会話は、いつもそんな短い挨拶で始まる。といっても、彼等がまともに話すのは11年振りのことだが。


 片方は、10年間連続で武闘会で優勝した男。SSランク冒険者のバンダルバ。


 そしてその隣に座るのは、今大会アレイドに敗れた『元』師匠のマチュー


 2人はお互いのコップに酒を注ぐと、無言で乾杯した。酒場で最も安い酒を呷ると、静かに始まった。


「ったく。急に呼び出して何の用だ?溜まってた月謝でも払いに来たのか『元』弟子」

「そんな金は未来永劫に払わねえから安心しな『元』師匠」


 お互いジャブを放つが、こんな会話も久しぶりなのか、笑みだけが残る。マチューはバンダルバが自分を呼んだ理由がなんとなく分かっていたが、敢えて自分から口にしない。


「今回、久々に井の中の蛙って奴を味わったぜ。あんな化け物が勇者以外にも存在しているとは思わなかった」

「赤色の嬢ちゃんとピンク頭の嬢ちゃん達のことか?」

「ああ……レーベルって女は力押しな部分がかなり強いが、あの攻防に俺は多分付いていけねぇ。『バースト』を使って漸く五分って感じだったしな。それに、あのピンクの嬢ちゃんは、多分人間じゃねぇだろ」


 数多の修羅場を潜り抜けてきた努力と才能を持っているバンダルバは断言する。


「ありえねぇ強さだった。ステータスが化け物とかそんな次元じゃなく。一度だけ古龍を遠くから見たことがあったが、多分あれより強いぞ」

「だろうなぁ……魔法もまったく見た事がない。あれは固有スキルなんだろうが、長年冒険者やってても知らんやつだった」


 確認し合うように会話は続いていく。


「傑作だったのは、あんたがアレイドって爺さんに負けた瞬間だったな。あれぐらい直前に躱せないか?」

「無茶言うな馬鹿野郎。『縮地』使って突っ込んだんだぞ?無理やり止まれば足が折れるわ。俺はお前みたいにもう若々しい身体してねぇんだよ」

「はん、衰えたな爺さん」

「剣術で俺に勝てたらもう一度聞いてやるよその言葉」

「ぐっ……」




 最後に2人が剣を合わせたのは10年前。バンダルバが初めて武闘会に出る1日前の出来事だった。当時の2人は、まだマチューの方がステータスでもバンダルバを上回っていたが、バンダルバは既にAランクのマチューを越えてSランクになっていた。

 マチューはバンダルバと出会う前までひたすら魔物を狩って一生暮らせるぐらいのお金を溜めていたので、その頃から自堕落に生きていた。


 そんな2人が出会い師弟関係になった理由は、バンダルバが自堕落生活をするマチューに喧嘩を売り、手加減された挙句勝ちを譲られたからだった。バンダルバはそれに憤慨するが、どう足掻いても腕の差で勝てないことを知ると、マチューに剣を教えろと迫った。


「お前に勝つまでお前に付き纏ってやるぞ」

「…ストーカーか?」

「うっせぇッ!!」


 マチューは毎日酒場に居たが、バンダルバもその横に座っていつまでも剣を教えろとうるさかった。なのでマチューは、『この魔物に勝てたら1年教えてやる』という条件を出す。それは当時のバンダルバではギリギリ勝てないであろう魔物だったが、その言葉を聞いてバンダルバは喜々としてその魔物を狩りに行った。


 

 そして血だらけになって笑顔でその魔物を見せて来たバンダルバに、マチューが折れる。



 まずマチューは目立つことを恐れた為、バンダルバを連れてマダルコスの森に入った。そこで約1年間マチューは魔物を狩らせながら剣術を教え続けた。狩った魔物は素材以外全て2人で平らげた。


 バンダルバはマチューの剣術、その本気を引き出すことに躍起になった。マチューは基本の型でしか戦わないが、それが究極まで洗練されており、どんな奇策で挑んでも全て防がれカウンターを喰らうのだ。修業中にマチューのステータスは越えたが、剣術は終ぞ超えることはなかった。若い古代種の魔物も倒したが、それでもマチューには敵わなかった。当然疑問に思ったので聞く。


