第65話 不透明な歴史とお詫びの手紙
朝方、ぐっすり眠っていたフォルナを置いて、私達も宿屋に帰って遅いお休みをしていた。昼頃に目を覚まして3人で食事を取ると、今日の予定について話し合う。
ちなみに、フォルナには1週間後に私達と一緒にハバルより東の森まで行くことを了承して貰っているので、それまでにこの王都でしておかなければならないことは全てしていきたいと思う。
「はい、今日の予定発表」
「森行って暴れてくるのじゃ」
「城に遊びに行くー♪」
「私は図書館に行く」
一瞬で決まった。2人とも勇者以外ならまず負けないから良いんだけどね。なのでレーベルには冒険者ギルドに行って適当な討伐な依頼でランクを上げるよう言っておき、アリーナには城でフォルナと仲良くなっておくのと、問題だけ起こさなければ基本何をしても良いことにした。
とりあえずそれぞれに金貨3枚程渡して、私達は散開する。
「それじゃあ各自行動開始~」
「「おー」」
私は図書館へ向かっていた。前々から気になってたんだよねぇ。ある程度の歴史書とかあるみたいだし、やっとこの世界についての情報が分かるかな。
中に入ると、館内の景色に驚いた。天井まで広がる本棚の列がびっしりあるのだ。高い、高いけどあれどうやって取るんだろう?受付さんがこちらに気付いて声を掛けてきた。眼鏡を掛けた緑を基調とした司書さんだ。
「こんにちわ。これ、入館許可書なんだけど」
「ああ、はい。聞いてますよ。えーと…はい。確認取れました。説明は?」
「お願いします」
「はい、まず館内の本は貸し出し出来ません。読める本に制限はありませんが、中には保存状態の悪い本も保管されておりますので、取り扱いには十分にご注意を。そして、万が一損傷された場合に置いて、保証金に金貨1枚お預かりすることになっておりますのでご了承下さい」
「あの高いのはどうやって取れば良いのかな?」
「専用の台があるのでそれを、魔力を流せば動きますので。ほら、丁度あんな感じです。魔力は浮いている間消費し続けるので、気を付けて下さいね」
おお、司書の1人が車輪の付いた台に乗ると、下面が光り浮き上がった。上下にしか動かないのが惜しいな。あれ横移動させたいなぁ……
大体理解出来たので金貨を渡して中に入る。まず探すべきは歴史書だから、それについての本を探そう。
30分後
「えぇ……」
見事に伝記ものだらけだった。個人の歴史とか実績も見ていて面白いけど、もっとこう全体的なやつが欲しかったよ…しょうがない。それっぽい本が無いか聞いてみようか。
「すんませーん歴史に関しての本探してるんですけど心当たりとかー」
「……ん?なんだお前は?」
司書だと思って声を掛けたら、何か凄い難しい顔をしたおじさんだった。何か恰好的にお偉いさんっぽいな。
「あ、ごめんなさい。間違えました」
「待て、ここは魔法騎士団の人間と司書の者しか入れん筈だ……ああ、お前が勇者を倒したとかモンドールが言っていた女か。まだ小娘ではないか……」
立ち上がってこちらに近付いてきた男は、こちらをジロジロ見て何事が言っている。なんだよもう、ほっといておくれよぉ。
「っふん。英知を求めるような顔には見えんが、精々本を破らんことだ。私はもう行く。暇ならこれを片付けておけ」
そう言って去り際に1冊の本を渡され、男は去っていった。本の表紙のタイトルを読んでみると、
『アルヴァーナ歴史全書』
私は力の限りの小声で叫んだ。
「ツンデレかッッ!!!!」
なんなん?この国のおっさん達はツンデレの病気でも発症させてるの?若い子に良いことしないと死ぬ持病でも抱えてるの?ま、まぁいいや。目的の物は手に入ったし早速読んでみようか。1枚捲ってみると、創世記からここ百年ぐらいまであるみたいだね。
創世記:
『女神クレシオンと邪神ルイナの戦い余波により世界が誕生。後に創造神により聖地を設け、そこから世界が広がっていった』
世界の名は『アルヴァーナ』
