第64話 獣の姫にサプライズを
「……あー…まっぶしぃ~」
今日の朝は宿屋ではなく、ステージの上で眼を覚ました。真上に太陽があるあたり、昼頃まで私は寝ていたらしい。
「お~アイドリ~おはよ~」
「おーアリーナ。珍しく先に起きてたねって……oh」
アリーナの周囲には、ありったけの食糧が置かれていた。焼き料理やら果物やらがありったけ。それをアリーナがまぐまぐしている。その後ろではレーベルが猛烈な勢いで飯を食べていた。
「もーもまもうむむもー(おーおはよう主よ)」
「あ、うんおはよう。えっと、これは?」
「んぐ…住人達が屋台から買ってきて此処に置いてったのじゃよ。美味いぞ?」
そ、そすか。けど起きたてで重い物は食べれないから、ジューシーな肉系は止めてパンとか果物を貰おうかな。おっこの白パンフワフワで美味しい。
「アイドリ~城~」
「ん?あーその前に一回アグエラさんの宿屋に帰って身体綺麗しよう。というかアリーナ声どしたの?ビブラート凄いね」
「う~た~い~す~ぎ~♪」
の割りには楽しそうね貴方。まぁ初めて人前であれだけ歌ったらそうなるか。レーベルも食べ終わったので、ゴミは全部収納して後で捨てよう。じゃ、行きましょうかねぇ。
「すいませーん。王様に会いに来ました~」
昨日の受付さんにそう言うと、さっさと中に通された。顔パスだけど、一応手続きとか要らないのかな?そのまま謁見の間まで案内されてしまったよ。今日は貴族の人達とか居ないね。やっぱり式典の時ぐらいにしか集まらないのかな。
「来たな」
「あ、はい。王様に置かれましてはごきげんう、ウルワシュウ?」
「片言になるぐらいなら畏まるのは止めよ。私のことは良き隣人程度の扱いにでもしておけまったく…」
そんなに不機嫌にならなくたって良いじゃんよ~アリーナ言ってやんなさい。
「モンドールおじちゃん、こんにちわっ!!」
「お~アリーナっ!!お菓子を用意をしたからこちらに来なさい」
「おう待てやおっさん」
孫を可愛がるおじ馬鹿の顔をしてアリーナを誘惑するんじゃありません。そしてレーベル、一緒に付いて行くなコラ馬鹿ドラゴン。
「緩過ぎない…?」
「今は他に貴族の者もおらん、構わんよ。さて、では用件を果さんとな。おい、連れて参れ」
「はっ!」
モンドールの命令で、扉の向こうから数人の人物が連れて来られた。
(…おぉー)
黄金色の耳とフサフサの大きな尻尾が特徴的な小さな女の子だった。歳はカナーリヤのメルキオラと同じぐらいかな?栗のような口と動き易くスリットの深い民族衣装がなんとも可愛らしい。
「こちらは…」
「いい、そのくらい自分で出来る」
モンドールが紹介しようとすると、女の子はそれをウザったらしく止めた。子供扱いは嫌いなのかな。一応王族だしね。
「お前が獣人の国を再建しようという者か。私の名はフォルナ・フォックス・ミーニャント・ラダリア。ラダリア王国第250代目ラダリア王の第三王女である。名乗れ」
「…『妖精の宴』リーダーのアイドリーです。よろしく」
「……」
MU・SI。握手はお気に召されないようです。文化が違う感じですか。いや、これはどっちかと言うと高飛車か?それもなんか違和感を感じるけど。
「で、モンドール王よ。本当にこやつが勇者を倒したのか?どう見ても小娘にしか見えんが?」
「無論事実だ。勇者達が我が城の牢獄に捉えられているのを見たであろう?」
「…ああ、そうだな」
どうやら信じられないから強気で出ていたみたいだ。こちらに向き直ると、身長無いのになんとか見下そうと顎を上げる。
「精々使ってやる。よきにはからえよ」
「……」
マジで?って顔をモンドールに向けると。マジだ…という顔で返された。ん~~これは、大丈夫なのだろうか?
