第69話 心の言葉
今日で1週間。遂に獣人達による大移動が始まる日となった。王城前には王都中から集められた獣人達で埋め尽くされており、誰もがその演説台の上に立つであろう何者かを待っていた。彼等は自分達が新たなな地にて国の再建をすることは聞かされていたが、それを指揮する人物は誰なのか、ということを知らなかったのだ。
「なぁ、誰が来ると思う?」
「さぁ……な。部族長の息子か娘かもしれんぞ。俺としては白兎族のソーピア様だったら安心して付いて行けるんだが…」
と、そんな風に誰が来るかを予想していた。その中で誰もフォルナの名前を挙げないのは、彼女がそんな矢面に立てるような年齢ではないことと、亡き第一、第二王女と違い何かに秀でてはいなかったからだ。
なので出て来るのは部族長の娘、息子の名か、その他の有力者の名前ばかりだった。
そしてその裏では……
「……あの、フォルナ。私が代わりに全部話そうか?隣に立ってるだけでも良いんだよ?」
「いぃぃいええええわわわたししししがががやららないいととと」
「ごめん、流石の私も何言ってるか分からないや……」
人は、緊張を極めるとバイブレーション機能が発動するらしい。さっきから歯をカチカチ鳴らせて冷や汗を垂れ流すフォルナ。獣人がそんなに汗流して良いの……?
とりあえず『妖精の宴』一同で抱きしめてリラックス効果を狙ってみたけど、ふっさふさの尻尾を股の間から出してフルフル振るわせるばかりだった。それ猫の感情表現じゃ……持っていたカンペの紙も、力の入れ過ぎでくしゃくしゃになってしまっている。
「んーもういっそ手繋いで皆で出る?」
「いやいや主よ。抱き着いて駄目じゃったのにそんなもので――」
「「治まったっ!!」」
「「治まるんかいっ!!」」
アリーナがフォルナの手を握ったらバイブレーションが止まった。何度か繋いだり離したりしてアリーナが遊ぶ。え、なにそれ楽しそう。
「何を遊んでおるのだお前達……皆待っておるのだぞ?」
「な、なるべく早くお願いするよ」
そこに王様の野次とマゼンタさんのお願いが飛んでくる。そうだね、お待たせしてるし早く行かないと。フォルナを見ると、喉を1回鳴らして頷いた。よし、覚悟は決まったようだね。
獣人達が待ちかねた瞬間が訪れる。皆の前に立つ4人の姿……しかし皆が望んだ人物ではなかった。
演説台に上ったのは、3人の人間と手を繋ぎ合って出て来た小さな王女様。
「フォルナ様……」
「フォルナ様だ……」
呟きには、少なからず不安と落胆が含まれているのを感じる。顔には不満の表情を見せている者をも居た。フォルナは嫌な汗が背中を伝うのを感じるが、
きゅっ
「あっ……」
握られた手の先には、笑顔で見守ってくれる仲間が居た。フォルナは眼を閉じて、大きく深呼吸をする。目の前に居る大勢の獣人達は自分の敵では無いのだから、きっと大丈夫だと信じて………一世一代の8歳の少女による演説が始まった。
「とても……とても沢山の血が流れました。あの戦争が……勇者と魔王の戦争が、我々の国ラダリアを死に追いやりました。そして、私達は『魔族』という烙印の下で…………奴隷という屈辱を背負うことになりました。それが今、私達にある現実です。国は更地と化し、築かれてきた繁栄も、歴史も、そして雄大であった私の父や母、姉様達も失いました。皆さんも、自分達の友人や恋人、そして家族を失ったと思います」
獣人達は何も言わずにただその声を拝聴する。いつも父親の後ろに隠れていたフォルナの言葉を。臆病者で、寂しがり屋だと誰もが知っている筈のフォルナの言葉を。
誰かが手で顔覆い愛する人の名を呼ぶ。誰かが懐かしき戦友に思いを馳せる。
「しかし、これが誰の責かと問われれば、私は誰でも無いと思います。魔王に変貌した父や、魔族に生まれ変わってしまった姉様達や族長や雄々しき獣人達は、放っておけば世界中の人間を殺しました。私達も例外なく殺されたことでしょう。そして彼等は、勇者でなければ勝てない程強大であり、その戦闘の余波はどう足掻いても国を消滅させざる負えなかったのです。その事実を…認めて、受け入れて、私達は今日……前に進む決心をしなければなりません」
フォルナの握る力を強くなる。その手から、3つの勇気を貰って、己を奮い立たせる。フォルナはニコっと年相応の笑みを浮かべ、話題を変え始めた。
「私のことは、皆さんご存知ですよね?『泣き虫フォルナ』『腰巾着のフォルナ』『臆病者のフォルナ』色々渾名はありましたが、どれも今では良い思い出です。いつも私は皆の顔を見ると、沢山の視線に怖くなって泣いてしまっていましたしね」
