第52話 準々決勝①
準々決勝は昼から行われる為、私達は絶賛宿屋で時間を潰し中である。アグエラさんも今日は暇なようで、私達と優雅にお茶を啜っている。
けど机に足を乗せない方が良いのでは……こう、脚線美が素晴らしいけどさ。
「しっかし、お前等がそんなに強かったとはな。私としては1回戦勝てたら良いぐらいだと考えていたんだがな」
「アグエラさんは誰かに賭けたの?」
「いや、私は賭けが苦手なんだ。昔の彼氏だった奴が賭けに全財産注ぎ込んで大負け。私の金持って逃げやがったことがあってな。探し出して奴隷堕ちにした。今は鉱山でせかせか頑張ってるんだろうさ」
懐かしそうに言うけど、理由が重いよアグエラさん。驚愕で茶の味が分からなくなっちゃったよ私。レーベルも咳き込んだし。
「まぁ帰って来たらここで働かせる予定なんだけどな」
「え、関係をやり直すの? 自分で奴隷に堕としたのに?」
「一度ぐらい失敗して痛い目を見て出て来るんだ。暖かく迎えてくれる奴が一人でも居たら。良い夫になってくれると思わないか?」
あ、この顔使い走りにする気満々だね。器が大きい姉さんだねぇ、太っ腹というかなんというか。夫になる予定の人、どうか強く生きてね。
「そういやお前等は賭けてんのか?」
「え、うん。アリーナに賭けて貰ったよ。ね?」
「ねー♪ぜんざいさーん」
「えっ、幾ら?」
「金貨5せっ「おっと」モガー」
危ない危ない。それ以上は言わせないよアリーナ。5千枚とか言ったらアグエラさんの心臓が止まりかねないからね。
「5枚賭けたんだよね?」
「ほぅ、金貨5枚とは大きく出たなおい!! まぁ賭けたのは勇者にだろうしな。お前等が居るとはいえほぼ確定だろうし。得したな嬢ちゃん」
「んも~」
「どうしたそんなに暴れて?」
「なんでもないなんでもない。食べた魚の骨がダイレクトアタックして苦しいんだよね」
「大変だろそれは!?」
あーあー、もうそれぐらいにしてあげてアグエラさん。アリーナがプッチンしちゃうから。
『まだまだ続くよ武闘会!! 今日は準々決勝、ベスト8まで残った強者達による戦いの幕開けです!! さぁまずは1組目、猛火烈風のレーベル選手と泥沼戦法足掻き勝ちのアビル選手の入場です!!!』
「予選以来じゃのう」
「ああ、予想外だぜ美人の姉ちゃん」
『準々決勝からは時間無制限!!更にステージは会場の全範囲を使用する為場外負けが無くなりました!思う存分暴れちゃって下さい!!」
それを聞いてレーベルはニヤリと笑った。場外負けが無いということば、思う存分ステージを破壊するようなことをして良いと解釈したみたいである。あれやこれやと戦い方を頭の中で構築し始める。
「おい、なんだその邪悪な笑みは……何する気だ美人の姉ちゃん」
その様子に身震いしながら剣を構えるアビル。警戒はしていたが、2回戦でのレーベルの戦い振りから間違いなく苦戦すると分かっていたので、彼も自分の戦い方がどう通用するのか昨日からずっと考えていた。今、その答えが出る。
『それでは準々決勝1組目、試合開始ですッッ!!!!』
「我が炎よ、爆走せよ!!」
「……嘘だろオイィィッ!?」
レーベルは10m程の高さもある火柱を構成し、地面を焼き焦がしながら走らせたのだ。地面に黒い焦げ目を作りながら突っ込んでくる火柱を見て青い顔になったアビルは、全速力で逃げる。
火柱の通った後は地面が溶解し、渦巻き状に急激に冷えて固まる。明らかに人間が喰らって良い魔法ではなかった。
「ほぉれもう一本!!」
そしてそれを嘲笑うかのようにもう一本生み出してくる。嬉々としながら、さも簡単そうに。
「勝てるか馬鹿野郎!! 少しは手加減―――!!!」
「なんじゃって?」
「おいぃぃぃいいいッッ!!??」
嘲笑うかのように更にもう一本出現させる。成す術ばなく立往生するアビル。その周囲を高速で回転する火柱に囲まれてしまった。
熱気でアビルの周囲だけがあっという間に砂漠の炎天下であるかの様な温度になる。肌から汗が玉のように落ち始め、金属の防具も熱を持ち始めた。
(まるで魔力切れする気配がねぇな……こんなもん10秒も持てば大魔法使いだって超えるだろうがよ。クッソ…………やるかっ!!)
ダンッ!!
「ほう、勇気を選んだか。蛮勇にならぬと良いなぁ!!」
「だぁぁああああっ!!!」
アビルは火柱の軌道を読んで跳び出し、ギリギリ間を抜けるが……持っていた剣は火柱に呑み込まれドロドロに朽ち果てた。
『ぬけたぁあああ!! アビル選手、レーベルお姉様の火柱を武器を捨てて乗り切りました!! 勝負はまだ分かりませんッッ!!!』
抜けた後、アビルは直ぐにレーベルに向かって走りす。持ってる武器は腰に差してある予備のナイフのみだが、レーベルのハルバードを警戒していた為、そのナイフでは捌ききれないと判断する。
「させぬわッ!!」
「そこだよッ!!」
(はは、これも当たったら即死だな俺!)
レーベルの強靭な肉体から繰り出されたハルバードの攻撃を、アビルは天性の感で紙一重で避けた。そのまま振り切った腕を掴み、足を払おうとするが、
ガギィィッッ!!! ………ッッ!!
