第59話 妖精VS勇者
さて、まさか試合放棄して皆殺しにしようとしてくるとは驚いたよ。一応妖精魔法でレーベル達や観客をグルッと結界張って防いだから良いけどさ。あー頭熱い。
高坂 彩音(21) Lv.351
種族:人間(覚醒):聖剣特性開放(ステータス一律+500万)
HP 513万9599/513万9599
MP 528万2752/528万2752
AK 502万2516
DF 501万5888
MAK 500万0000
MDF 503万6009
INT 3200
SPD 504万0002
【固有スキル】自動回復 聖剣 自動翻訳 マジックボックス
スキル:剣術スキル(SS+)二刀流(S)隠蔽(S+)手加減(B)鑑定(―)
称号:勇者 転移者 女神に祝福された者 狂楽者
確か聖剣の特性は魔法の吸収だったよね? それを全てステータスの底上げに使ったのは分かるけど、よくもまぁ一律500万なんてステータスに出来たね。今までどれだけの魔法を吸い込み続けたのだろうか。魔族との戦闘時とか?
とにかくステータス上だけの話なら、私の魔法は一切効かない事になる。とするならやっぱり、肉弾戦オンリーかぁ……
「この糞ブスがぁあッッ!!」
「させないよッ!!」
雷を纏った剣でこちらに斬り掛かる勇者に対して、私は自分の剣(装飾済み)を構えて受ける。まさか自分のステータスで普通に打ち合わせられるとは思っていなかったのか。怒りに震えていた勇者に幾分か思考が戻った。
「あんた本当に何者なのよ!!」
「皆のアイドル、アイドリーちゃんですが? 肩の力抜きなよレディ、言葉遣いはお淑やかにいこうぜ?」
「頭沸いてんの!!?」
後ろの方でレーベルが「沸いてんじゃよなぁ」とか言ってるけど気にしない。今の私は思考は人間、行動は妖精という面白いことになっているからね。ある意味二重人格? なのかな。
「たぁ!!」
「後なにそのクソ重たい剣は!? 何で聖剣と打ち合えるのよ!? げはぁああっ?!」
「ほいさっさっ!!」
混乱だらけの頭で武器を振って注意散漫な勇者に私は腹部へのドロップキック。勇者は空中で態勢を立て直し剣を地面に突き刺して着地する。
鎧も相当頑丈なようで、ヒビぐらいしか入っていない。だが本人は自分の着ている鎧に傷が付いたことに更に混乱しているようだった。どうやらあの鎧も特別製みたいだね。
「剣が駄目ならこっちよ!! 聖なる雷よッ、我が敵を打ち滅ぼせッッ!!!」
聖剣が光ると、頭上の雲から雷が龍の姿を模して襲ってきた。ならこっちも魔法でいこうか。
「そーれッ!!」
剣兼魔法のステッキを振れば、そこから光るフワフワした何かが出た。私にもよくわからないけど、ノリで出せた。そのフワフワは音速を超えて迫る雷の龍の前に出ると、蜘蛛の張るネットの様に広がって龍を捕縛する。一体どんな原理なんだろうあれ……
「はぁッ!?」
「まだまだいくよ~♪」
そのままノリでステッキを振り続けると、ネットは龍を覆い隠してしまい揉み込まれていった。しばらく全員でそれを茫然と見ていると、中からこれまたファンシーなドラゴンが出て来た。全身がフワフワモコモコな毛に覆われていくね。わー超可愛いー。
『アイドリーちゃんが偽勇者の攻撃を可愛いドラゴンちゃんに変身させてしまったぁ~~!!これは可愛い!! 私も1匹欲しいです!!!』
勇者は他にも何匹も雷の龍を呼び出し襲わせてくるが、私はそれを漏れなくファンシードラゴンに生まれ変わらせ続けた。その度に観客が沸く。
「……」
絶句した顔をする勇者。当たればレーベルであろうと軽く丸焼きになる一撃が、ふざけた理解の及ばない魔法でふざけた物に変身させられ空中を楽しそうに泳がされているのだ。私でも素面でこんな光景を見たら正気を疑うことだろう。自分の。
けど、私から目を離すとは良い度胸だ。その状態にも限界があるだろうし、貧弱になる前に報復開始である。ボッコボコにしよう。
『ひ、ひぇッ』
おっと、若干1匹のトラウマを起こしてしまったようだ。
「ほらほら、私をずっと見てないと駄目だよ?」
「なッ……んなんだよてめぇぇえは~~~~~!??!?!?!?」
(私の全力を容易に捌いて反撃する? しかも勇者の鎧に傷を付ける? なんだその化け物は? 私は勇者の中では中の下だけど、特性の開放をすれば上位にだって喰い込めるというのに。その私に真っ向から戦える存在がこの世界に存在するというの?)
