第50話 本選第2回戦 ③
「昨日に比べて、人が多いねやっぱり」
次の日、1回戦の時が嘘だったかのように大盛況の闘技場が私達を出迎えた。聞こえてくる言葉の中には、色々とあの出来事について言われているようだ。
『話題になっとるのう。『桃源郷の氷華』殿?』
「超恥ずかしいから帰って良い?」
「だ~ぁ~~め~~」
「あぁ~~~」
うん……異名が出来ちゃった。氷華は分かるんだけど、何で桃源郷? 桃と私の髪から掛けてんの? ヴァルハラに送るよ?
「聞いてると、お主の容姿が人間を遥かに超えて愛らしいということから、桃源郷に咲く氷の華という感じになったらしいのう」
「くぁ~考えてくるなぁ本当に。ていうか桃源郷って概念あるんだねぇ……」
「なんじゃったか。遥か東の国の言葉を用いているらしいのう」
あーくそ、いいよもう。既にハバルで『白水の女神』なんて呼ばれてるんだしね。今更国単位で異名が広まろうが知ったことじゃないね、その気になれば他国に逃げるし。
「じゃあ今日も張り切って行くかなぁ~」
「程々にのう主よ~」
「ねばーぎぶあっ!!」
「アイドリー殿」
控室に入ると早速出場者の一人に話しかけられた。確かゲンカクさんだったかな。侍って前世ではテレビの中にしか見ることが出来なかったけど、実際に見ると雄々しいっすね。腰に差した刀も気になってるんですぜ旦那。
「えっと、ゲンカクさんだよね? どうしたの?」
「1回戦の時のお礼を申したくてな。アイドリー殿のお陰で我等の日にも人々が訪れ闘技場に活気を取り戻し、選手達に気合を入れてくれたこと、本当に嬉しく思う」
「あー……まぁ私にも色々あったからあんなことやったんだけど、喜んでくれてる人が居るなら良かったよ」
「うむ、ではステージの上で相まみえる時は存分にやろうぞ。御免……」
そう言って会場に向かって行った。私としては刀の一本でも欲しいから、出身国のことについて少しお話聞きたかったなぁ。うん、試合の時にでも交渉してみよっと。お土産品で良いから打ってくれないかってね。
『今日は2回戦Bブロック組です!! 二日前の事が気になって今日は王都中の人間が此処に駆けつけてしまったみたいですね!! 観客席が全て埋まって立ち見の人まで居ます!!! けど他の選手だって凄いんですよぉ? さぁ、1組目の入場だぁああああッッ!!!!』
オノレは両手に爪装備で、全身を緑色の鎧に身を包んだ男だった。角の生えた兜をブンブンしながら興奮気味に登場。対するゲンカクは刀一本と脇差を持って静かに現れた。
『森に籠って早数年、ようやく出て来た彼の姿は魔物のようだった……荒れ狂う森の番人オノレ選手の爪攻撃がどう炸裂するのでしょうか!! 対するゲンカク選手は刀を抜いたところを未だ誰も見たことがありません!! 誰か止めてみせて下さい!!! さぁ2回戦開幕です、試合開始ぃぃぃぃ~~~!!!』
座して待つゲンカクは居合の構えでその場から動かない。それを知らないオノレは、咆哮を上げながら両手の爪を突き出し突進を開始する。二人の距離は30mはあるが、瞬時にその距離は詰められた。
残り数メートルのところで、ゲンカクが動く。
シャンッ!!
何かが抜かれた音と、何かが斬られた音が同時に鳴る。
観客の眼にはゲンカクがまったく動いていないように見えたが、オノレは一瞬だが、日の光を浴びた刃の輝きが見えていた。だが自分のどの部分を攻撃されたのか分からなかった。だが、何をされたのかは、すぐに分かった。
ズルッと、爪が根元から全て落ちる。
「うっそ!!?? ぬぅッ!!」
瞬く間に武器を失ったオノレは驚愕しながらも残った角を使って突っ込もうとしたが、
「そこまでだ、オノレ殿」
「えっあっ」
突っ込んだというのに、頭をゲンカクに手で押さえられてしまっていた。本来なら角が刺さる筈だが、角も爪と同じように地面に落ちたのがオノレには見えてしまった。戦う手段を無くしたオノレは、そのまま両手を上げて降参する。
『やっぱり見えなぁあああああいッッ!! ゲンカク選手、オノレ選手を訳も分からず完封してしまいました!! 準々決勝に余裕で進出!!! どうやって勝てばいいのこれ!?』
強いなゲンカク。あれはステータスだけじゃなくて、スキルの特性みたいだね。刀装備だと威力やら速さが上がるみたいだけど。
・居合
『刀装備のみが使えるスキル。特定の構え、タイミング、インパクト位置、そして刀の良し悪しで威力が増減する。固有技:居合・霞』
固有技もあるのか。習得するのも難しそうだし、真似するのは無理かなぁ。刀も無いし……絶対ワドウへ刀を買いに行こう。
『どんどんじゃかじゃか行きましょう。次はシルヴェスター選手とヤスパー選手入場!!! ヤスパー、次はしっかりなりなさいよ~~~!!! 皆見てんだからねぇ~~~!!!』
「うるせー黙ってろセニャル!!!」
司会のお節介に怒鳴りながら入場してくる青年ヤスパーに会場から笑いが溢れた。ヤスパーは顔を真っ赤にして俯きながら出てくる。その様子を見て大人の女性方から可愛いなどの声援もあったが、それを聞いていた司会が頬を膨らませて怒っていた。
『ふんだっ!! 次々、シルヴェスター選手は長剣を使う選手ですね。間合いの長い剣にどうやって対処するのでしょうか!!!』
なんだかんだ説明がヤスパーの心配になっている。シルヴェスターは苦笑いしながらステージに上がってきた。同情と哀れみの目を向けられるヤスパーは顔をバシバシ叩いて、改めて自分の対戦相手に目を向けた。
「まぁ……頑張れ」
「ああ……」
『はいはい、試合開始ぃぃぃいいいい!!!』
「顔が真っ赤だぞにゃんこー」
『うるせぇぇえ早く戦えぇえええッッ!!!』
ヤスパーの冷やかしに罵倒しながら銅鑼が鳴った。始まりは観客の大爆笑からであるが、二人は真剣な表情で武器を構え合った。
(あんなに長い武器見た事ねぇ……槍よりも長い長剣なんだ、重さも相当な筈なんだが……片手でブンブン回してる時点で動きが鈍いなんてことはありえないよなぁ。とりあえず一回ぶつかってみっか!!)