「どうした?……返事をしろ、無礼な奴め」
「…はい。ヨロシク、お願い、シマス」
「…ふんっ」
王女は来た道を戻っていった…なるほねぇ。
「……あまり、責めぬでやってくれ。フォルナ殿は、上の第一、第二王女含め、親しい者は全員魔族となって勇者に殺されておるのだ。人間は当然憎んでいる……と思う。ああやって振舞っていなければ、まともに喋れもせんのだろう」
「まぁ……凄まじい強がりってのは分かったよ。治していかないといけないってのも分かる…けど」
あれは、自分が全てを背負わなければならないと思っている顔だった。一生懸命眉間に皺を寄せて喋り方変えたり、履き慣れていないであろうハイヒールで足がプルプルしてたし。
というかね。私あの装い全てが嘘だったから、私の眼にはガタガタ震えて涙目になりながら自己紹介するあの子の姿が映ってたんだよ。だから正直言って、
「超可愛くない?」
「わかるかっ」
「主も大概じゃが爺もヤバいの」
そんなことなくない?しかしあれじゃあ仲良くなれそうにないしなぁ……よし。
フォルナが与えられた部屋に戻ってくると、唯一これまで一緒に行動してきた羊獣人の執事、メーウに出迎えられる。
「お帰りなさいませ姫様。ヒールは疲れたでありましょう?さぁ、こちらにお履き替え下さい」
「……うん」
素直に頷き、ヒールからサンダルへ履き替えるフォルナ。そのままソファにちょこんと座ってクッキーをモヒモヒ食べ始めてしまった。メーウは紅茶を入れ、そっとお菓子の横に置くと、見計らったようにフォルナがカップを取り、お菓子を流し込んでいく。
「んく…んく…ぷはぁ……メーウ、ありがとう」
「光栄の至りでございます、姫様」
先程までの刺々しい仕草など微塵も感じさせないフォルナ。こちらが素である。だが彼女は自分の肩に全獣人の未来を背負っているだけに、要人の前では絶対にその隙を見せない。
「……さっきね。アイドリーって人に会ってきたの。とっても可愛い人だった。人間じゃないみたいな人だったの」
「左様でございますか…して、信用は出来そうですか?」
「わかんない……人間は、皆怖いから…けど、勇者を倒したってことは。悪い人じゃ……ないよね?」
「……そうで、ございますね」
2人にとって、いや、獣人達にとって勇者とは恐怖の象徴である。魔王が生まれたとはいえ、獣人の国を滅ぼした張本人であり、自分達を奴隷にまで追いやった悪魔なのだ。その悪魔に支配されているこの大陸で、もはやフォルナは絶望の淵の中、数年をこの城で過ごしていた。
しかし、先日その勇者が、1つの冒険者パーティに敗れたというではないか。フォルナは直ぐにモンドールへ謁見を願い、勇者がどうなったのかを聞いた。そして聞いことは、なんと、勇者を捉え、城に幽閉しているというのだ。フォルナは半ば強引に顔を確認したが、あの時居た勇者達の中に、確かに見た顔だった。
そして、その冒険者が獣人の国を作ると言った時、当然信じられなかった。だがモンドールから話を聞く限り、それが可能なだけの力があるという判断をフォルナはした。国が再建出来るというなら、一抹の可能性があるなら縋りたかったのだ。
「私ね……また、皆が笑える場所、作りたいよ……」
「……私も、それを望んでおります。皆、貴方と同じ思いですとも」
静かに啜り泣くフォルナに、メーウはハンカチを渡した。
その夜、天蓋ベッドで眠っていたフォルナは、不意に何かの気配が近づいて来ることに気付いて眼を覚ました。
「…メーウ?」