これこれ。やっと『アルヴァーナ』という言葉を神の書いた紙束以外で見ることが出来たよ。しかし戦いの余波で世界が出来るって、神の世界って野蛮だなぁ。にしても創造神っていうのが大元みたいだね。というか大元なら二人の戦いを止めなよ……
神代(神話時代):
『創造神が女神クレシオンにアルヴァーナの統治を命令。女神クレシオンにより様々な種族が創造される。クレシオンを王として即位させ、神帝としてアルヴァーナ王国を建国する。およそ数千年この平和な時代は続き、豊かな繁栄が続いた』
アルヴァーナ戦争時代:
『女神クレシオンを追って邪神ルイナが侵略行為を開始。あらゆる生物を魔物に変え、世界全土で大戦争を起こす。女神と邪神は対消滅し、残った女神の子らと魔物による長い争いが数千年続いた』
勇魔戦争時代:
『女神の子らが勝利を治め数百年後の世界。突如『魔王』と呼ばれる症状が発生。『魔王』になった者の種族は魔力の高い者程『魔族』として生まれ変わることが分かり、以後長い歴史において『魔王』の生まれた種族は国を追われることになった。『魔王』を恐れた人間達は、神代に伝わる『勇者召喚』の法を使い、異次元より女神の加護を持った『勇者』を呼び寄せる。以後、時代はアルヴァーナ歴と定め、『勇者』と『魔王』の戦いが長く続く』
「………これが原因かな?」
魔王という症状が元凶で種族がバラバラになった訳ね。そこから更に歴史を読み進めてみると、最終的に残った種族は人間だけとなり、その人間も思想の違いによりバラバラになり国を作るようになった。そしたら今度は人間の中からも『魔王』が現れるようになっててんやわんやって、激動の時代だなぁ。
それでもここ百年は平和だったみたいで、どの国も自分達の領土を広げて繁栄していたみたいだ。余裕も出たみたいでダンジョンを探索してみたり魔道具の開発をしてみたり、国によっての特色も出て来たみたいだ。
それで獣人のほぼ全ての種族が集まった国ラダリア。まぁ所謂人間達に追い出された人達が集まって出来たもんだから、戦争はしないけど人間達の事は相当恨んでいた。けど国として生きていくにはどうしても必要な物が多かったから、他国とは貿易したり体制を習ったりして交流はしていたみたい。人間側も負い目は感じてたっぽいし。
「ふむ。大体分かったね。後は『魔王』が発生する原因が分かればねぇ…流石に分かってれば千年以上繰り返してたりはしないか……けど、今回は少し違うよね?」
『魔王』は良いとして、『魔族』の症状がおかしい。だってラダリアで『魔王』が発症した時、魔族は『複数の種族』で発症したのだから。何かイレギュラーなことがあった筈だ。何かは検討付かないけど。
そういえば天使とか悪魔の単語が一切出て来なかったけど、それも何か関係あるんだろうか?
外を見ると、そろそろ夕方だった。そろそろ帰るかなぁ。
「……ん?」
不意に、ポッケに入れていたピンク色の石が振動を始めた。ベルモールさんからの呼び出しか。私はさっさと本を返すと、外に出て転移する。
時間は遡って……
「こーんにーちわーっ!!」
「えっ……と、『妖精の宴』の方、ですよね?」
城の受付窓口で元気な挨拶をするアリーナ。今日彼女はフォルナに会いに来ていた。昨日の今日だが、仲良くなった友達と遊びたかったのである。その旨を伝えると、困った顔をしてしまう受付の人。一応フォルナも要人であり、滅多なことでは人前に姿を現してはいけない人物な為、合わせても良いものかと悩んだ末、
「で、では少々お待ち下さい」
「はーい」
とりあえず確認を取る為に、使いの者を出させた。しばらくすると、フォルナ付きの獣人執事メーウが姿を現す。
「お待たせしました。私が対応いたしますので、もう良いですよ」
「あ、はい分かりました」
執事はアリーナと向き合って、深々と礼をした。それに合わせてアリーナも頭を下げる。
「始めまして『妖精の宴』のアリーナ様。私の名はメーウ。フォルナ第三王女お付きの執事にございます」
「初めまして、アリーナです!!」
「恐縮でございます。つきましては、今日はどのようなご用件でフォルナ様とお会いに?」
「フォルナと遊びに来ました!!」