思い出すかのように指折り自分の思い出を語っていく。何人かの獣人は、そういう話を自分がしていたことを話し、気まずそうな顔をして目を逸らす。その様子を見て面白かったのか、フォルナはクスクスと笑う。
「今もそれはほとんど変わりません。私は今もこの視線が怖い。自分に向けられる感情が怖い。何故なら私は、何の力も持たない血筋以外は何の取り得も無い駄目な王女だからです。多分、これからもそれは変わることが無いでしょう。私には才能が無いって昔から言われ続けてきましたから。自信なんて欠片も無くて、それが恥ずかしかった……」
自らを卑下する少女。だが、その顔は笑顔のまま色褪せない。
「そんな私が今こうして立っていられるのは、掛け替えのない友を得たからです。この両の手に、想いの籠った勇気が宿っているからです」
高々と上がる4人の手。固く繋がれた四人の顔は、皆笑顔だった。それに魅せられる獣人達。彼女達の表情は、光のように感じた。
「私は独りでは何も出来ません。誰かの助け無しでは生きていくことさえも出来ないただの子供です。それでも、こうして勇気を分け合ってくれる仲間が、支え合う友人が居ればまた立ち上がれます。そして……」
「「「あっ」」」
フォルナは、手を放して一歩前に出た。途端に足が震え出すが、上半身は両手で抱きしめて無理やり抑え込む。その光景に獣人達は眼を見張った。フォルナは決して、国民から目を離さない。
「……こ、これから行く新天地…そこで私達は新しい国を作ります。けど、それは……皆の力を貸して頂けなければなりません。だから、こそ…これは強制じゃない。決して、無理強いなんてしたくない。私に出来るのは……皆で新しい未来を創る為のお願い、だけ……」
もう両手では自分の身体の震えが止められなくなった。フォルナが意地で言葉を通す。全てを押し殺し、勇気だけを握り締める。
「お願い、します……私と一緒に…貴方達の未来を……つ、作らせてくだ、さ、い…仲間となって…」
今にも崩れ落ちそうだった。最後の言葉が出ない。もう少しなのに、眼から涙が零れそうになる。今にも声を上げて泣きそうにだ。
(お願い…あと一言で良いから…動いて……)
「頑張れッ!!王女様ッッ!!!」
「……えっ?」
「俺達は幾らでも待つぞッ!」
「フォルナ様だって立派な王女なんだ、やれば出来るって!!」
「私達はいつだって応援してますよ!!」
「子供なんだからもっと頼ったって良いんだよ。恥じることないって!!」
沢山の声が、フォルナに当たる。応援、慰め、信頼、どれも暖かい感情で、その一つ一つが彼女の身体に流れ込んできた。フォルナは、今一度獣人達の顔を見た。一様に笑顔で、活気が見える。
「フォルナ」
後ろから、友の声が聞こえた。振り向くと、彼女達は指で口元を上げて一言。
「笑おうッ」
身体の震えは止まっていた。なら、ありったけの笑顔を、心の底から祝福を込めて、
「私の手を取って下さいッ!!皆の明日を、一緒に作らせて下さいッッッ!!!!!!!!」
「うわぁ~収拾付かなくなったのう」
「いや~予想外だったね」
フォルナの最後の言葉に対して獣人達の取った行動は、全員参加による胴上げだった。フォルナは泣き笑いしながらされるがままだし、そのすぐ隣でもアリーナが乱入して楽しそうに飛んでいる。周りの兵士の皆さんはどうすれば良いのか困惑気味だね。
「まぁ良いんじゃない?全部上手くいったんだしさ」
「それはそうなんじゃが。主の目的って旅じゃったよな?良いのか1年も取られて?」
「良いの良いの。どうせ今は勇者の問題があるしね」
そう、勇者という存在がある限り、私はおそらく安全な旅ライフを送ることは出来ない。それだったら、多少遠回りしてちゃちゃっと世界を救った方が良い。行く先々で自分からトラブルを起こすならともかく、巻き込まれるのは嫌なんだよね。
「ま、こういうのも人生の醍醐味だと思わない?国作りを目の前で見れるんだからさ」
「まだ3歳の癖に……」
「あはは…」
ということで、獣人達は女子供、老人達が馬車に、残りの者は歩きで王都を出ることになった。戦闘云々は獣人の屈強な男達も参加すれば魔物をまったく寄せ付けないとの話なので、私は甘えることにする。
なんせ数千人の大移動だ。私もナイトメーカーや水人形を使って警戒の補助をしようかと思っている。
そして私達は先頭の馬車に乗って王都の門を潜った。いやぁ素晴らしい門出だね。
「……それでさ、レーベルさんや」
「なんじゃ主よ」
「門の外に見えるあの白い馬車と、その後ろを付いて来る大量の魔物はなんだと思う?」
「なんじゃろうなぁ…」
……本当になんなのよ!!?
演説後
「もう皆妖精に毒されれば幸せかもしれんな……」
「王!?」