SSランクの冒険者を容易に倒せる勇者達は、最強は自分達だと確信を持っていた。なにせ1人で国の軍隊を相手に出来るチートだと言われているスキルやステータスを持っているのだから。
どんな相手にも勝って当然。余裕で当然。今回もキレて特性を発動してしまったが、軽く国を更地にして済む程度の筈だった。その前に目の前の元凶を自らの手で恥辱の限りを尽くした後殺そうと決めていただけで、
その結果がこれである。
アイドリー(3) Lv.859
固有種族:次元妖精(覚醒)
・妖精魔法によりステータス改変中・
HP 1万1011/1万1011
MP 250万6082/250万6082
AK 5000万8054 (+5000万)
DF 2000万7022 (+2000万)
MAK 2457万5884 (-6000万)
MDF 2404万0540 (-5000万)
INT 2000万7100 (+2000万)
SPD 2028万0025 (+2000万)
【固有スキル】妖精魔法 妖精の眼 空間魔法 顕現依存
スキル:歌(A+)剣術(S+)人化(S)四属性魔法(SS)手加減(A+)隠蔽(S+)従魔契約(―)
勇者のスキルやステータスなど関係なかった。全力全開で鎧以外を攻撃していれば、高坂はそこからトマトのように弾けてしまうだろう。
それではアイドリーの気が済まない。やるからには徹底的に、絶対的な敗北を突き付ける為に……
「あ……ぐ…ち、ちくしょうッこんな、私の、鎧がぁ……っ!?」
アイドリーは剣で攻撃するのではなく、ひたすら素手で殴ってきた。華奢な腕からは想像も付かない破壊力、衝撃。それを全て鎧に打ち込まれ続け、200発を越えた辺りで鎧が完全に砕け散る。
そして鎧が砕けたと同時に、聖剣の特性が消失。高坂のステータスは聖剣発動時の10倍にまで戻ってしまった。
「それが聖剣の特性を発動する為の媒体だったんだね。案外固くて驚いちゃった♪」
「っひッ!?」
アイドリーは笑っていた。朗らかに、さも遊んでいるかのような雰囲気を醸し出しながら。観客達も最初は暗雲と雷の嵐で大混乱していたが、アイドリーの魔法によって全てファンシーな物に変えられたのを見て今は大歓声でアイドリーを応援している。
笑顔で少女が勇者の聖鎧を殴り砕いたというのに……その光景を見ていた高坂は、この世の物とは思えない狂気を感じてしまい身体が震え始めた。
こんなものは戦いではない、ただの公開処刑だ。
「さぁ~てと。悪い勇者さんに、私の仲間を人質にしたことを後悔させてあげます!!」
あまりにも堂々と歩いて来るアイドリーに、高坂はどうにかしてこの状況を打破しなければと思考を巡らせた。だがどう足掻いてもこの女には勝てないと思わされてしまう。必殺の一撃も、ステータスに寄る攻撃のゴリ押しも。全てが敵わな。
「……ま、待ちなさい」
よって、高坂は戦いによる解決を諦めた。
「……こんなことして許されると思ってるの。他の勇者が黙ってないわよ?」
その言葉は、高坂にとって最後の切り札だった。勇者を脅かす存在が現れたのであれば、他の勇者がアイドリーを殺しに来ることは間違い無いだろう。更に勇者を拒んだこの国も滅ぼされることになる。そうなれば困るのは国民達の方なのだから、と。
