第66話 妖精の架け橋(布教)
それからしばらく二人の遊んでいる様子を見ていると、扉が叩かれた。声は、騎士団長のマゼンタだった。
「フォルナ王女、モンドール陛下がお見えになっております」
「えっ?ど、どうしようメーウ?」
自分のいつもの振舞いをアリーナに見せたくないのか、慌てて立ち上がるフォルナ。しかしアリーナは笑顔のまま扉の外に居るであろうモンドールに、
「おじちゃん?」
「その声、アリーナかっ!!」
「え、王様!?」
アリーナの声を聴いたモンドールが、従者の声も聞かずに部屋に押し入った。アリーナは早業で人化し、ローブを纏ってモンドールに抱き着いた。フォルナとメーウは開いた口が塞がらない。
「おぉ、よしよし。よくぞ来たなアリーナ。知らせがあったので顔を見たかったのだが、今日は1人で来たのか?アイドリーやレーベルはおらぬのか?」
「うんっ、一人!!」
「ほほ、そうかそうか」
アリーナの頭を撫でまわしてだらしない顔を晒す王がそこに居た。フォルナは一応取り繕って姿勢を整える。
「ん、ん!モンドール王。今日は何用だ?」
「む?おおフォルナ殿。すまぬ暫し我を忘れていた。獣人の国再建にあたっての打ち合わせをしようと思ったのだが。お邪魔だったかな?」
アリーナと遊んでいたであろう現場の跡を察したモンドールの言葉に、フォルナは気まずくなってしまう。しかしアリーナは強かった。
「遊んでた!!おじちゃんも遊ぼ?」
「よしわかった。フォルナ殿、私も参加してよろしいかな?」
「えっ!?え…と……それは…」
人間の王の参加に戸惑いどう返すべきか良い惑うフォルナに、アリーナのトドメが入る。
「フォルナ…皆で遊んだ方が楽しいよ?……駄目?」
「なんでもオッケーよッ!!」
チェスでモンドールとフォルナが対戦することになり。アリーナは二人にルールを教えながら、盤の上で踊り始めていた。2人がそれを微笑ましく見ながら静かに指し合う。
「……実はな。夜中のことを事前にアイドリーから聞いていたのだ」
「ッ!……そう、だったのですか」
なんとなくそんな感じなのはフォルナにも分かっていた。いくら魔法やスキルで姿を隠せると言っても、ドラゴンを城の横に展開させるなど無理があるのだから、当然王が知っていなければ大混乱を起こしていたことだろうとは容易に想像出来ていた。
「なに、咎めたいのではないのだ。ただ、お主がこの数年。まったく年相応の振舞いをせず。人間に対して嫌悪を持って接し続けている姿を見るのが、忍びなかった。だから、やり方はあまりに大雑把だったが、私は彼女にノッたのだよ」
「それは……確かに、彼女達は人間じゃないし、私にとってはこれ以上無いぐらい大切な友人となってくれました。とても……嬉しく思っています」
ルークを置いて、フォルナは続ける。
「けど、考えてみれば。私は人間を種族という括りで見過ぎていました。確かに私に同情をして、手を差し伸べてくれていた人も居たのに、私はお礼すら言えていませんでした。これ以上下手にならないように、獣人の地位を堕とさないようにと」
フォルナはモンドールに頭を下げた。
「モンドール王。私を匿い、これまで置いてくれたこと誠に感謝いたします。貴方から受けた恩は決して忘れません。再建したその後、ガルアニアの危機が迫れば必ず馳せ参じたいと思います」
お互いの眼が合った。モンドールの眼には、一国の王女の姿が映っている。
「……お互い妖精に出会えた不思議な縁が出来たものだ。私としては、神話の時代のように仲良くやっていければこれ程嬉しいことはない。これからもよろしく頼む、フォルナ殿」
「はい、モンドール王。あ、チェックです」
「……ぬぅ!?」
「正に、妖精が繋ぐ種族の架け橋、というものですな」
「いやまったく。素晴らしい種族でございますね」
執事のメーウと騎士団長のマゼンタは、長年確執を生んでいた2人の溝が埋まっていくのを間近で見れたことに、静かに感動していた。あまりに2人がすれ違っていた、というのもあったが、何より、フォルナの拒絶が大きかったというのもある。
「これー」
「「ん?」」
いつの間にかアリーナが2人の間まで飛んで来ていた。そして手には、新しいボード。
「みんなでやろー?」
アリーナの提案に、苦笑いしながら頷いた。
「で、えーと。これはどういうことなの?」
「フォルナ殿よ!!後1回、後1回だけ待ったをッ!!」
「駄目ですよ、もう何回目ですかモンドール王。いい加減諦めなさい!!」
「「……」」
ベルモールさんに呼ばれて部屋に通されてみれば、ボードゲームでそれぞれ対照的な2組が永遠に競い合っていた。モンドールはさっきから手を合わせてフォルナに頼み込んでるし、フォルナはもう何度も待ったをされたのであろう、ぷんぷんしていた。
もう1組、知らない羊獣人の執事とマゼンタさんが超真剣な表情でチェス盤と睨めっこしている。一口も話さず駒を指し合ってるね。アリーナもその盤を超真剣な顔して眺めていた。あ、あれは声掛けづらいから後にしよう。