「なんであんたそんなに強いんだ…?」

「あん?……楽して生きたいからだよ。人間の真理みたいなもんだ」


 強ければそれだけ自由でいられる。金を稼げる。自堕落でも許される。そういった誰にでもありそうな欲がマチューを支える生き方の骨子だった。周りの評価など一切関係なく、ただ日々を平和に暮らす為だけに、この男は自らに地獄を課し、そして乗り越えたのだ。


 つまらなくないのか?と聞かれれば、

「酒飲んで馬鹿共の1日の出来事を小耳に挟んで、いつもと変わらない日々を過ごす毎日。これが俺の幸せだ」

 と笑って返されたのは彼にとって印象的だった。



 それから数ヶ月後、修行が終わりを迎える。しかもその月は、丁度武闘会が行われる時期だった。当然自分の鍛えた力を試したいバンダルバを出ようとしたが、それはマチューに止めらた。


「出れば、必ず後悔するぞ」


 言葉の意味が分からず。バンダルバはいつものようにマチューに反発した。だがその時のマチューは、真剣な顔で彼を止めていた。どうしてもと言うなら。大会の前日に俺と戦えとさえ言って来るのだ。だがバンダルバはそれを受ける。



「それで、俺は負けたな。修業の時と同じように」

「ああ、いつもの悔しそうな顔してやがったな…」



 バンダルバが負けて、マチューはそのまま「これっきりだ小僧。後は好きに生きろ」と言い残し彼の前から姿を消した。


 そして迎えた武闘会当日。バンダルバは何故マチューが止めたのかを思い知った。




(……弱ぇ…なんでこいつらこんなに弱いんだ?)


 予選から本選決勝まで、バンダルバは無傷で勝ち続けた。誰も彼もが一撃で倒れ伏せ、その速さに付いていけず、彼の眼から見れば不格好極まりない剣筋や練度が足りていない魔法は障害にすらならなかったのだ。


 そして迎えた決勝戦。最後の相手は、バンダルバが憧れていた当時舞踏会を連覇していた熟練のSSランク冒険者だった。当然Aランクのマチューよりも遥か格上だと思っていたし、勝てるとは微塵も思っていなかった。胸を貸して貰って精一杯戦おうと本気で思っていたのだ。


 なのに、その期待は裏切られた。



 鳴りやまない歓声の中、思い出されるのはマチューの悲痛そうな顔だけ。


(……つまらねぇ)


 自分は強くなり過ぎた。マチュー以外の全てを置き去りにしてしまったのだと感じた。人間で自分に敵う者は唯一人を除いて居なくなってしまったのだと。




「で、会わす顔がねぇって10年顔見せなかったのかてめぇは。好きに生きろとは言ったが、感謝の言葉と酒の奢りぐらいはして欲しかったぜ俺は?」

「心にもねぇ事言ってんじゃねぇよ…なら、顔見せた理由も分かってんだろ?」

「……さぁな」

「おい」

「っち…お前は俺じゃねぇんだ。行っても得られるもんなんざねぇぞ?」

「それでも、目標が出来たんだ。鍛え直すには丁度良いだろ?教えろよ。あんたが『地獄を見た修行場』をよ」


 いつか見た、マチューに付き纏っていた時の眼を見せられる。こうなればまたストーカーされる日々が来ると思うと、マチューは溜息を吐かざる負えなかった。


「はぁ……ダンジョン都市アモーネは知ってるな?」

「ああ、まだ誰も突破出来てない未開のダンジョン都市だろ?グロリアの洞窟のある」

「そうだ。あそこの地下20階層に行け。俺はあそこで地獄の中戦い続けた。良いか、絶対に突破しようと考えるな。あそこだけは本気で冒険者を殺しに来ている。全盛期の俺が行っても数時間持たん程だからな」

「あ、あんたがか?」

「腹立たしいがな。とにかく、そこに行け。そしてその前に幾つかの小さいダンジョンを制覇して来い。『罠外し』のスキルを得なければそこに到達することすら出来んからな」

「……わかった」

「…ふんっ。だったらさっさと行け」


 そう言って自分で新しい酒を注ぎ、飲み始めるマチュー。バンダルバは静かに立ち上がり、出入り口に向かって歩き始めた。


「…」

 バンダルバはその前で無言で振り返り、カウンター席で背中を見せて酒を飲み続けるマチューに………深く一礼し、去って行った。



 1人となった酒場の中で、その男の言葉が最後に呟かれた。



「楽しみにしているぞ、俺の誇りよ」

「……あ、あいつ酒代俺に擦り付けやがったッ!!!」

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