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妖精さんが世界をハッピーエンドに導くようです  作者: 生ゼンマイ
第五章 繋がっていく手と手
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閑話・3 静かなプロポーズ

どこのファンタジーにもある、一つの幸せだと思います。

 武闘会終了後、ヤスパーとセニャルは、2人が暮らしている家で街の喧騒を聞きながらお疲れ様会を催していた。2人の毎年の楽しみでもある。


「「かんぱーい」」


 2人で王都の名物酒『カルアーミア』を一息に飲み干すと、勢いよく木のコップを置いてオヤジのように感慨深い顔になる。


「あーやっぱ武闘会の間は禁酒にするの正解だよな。五臓六腑に染み渡るわ」

「こう、やりきった間があるよね。大仕事した後の一杯って幸せの味だわ~。けど、私が終わるまで待ってること無かったんだよ?」


 ヤスパーは大会の途中で敗退したので、セニャルが司会の仕事を終えるまでずっと禁酒状態で待っていた。セニャルはその事について、先に飲んでも咎めるつもりなど毛頭無かった。自分も仕事はしていたが、実際に戦っていたヤスパー達選手の方がずっと大変だった筈なのだから。

 仮にも冒険者であるセニャルもそれは理解していた。司会でのあのやり取りは全てブラフだ。


「良いんだよ。お前とこうやって飲みたかったんだから。本当はもう少し勝ちたかったんだけど、あのゲンカクって『侍』…だったか。あの人の技は俺と相性が悪すぎたよ」

「本当にねぇ……多分レーベルお姉様の次ぐらいに強かったんじゃないかな」

「あの姉さんならやっちまいそうだな確かに」


 ゲンカクの放った居合の一撃は、初撃でヤスパーを戦闘不能にしてしまったことをセニャルは思い出す。ヤスパーとてゲンカクの戦いはオノレとの戦闘で見知っていたので、何とか対策を講じようとしてはいた。だがあまりに速く目では捉え切れず、さりとて剣で受ければ剣ごと叩き斬られたのだからどうしようもなかった。純粋に戦い方が合っていないことが酷くヤスパーを落ち込ませる原因にもなった。


 そしてヤスパーが思い出すのは、勇者にこそ負けたが、それでも常人では決して敵わないと言える程の強さを見せつけたレーベルの姿だった。セニャルの前だから言わないが、あの見惚れる美貌に加えて憧れを抱く程の強さを兼ね備えた女にヤスパーも危なかった。周りの男供は全員鼻の下伸ばしていたのも思い出される。


「けど、その後アイドリーちゃんが真っ向から叩き伏せたのは凄かったよね」

「勇者にすら勝つような奴だったもんな…戦い方は所々ヘンテコだったけど」


 とにかくあのピンク頭の少女は頭が可笑しかったとヤスパーは考えている。確かに驚天動地の愛らしさで全てを魅了するような美少女ではあったが、何もかもが規格外過ぎて本当に人間か疑わしかった。


「あんな強ぇのがこの世に存在していると思うと、俺も本当にまだまだだって事を思い知らされる。つーか、勇者を倒したことのある奴なんて今までの歴史に居たのか?」

「さぁ?あっても魔王じゃない?」

「だよなぁ……」

「けど、ヤスパーだって十分強いよ?」


 セニャルは頭をヤスパーの肩に乗せる。家に居る時は、大概ソファーの上でこうしている事が多いので、2人にとってはいつものことだ。


「そうか?」

「だって、ヤスパーは1人でも頑張ればBランクぐらいにはなれるもん。私が足を引っ張ってるからまだ昇格試験受けられないけどさ…」


 2人は『月の調べ』というパーティメンバーで組んでいるのだが、これはセニャルがヤスパーと恋人になる為に冒険者になって追い駆けて来て、そのまま2人で居れるように半ば無理やり作ったパーティだった。そしてBランク昇格試験は護衛任務が含まれている為、ヤスパー1人ではどうしても無理があった。