「う、うごかねぇだと!?!?」
まるで大樹を投げようとしている重さだった。投げようとした動作でアビルは完全に無防備になり、
「女の身体を……いつまで触っとるかッッ!!!」
「げぶぁッ!!」
渾身の腹パンが決まって壁まで吹っ飛んだ。パラパラと破片が落ちる音が聞こえると、次にドサっと落ちる音が聞こえた。
そこには、血反吐を撒き散らしながらも必死に立ち上がろうとするアビルの姿があった。
『こ、これは、け「待てい!!!」えっ』
司会の言葉を無理やり遮ったレーベル。ツカツカとアビルに歩み寄ると。静かに話し掛けた。
「降参するか、アビルよ」
「…がふっごほ、ぺっ……まだ…まだ…」
アビルは手を付き立ち上がろうとするが、腹からも血が流れていた。半ば陥没しているようだが、アビルの眼から闘志は消えていなかった。
「うむ。では立て!! 我は正々堂々相手をしようぞ!! 若き勇者よ!!!」
「……俺が勇者、だと?」
「そうじゃ。勇者とは魔王を倒す者のことではない。勇気を示した者こそが勇者なのじゃ!! 人は誰しもその勇気さえ示すことが出来れば勇者なのじゃ!!!」
それは今の勇者を冒涜するが如き発言だった。だが、言葉の意味はその通りである。アビルは自虐的に笑い、
「そんな、大仰な者じゃねぇ、よ……たく、とても、かなわ……ねぇ、な」
そう言い残し、今度こそ意識を失って倒れた。レーベルが司会に頷くと、改めて決着の宣言がされた。
『アビルをまったく寄せ付けず、レーベル選手の勝利です!!! 最後まで相手の意志を尊重し、戦士としての矜持を見せてくれました!!! 準決勝進出ですッッ!!!!』
『まったく、聞こえてたらどうするのさ。あんまり勇者を刺激するようなこと言わないでよ……』
『まぁまぁ良いではないか。向こうが怒ればそれだけ本気で来てくれるじゃろう?』
先程の勇者に関しての言葉。あれが勇者彩音に聞こえていたら完全に敵に回していたことだろう。転移系の現代っ子達が自分達を否定されたら大体狂っていくもんなんだから止めて本当に。死に物狂いで殺しに掛かってこられたら勘弁だよ?
『続きましては準々決勝2組目です!! 水魔法の使い手モリアロ選手対、勇者彩音選手の試合に入ります!!』
「まったくついてない。勇者様に勝てるなんて微塵も思わないけど、胸を借りるつもりで戦わせてもらうよ」
「あっそ」
まったく取り合おうとしない様子の勇者に肩を竦めるモリアロ。
(この女は……潰す)
勇者の中では、モリアロがスビアと良い雰囲気だったという事実だけがあり、グチャグチャにしたい対象の一つだった。何より、彼女の持つ価値観が、根源的に勇者とは違い過ぎていて嫌悪感すら示していた。
『では2組目、試合どうぞッッッ!!!』
「飽くなき水よ、雄々しき大蛇となり敵を呑み込め!!!」
現れたのは巨大な水の大蛇。とぐろを巻くそれが、水の激流となって勇者を呑み込もうとしてきた。勇者何をするでもなく突っ立っているのみで、容易にその水の中に入ってしまう。
「包め!!」
大蛇が勇者を中心にして球体となるように巻き付いていった。水の中では、幾層の激流が渦巻いている。モリアロはその状態になっても無表情の勇者を見て嫌な予感がしながらも攻撃を止めない。だが、
バシャンッ
「なっ!?」
突然、魔法を解いてもないのに操っていた水が地面に落ちて流れた。勇者はストっと降り立つと、聖剣を振って歩いて来る。
モリアロからしてみれば、短期決戦で最大の攻撃魔法を使ったというのにダメージを与えることすら出来ず破られたのだ。既に諦めの境地である。だが自分の身体が健在である以上、もう少し様子見することにした。
「氷牙の槍!!」
氷槍を生成し、一度に何本も射出していく。だが勇者に当たる瞬間に魔法は消失していき、何も残らない。魔法でも駄目、武器でも敵わない。お手上げである。
「あー……うん……こうさッッ!! ――――ッ!?」
諦めて降参しようとした瞬間、勇者は既にモリアロの左腕を斬り落としていた。そこから両足も斬り落とし、モリアロの悲鳴が闘技場内に響き渡る。
『決着、決着です!! 勇者アカネの勝利!!!! 回復魔法士さん早く、モリアロ選手が死んでしまいます!!!!』
慌てて終了を宣言する司会。ここでもしモリアロが死んでしまうと勇者は失格である為に、早急な治療が必要だと判断した。
「あ……ぐ……」
「ああ、やり過ぎたわね。ごめんなさい、ほら、治してあげるわ」
だがその前に、勇者はモリアロに回復魔法を使い傷を閉じてしまった。手足を繋がない状態で……失神するモリアロが最後に見たのは、醜く歪んだ笑みを浮かべる、愉悦を隠し切れない勇者の顔。去り際にモリアロの耳元で勇者は囁いた。
「これで、来年は愛しの彼とは会えないわね……お・せ・わ・さ・ま♪」
控室に下がると、高坂の端末が震えたのですぐに繋ぐ。
「やったの?」
『ああ、上手くいった。明日そのネタでレーベルを脅せ。決勝でアイドリーに当たってもそれで脅せ。後は今のように見せしめにするように倒せよ』
「はいは~い了解よ~」
『では』
更に気分の良い情報を手に入れて、高坂は鼻歌交じりに歩き出した。
日野も高坂も、自分達がやった行為の結果、一体何を呼び起こしてしまうのか、そしてどうなるかも知らずに……
チュートリアル終了です。