満面の笑みでキッパリと返され、メーウは暫し判断に困った。とても嘘を言っている顔でもなければ裏などまったく感じさせない本音全開の言葉にしか聞こえない。これが今後の獣人の未来についての話ならまだしも、内容が遊びに来たという物である。本当の目的があるかどうかすら分からないので、会わせるべきかどうかにも悩んでしまった。
「駄目?忙しい?」
寂しそうにそう聞くアリーナの言葉に裏表はまったく感じられない。メーウは、とりあえず自分が居ればフォルナの隙を見せることなく対応させられると判断した。
「いえ、大丈夫でございますよ。部屋までご案内いたしましょう」
「ほんとッ!?やったー!」
メーウ主導で部屋まで連れて来ると、一度アリーナを外で待たせ、フォルナへの確認を取った。
「姫様、『妖精の宴』のアリーナ様がお越しなのですが…」
「アリーナ!?本当!!?」
「え、ええ。部屋の外にっ、姫様!?」
アリーナの名をを聞いた瞬間、フォルナはメーウの横を抜けて扉を開けた。フォルナの顔を見たアリーナは笑顔になり、そのままフォルナに抱き着く。フォルナも力一杯抱きしめ返した。
「アリーナ、来てくれたの?凄く嬉しいッ!!」
「んふー♪フォルナと遊びたかったのー」
「あれ、そういえば小っちゃくなってる?」
「おっきーのは、偶にだけなるのー」
「そうなんだ、面白いねアリーナって!」
「えへへー♪」
二人の少女がキャッキャと燥いで仲睦まじい姿を見せている。非常に微笑ましい空気が生み出されたのだが、いきなりの展開にメーウは付いていけないでいた。そういえば珍しく遅く起きたフォルナに今日は笑顔が多かったことを思い出すメーウ。
「ひ、姫様?昨日の今日でそこまで仲良くなられたのですか?いつの間に?」
「え、あ…えっと」
「羊さん、これ!」
メーウの質問に対してどう答えたものかと困った顔になるフォルナに、アリーナが一枚の紙を差し出してきた。受け取って中身を見てみると、内容はアイドリーからのものだった。
『お宅の娘さんと仲良くなりたくて夜這いしました。ごめんなさい。仲良くなれたので、これからもよろしくお願いします。byアイドリー
PS:私達は人間ではありません。モンドール王も知っているのでご安心を……それ以外の人間には見られないようにご注意ください』
その手紙から目を逸らしてもう一度アリーナの姿を見ようとしたメーウ。だがアリーナはローブを残して消えており、代わりに小さな水色の髪の人型がフォルナの手の上に収まっていた。
「……妖精、ですと?」
獣人の中でも妖精とは特別な存在である。神話時代からの盟約は、獣人の全ての種族の長達が語り継いできたものだからだ。メーウもその1人。姿形は知っていても、彼等の存在が本当に存在しているかなど誰にも分からなかった。パーティ名が『妖精の宴』など、本当にまんまじゃないかと思えた。
しかし、そうなると、獣人の国を再建したいのは妖精の意志でもあると分かった。そうであればメーウはもはや疑いの気持ちなど持たなかった。何故なら、
「これで遊ぼ、フォルナっ!」
「まぁ、これはなに?」
「チェスっていうの~♪」
あんなに楽しそうに笑っているフォルナを見るのは初めてだったのだ。いつも自分に劣等感を持っていて、表情は泣き顔か暗い笑み。気丈な振舞いだけで立っているような儚い娘だったというのに。
「姫様……」
「ん?どうしたのメーウ?」
朗らかな笑みを浮かべながらこちらを見るフォルナに、メーウは声を抑えること無く聞いた。
「『妖精の宴』の皆様とのご関係は?」
「友達っ!!」
ノータイムで返した彼女の顔は、惚れ惚れするほど綺麗だった。満足そうに頷いたメーウは、アリーナに向かって深々とお辞儀をする。
「アリーナ様。これからもフォルナ様と良き友人でいらっしゃいますよう、お願いいたします」
「うんっ!!」
「これ凄い頭使うゲームなのね……」
「面白いよー?」
「確かに今までに無い遊びだわ。この…ボードゲーム?って。早速やってみましょうッ!」
「わーい♪……」
(あれ、雰囲気変わった…?)