しかし返事が返って来なかった。不信に思ったフォルナがゆっくりと暗い室内を見てみると、自分の入っていた布団の上に、小さい光る何かが居る。ピンクの髪で、ワンピースを着た小さな女の子が。
「…妖精さん?」
フォルナがまだ3歳の頃、一度だけ父親に聞いた話。大昔、この世界には妖精が存在し、全ての種族を繋ぐ架け橋であり、小さく羽の生えた愛らしい姿は、全ての人々に愛されていたと聞いている。
その神話の存在が、フォルナの目の前に居た。妖精はフォルナの前までパタパタと飛ぶ。両手で台を作ってやると、そこに降り立った。
「こんばんわ、フォルナ」
「ふぅあ!?こ、こんばんわッ!!」
「声が大きいよ、もっと小さく小さく」
「あ、あ…はい」
「よしよし」
気さくに話し掛けて来た妖精に、緊張で心臓が高鳴り続けるフォルナ。あまりに急展開な出来事に思考が真っ白になって気絶しそうだったが、何とか持ち直す。
「あの、なんで名前…」
「知ってるよ。今日貴方と会ったからね……この色、見覚え無いかな?」
ピンク色の髪をいじって聞いて来る妖精の言葉に、フォルナは今日の出来事を思い出す。ピンク色……謁見の間で会ったあの女性のことが頭を過った。
「もしかして…冒険者、さん?」
「その通り。改めて……初めましてフォルナ。私の名はアイドリー。『妖精の宴』のリーダーだよ」
「……妖精さんが、どうして人間に?」
「それについては色々あってねぇ…」
アイドリーは自分達が置かれている状況、これまでの旅路、そして勇者やこの国の事、獣人の奴隷に対しての思いをフォルナに話した。フォルナはその言葉の一つ一つを聞き逃さず、真剣に聞いている。
「それでね、私は獣人と良き隣人、良き友として一緒に生きていけたら素晴らしいと思ってるんだ。これは妖精郷の女王様も認めてくれててね」
アイドリーは事前にテスタニカに確認を取っていた。もしも獣人の国を再建する際に、妖精と改めて盟約を結んで一緒に暮らせるかを。そしてその際、テスタニカはアイドリーに、世界樹は後2年しか結界が持たないことを白状した。だからもし2年後までに世界樹の復活が成されなかった場合、獣人達と供に暮らすことを了承したのだ。
「女王様が…?」
「そうだよ。だからねフォルナ。今は私達を信じて欲しいの。私は、貴方と友達になりたい。貴方達獣人を助けたいの」
「……友達に、なってくれるの?」
「私が、なりたいの」
「……ふぇ~~~~ん…」
フォルナはまだ8歳である。本当なら同世代の友達だって沢山居る歳だ。だが、それらは全て奪われ、残ったのは孤独な時間と張りつめた大人の世界に身を投じる苦しさだけだった。
フォルナは、頼れる誰かが欲しかった。
「うれしいよ…アイドリー、ありがとう」
「いいんだよフォルナ。私に溜め込んていたこと、全部言っちゃいな…おっと、そういえば今日はサプライズを用意してあるんだよ。ほら、窓を開けてごらん?」
アイドリーに連れられて、フォルナは部屋の窓まで近づき、片側を開けると、
「え、ひゃあ!!?」
そこには、巨大なドラゴンが空中で制止していた。アイドリーは「大丈夫だよ、私の仲間なの」と言って腰を抜かしたままのフォルナを妖精魔法で浮遊させ、ドラゴンの頭の上に乗せてしまう。
「こんばんわフォルナ。ようこそ夜の大空ツアーへ」
そこで、先にスタンバイしていた『スペシャルアリーナちゃんモード』のアリーナがフォルナを後ろから抱えて姿勢を安定させた。
「え、ええ!?」
「その子も妖精だから安心して良いよフォルナ」
「そ、そうなんですか?」
「うん、私はアイドリーの旅に付いてきた友達なの。貴方とも友達になりたいんだけど良いかな?」