それをアイドリーは望まない筈だと、高坂はアイドリーに改めて脅迫をしようとしたが……
「何か勘違いしているようだけど、貴方は勇者じゃないでしょ?」
「……は?な、何、言ってんの……?」
「だって、国民全員が貴方達を勇者とは認めなかった。偽勇者として拒絶したんだから、貴方達は『勇者』という称号があるだけの犯罪者でしょ? しかも勇者だとしても誘拐した挙句それを利用しての脅迫。更には武闘会の試合放棄して国民を皆殺しにしようとした大悪人じゃないですか……
そんな人達を本物の勇者様が擁護する筈がありませんッッ!!!」
「「「そうだーッッ!!」」」
暴論である。勇者達の事情等何も知らないし、高坂達が本物の勇者なんてことも分かり切っていながら勇者の名を堕としたのはアイドリーだ。内心では勇者が自分達の存在を危惧して刺客を送ってくるだろうということも当然考えていた。だが、その理屈は今のアイドリーには通用しない。
ノリに全てを任せているから。
「さぁ、フィナーレです!!」
闘技場の上空を覆っていた暗雲がアイドリーのステッキに合わせて渦を巻き始める。次第にそれは色を変え、光の粒子となりながら巨大なサイクロンを作り上げていく。高坂はそれを見る勇気が無かった。立ち向かう勇気も無かった。
「あ……ああっ、た、たすけっ」
『いっくよ~~ッッ!!!!』
その助けを呼ぶ声は、誰にも届かない。
『シャイン・トルネ~~~~~~ッドッッ!!!!』
名前も威力も効果も何もかもがノリで出来た妖精魔法が、哀れな勇者を、呑み込んだ……・・・
観客達が光の眩しさに目を覆う。十秒か。一分か。音が止んで目を開けてみると、雲の切れ間から、光の筋が伸びていることに気が付く。
そして人々は見た。その光の筋が、闘技場の中心に立っている一人の少女を照らしている姿を。誰かが呟く。
「め、女神だ……」
アイドリーは光の中で跪き、光の先に向かって祈りを捧げていた。勿論ノリである。そしてゆっくりと立ち上がると同時に、
「光が……舞って……?」
先程の必殺技で出来た光の粒子達がステージから立ち上り、雪のように観客達へ降り注いでいく。その光を浴びると、身体が暖かくなるのを感じて、何故か涙が流れてくる観客達。勿論演出である。
更に、アイドリーが片手を天高く掲げ、ぎゅっと握る動作をすると、雲が一気に晴れ渡り、青空が広がった。全てノリである。
アイドリーの前には、高坂と日野が光輪に縛られて倒れていた。それを認識した観客達は徐々に声を上げ、勝利した者の名を呼ぶ。セニャルは吹っ飛ばされた位置から走って勇者達の意識を確認すると、大声でその事実を叫んだ。
『武闘会決勝戦……優勝は、アイドリーぃぃぃぃいいい~~~~ッッ!!!!!!!』
「みんな、ありがとぉ~!!」
(終わった………)
流れた涙は、観客達の拍手による感動によってか。仕出かしてしまったノリに後悔してか、もはや彼女にもそれが分からなくなってしまっていた……
『帰ったら癒しが欲しい……』
『膝枕する~♪』
『身体でも揉むか主よ?』
『レーベルは逆に揉ませて。もしくは埋もれさせて』
『……埋もれ?』