 そういう場合パーティであれば一緒に参加することが義務付けられているのだが、セニャルはまだそこまでの強さではない為、ヤスパーにおんぶにだっこなのだ。



「そもそも、俺は最初、冒険者になるのも反対だったんだぜ?お前、昔は普通に村娘だったってのに。俺と一緒に居たいからってだけで冒険者になりやがって……」

「うっ……しょうがないじゃんか。心配なんだもん……」

「だったら家で帰りを待ってりゃ良いじゃねぇか。俺は普段森でしか戦わねぇし」

「絶対に心配になって探しに行っちゃうもん。自分だけ安全な場所で待ってるなんてしたくないもん」



 そう言われてしまうと、ヤスパーは何も言えなくなる。考えてみれば、セニャルは昔からヤスパーの後ろをチョコチョコ付いてきて、どこに行っても一緒だったのだ。遊ぶのも喧嘩するのもお互いしか相手が居なかったからだが、2人が一緒に居ない日は無かった。だからこそ、


「俺だって、お前をもしも守れなくてヤバい怪我させちまったら、それこそ悔やみきれねぇんだよ」

「そうだけど……」

「だからよ」



 ヤスパーはソファーから離れ、腰から小箱を取り出し、セニャルの前に立って片膝を付いた。



「え?……」

「そのまま聞いてくれ。あー…今更な気もするんだが、一応形は大事だと思ってな。こんなもんを用意してみた」


 セニャルの前で開けられた小箱の中に、宝石の付いた指輪が入っていた。ヤスパーは悪戯が成功したような顔で続ける。


「俺と、結婚してくれ。俺の子を産んでくれ。そして、家で子供と一緒に俺を待っていてくんねぇか?そしたら俺は今の俺よりもっと強くなれると思うんだ。お前が心配しねぇぐらいによ」

「……」


 心に垂れ落ちた熱湯に溶かされて、ホロホロと涙が流れて来る。


 指輪は確かに綺麗だが、セニャルにはそんなものどうでも良かった。ただ、ヤスパーはこんなサプライズをするような男ではない。自分達の付き合いでさえ幼馴染からの延長戦で、明確に好きだ愛しているなど言っていた訳じゃなかった。だからこそ極めて健全に付き合っていたし、なし崩しにそういう行為をすることもお互い避けていた。してもキスぐらいだ。


 セニャルも、ヤスパーが自分のことが好きだという自負はあった。しかし結婚という言葉は今まで2人の間で一度も出て来なかったのだ。それだけに、セニャルは若干の期待も込めて問い掛ける。



「もう少し勝ちたかったって……さっき言ってたよね?」

「え?ああ、こいつお前の眼と同じ色してるだろ?だからどうしても欲しかったんだが珍しい石だから高くてな。武闘会の賞金とコツコツ溜めてた貯金も使ってギリギリだった」



 ということは、ずっと前から結婚を考えてくれていたことになる。セニャルは胸が幸せで締め付けられていく。嬉しさが爆発しそうだったが、この雰囲気を壊したくなくて必死に言葉を紡いだ。



 セニャルの事を良く知っているヤスパーは、優しい笑みでそれを待っている。もうとっくの昔に答えは決まっているのだから、焦る必要など無い。


「不意打ちだよぉ……」

「すまん、俺にはこれ以上のサプライズが思いつかなかった」

「……レーベルお姉様に見惚れてたクセに」

「よく見てんな。正直危なかったのは認める。けど、俺は高嶺の花よりも、近くで健気に咲き続けてくれる花の方が好きだ。ずっと見てられるからな」

「……アイドリーちゃんの方がずっと可愛いよ?」

「俺は、自分の腕の中で俺の為に笑顔で居てくれる奴を愛したい。俺にはそいつしか見えない」


 ヤスパーは小箱から指輪を出し、ゆっくりと、確かめるようにセニャルの左薬指に嵌めていく。嵌め終わろうとした時、その手が止まり2人が見つめ合う。





 お互いの顔は、暖炉の火で照らされていてた。


「セニャル……お前を愛している。ずっと……傍に居てくれるか?」

「……喜んでッ!」


 だから、2人の笑顔をも良く見える。

「おいヤスパー、お前の相棒ずっと顔がだらしないことになってるぞ?」

「ああ、ちょっと結婚することになってな」

「「「やっとかお前等」」」


 王都の冒険ギルドでは『名物カップル』から『名物夫婦』に変わったそうな。

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