「は、はい、勿論です!!」
大人の美女に微笑みを掛けられて頬を赤く染めながら返事をするフォルナ。その姿にアイドリーはクスクスと笑い、フォルナの肩に乗る。
「それじゃあフォルナ、しっかりアリーナに捕まっててね。レーベル、GO!!」
『よしきた!!』
その場に留まっていたドラゴンが、翼を羽ばたかせ、一気に飛び上がった。みるみる内に高度を上げいくのを恐怖に感じたフォルナは、固く目を瞑る。しかし、しかし不思議と衝撃や風当たりはない。
「大丈夫だよフォルナ。私が魔法で安全にしているから」
アイドリーがそう言うと、斜めになっていた姿勢が、また平行に戻ったのを感じたフォルナ。そして目を開けると、
「………綺麗」
雲の上で見る満月。何の遮蔽物も無い空の上でその月明りを全身で浴びるフォルナ。大空と相まって、その雄大な姿を目の当たりにして感動を覚えた。
「ほら、下も見てごらん?」
「え?……わぁ」
アイドリーに指刺した方向を見てみれば、夜の月明りや、建物の光で彩られた美しき王都の姿が見えた。いつまでも見ていたいぐらい、その幻想的な光景を目に焼き付けるフォルナ。彼女にとって、今のこの時間は夢だとしか思えないことだった。
「凄い…凄いッ、まるで、おとぎ話みたい!!」
「喜んでくれたみたいで嬉しいよ、フォルナ」
「うん、ありがとうアイドリー!!」
歳相応の満面の笑顔が見れたアイドリーは、満足して自分もその景色を眺める。
「……フォルナ。妖精はね、いつも笑顔で居る人が好きなの。朗らかに、太陽のような。そんな人達を好きになる種族なの。貴方の笑顔、私はとても好きだよ」
「私も好きだよ、フォルナ♪」
「…笑顔」
フォルナは、自分がもう何年も笑っていないことに気付いた。あれからずっと部屋に籠りきりで楽しいことなど何一つ無かったのだから、仕方がないとはいえあまりにも酷かったと思う。自分は笑顔を忘れてしまったとさえ思っていた。
「フォルナ。笑えば未来は明るく出来るんだよ。フォルナは皆の太陽になれる存在なんだと、私は思うんだ」
「…けど、私じゃ頼りないよ。私はお姉様達みたいに、頭も良くない。話上手でもない。動きだって獣人なのに鈍くて…」
「人を引っ張っていくのに、そんなの必要無いと思うよ?」
「…え?」
アイドリーはフォルナの前に出て、顔を向き合わせる。その表情は笑顔だった。
「どんなに強くても、頭が良くても、話上手でも、暗い顔や辛そうな顔じゃ誰も不安になって付いてこれなくなっちゃうよ。どんな時も笑顔を絶やさず、皆を励ましてくれる人の方が、その人の為に頑張りたいって思えないかな?そういった知識や技術は、フォルナがこれから学んで覚えていくものだしね」
自信満々な顔して仕事を出来る人に投げたって良い。誰だって一人じゃ生きていけない。王様だって、一人では何も出来ない。
「フォルナ。全部を抱える必要なんて無いんだよ。これからは、一人じゃないよ」
「…うん…う”ん”っ…!!」
涙が溢れて止まらなかった。背負っていると思っていた物が、軽くなった気がした。包まれている温もりに、心の底から安堵した。
「笑って、可愛いフォルナ」
「……はいッ!」
その日は明け方まで、ドラゴンに乗って皆で夜更かしをしてしまった。
そしてフォルナは願う。
(どうか…この幻想が、夢で終わりませんように……)
「フォルナの尻尾ってフワフワで気持ちいね~」
「あ、く、くすぐったいよアイドリ~…んっ」
『おい主、そこ変わらんか?」
『却下で~す』
(皆可愛いな~♪)