「おーい、フォルナ」
「え、アイドリー?………アイドリー!!」
「わっと」
パァっと笑顔になってジャンピングダイブされる。受け止めて一回転して降ろすと、そのまま顔を胸にうずめてきた。狐耳がぴょこぴょこして尻尾がブンブン振られている。凄い握ってサワサワしたい。
「初対面の時と違って甘えん坊さんだね?」
「あ、あれは違うもん!!」
「はいはい。ほらおいで」
そのまま持ち上げて抱っこ状態である。尻尾が腕に擦れてちょっとくすぐったい。私はその状態でモンドール王のとこまで歩き、フォルナを膝の上にして座った。苦笑いである。
「まったく。呼び出されて来てみれば、仕事放置で幼女と戯れるとか危ないおじさんだよ完全に。ベルモールさん泣きそうになってたよ?」
「いや、それはだな。ああ、すまんベルモール。仕事はちゃんとするから泣くでない、貴族の妻だろうに……」
モンドールが申し訳なさそうにしているのを見ていると、後ろから誰かに抱きしめられた。いや、分かってるけどね。人化したアリーナが笑顔で私を見ていた。
「アイドリ~~♪」
「迎えに来たよアリーナ。フォルナと遊んで楽しかった?」
「とっても楽しかったぁ~、ねっ♪」
「うんっ!」
「「えへへー」」
親友と友達の二つの笑顔に私も愛が溢れそうだよまったく。勝負を終えたのか。羊の執事の人とマゼンタさんもこちらに来た。
「いや、すまない。あんなに熱中してしまうゲームだとは思わなかった」
「ええ本当に。貴方がアイドリー様ですね?私はフォルナ様付きの執事メーウと申します。今回は本当にありがとうございました…」
と言って、深々とお辞儀をしてくるメーウ。この人が一緒に逃げて来た人か。羊の執事で名前がメーウとか、前世だったら私の笑いのツボにクリーンヒットするところだったよ。
「どういたしまて。私達も可愛いフォルナと友達になれて嬉しいし」
「も、もうアイドリー!」
それから全員分の紅茶が入り全員が席に着いた時、モンドール王は話を切り出した。
「それで再建の話についてなのだが。文官は用意出来た。獣人達の方も、王都内では話も付いて移動の準備を始めておる。それでフォルナ殿にお聞きしたいのは、王位継承の話なのじゃ」
「王位継承、ですか?」
ラダリア王国は王族の血筋は同じであるが、そこに就く為には、各種族の長の全員一致による多数決が必要だった。どれか1つの族長が反対をしても王位継承は出来ない。獣人という多種多様な種を纏め上げるだけの器量を持っていると見なされなければ、例え国民から大きく支持をされていても王にはなれないという厳しい継承条件なのだ。
「今、獣人には族長がおらん。なんせ皆魔族と化し、勇者によって打ち滅ぼされてうしまったからな。それに、我が国は全ての種族が居る訳ではない。他国から連れて来るということも出来ぬ。なればこそ、フォルナ殿がこの継承条件に見切りを付けるか、あくまで貫くかを決めて欲しいのじゃ」
「いや、放置で」
「……えっ!?」
答えたのはアイドリーだった。驚いた顔で振り向くフォルナをよそに、アイドリーはズカズカと話に土足で踏み込んで来た。
「いやだってさ。今ラダリアって国は無いんだよ?新しく国を再建するのに、古くて意味が分からない習慣とか要らないと思う。勿論獣人達から文句も出るだろうけど、実際に皆を引っ張るのはフォルナなんだよ?」
「ッ!!」
アイドリーはフォルナの緊張で冷たくなった手を掴む。勇気を与えるように。
「だから、今決めるのは早いよ。建国する時、皆に決めて貰えば良いと思わない?フォルナが王に相応しいか、否か。結果は分かり切っているけどね」
アイドリーはフォルナに顔を向けて、「ほら、言っちゃえ」と差し向ける。フォルナはモンドールの方を向いて、勇気を振り絞って言った。
「えっと……放置でっ!!」
そういうことで決まった。難しい話は全部後々。そういうのは基盤を整えて潤沢な余裕が生まれてから考えれば良いんだよ。
「まぁ、それで良いなら何も言わん。では、そのようにしよう。私は行くが、お主らも帰るのか?泊まっていっても良いのだぞ?」
「いや、レーベルが待ってるから帰るよ。多分アリーナがまた明日此処に来るだろうしね」
布教活動しにね。
「帰るの……?」
「うん。まぁ後数日すればしばらくずっと一緒に居るんだし、そんな寂しそうな顔しないでフォルナ。明日もアリーナと遊んであげてね?」
「…うん!」
私達は皆に手を振って宿屋に帰った。入口でレーベルが冒険者をしこたま連れてきて大宴会になったので、その日も夜遅くまで騒ぎましたとさ。
偶には早く寝たいよ……
「アグエラさん、宿屋の前で下卑た男達が酒に呑まれて半狂乱なんだけど」
「気にすんな、こっちは売れりゃなんでも構わん」
「主よッ!!またこ奴等に飯を持って来させたぞ、存分に食おうぞッ♪!!」
(こいつ、味を占めやがった……)