「うぉぉおっ!! っとっぉおおおお??!!!」
突っ込んできたところを首に向かって振るわれた長剣、ギリギリで首を反らして避けたが、そこをシルヴェスターの腹蹴りが決まった。地面を転がっていくが、直ぐに起き上がって態勢を立て直したところに、
「そこはまだ私の範囲だ!!」
「ぐがっ!?」
『や、ヤスパーッ!!?』
(((司会が仕事放り投げた!?)))
長剣による追撃、もう一度横薙ぎの一閃が来た。それを今度はしゃがんで避けたヤスパーは、さっきの攻撃の考察を行う。勝つ為に悪足掻きをするのが彼の持ち味でもある。
(長剣の範囲で躱すと丁度奴の間合いに入って蹴りを喰らっちまう。足が長げぇんだ……だが逆に言えば、懐に入っちまえば長剣での攻撃は出来ず、肉弾戦での勝負が出来る!!)
躱したことでシルヴェスターはまた蹴りを繰り出そうとしてきた。顔面を狙われたが、それにヤスパーは剣を捨てて対応する。
「俺は、泥臭いのが好きでねぇえ!!」
「ぬぅ!?」
『わっ! わっ!!』
耳を多少斬ったが、ヤスパーは足を掴んでそのまま寝技に持ち込んだ。典型的な四の字固めである。何とか抜け出そうとするが、関節技スキルのランクが高いヤスパーからは逃げられる筈もなく、
ボキィッ!!
「がぁああっ!!??」
躊躇なく折られた。足を抑えて蹲るシルヴェスターから離れ、自分の剣を拾って構えた。降参しない限り、彼は切っ先を向けたまま動こうとはしなかった。
「う、ぐ、参ったな。激痛で立てん……私の負けだ」
「……ふぅ。さっさと回復魔法士を呼ぶよ。ごめんな折っちまって」
「折られる恐怖を感じさせなかっただけ……感謝するさ」
『やったぁあああああああヤスパーかったぁあああああああ………はっ!!!』
「「「………」」」
『……ごっほん。見事、シルヴェスター選手の猛攻を潜り抜け、ヤスパー選手の勝利、準々決勝へ進出ですッッ!!! ……でへへ』
「ちゃんと仕事しろ馬鹿にゃんこぉぉぉおおお!!!」
『あれって知り合いなのかな? 同じパーティとか?』
「多分恋人じゃと思うぞ? 見てみぃあの初々しい笑顔。なんだかんだ言い合っておるが裏では甘えるタイプと見た」
「あまあま?」
「『我(私)達はアリーナにあまあまだよ(じゃよ)!!』」
「私もーあまあまー♪」
『気を取り直していきましょー!!次は3組目の方々です、どぞー』
杖を付きながらゆっくりと歩いていく銀髪のおじいちゃんアレイドと、目の死んでいるマチューがお互いゆっくりと入場してくる。どちらも年配だが、アレイドは幾分かウキウキしながら歩いていた。
『アレイド選手はやっぱりあの魔法の連撃が素晴らしかったですね。年配なだけあって研鑽の積まれた戦い方は精密機械のよう!!おじいちゃんは強いんです!!!』
「ほほ、元気な娘じゃて」
ニコニコと聞き流していくアレイド。彼の頭の中は、ある一つの事柄について埋め尽くされていただけに、この大会にもうそこまでの執着心は持っていなかった。だがどうしても確認しなければならないことがあった為、明日までは大会には出るつもりでいたのだ。
『そしてマチュー選手は……何か様子が変ですね? マチュー選手大丈夫ですかー? おーい!!』
「……あー? んー、大丈夫だよー……死ぬほど眠いだけだー」
『なるほど、ではマチュー選手ですが、地元のAランク冒険者ですね。特筆するべきものはありませんが、50代の年期は伊達ではありません!! だから回復魔法士向かわせて!! その人二日酔いなだけですので!!!』
「すまんねご老公……あんなことがあったから自暴自棄になって2日ずっと飲んでたんだが、今朝になって人が一杯見に来てるから行けって言われてよ~。で、この様だった」
「しょうがあるまい。儂もそうじゃったからな。まぁその酔いが抜ければやれるじゃろ? 儂より若いんじゃから頑張らんかい」
「貰ったの恩の分ぐらいは動くさ……」
『それでは3組目!!試合開始ですッッッ!!!』
「掴め」
「おっ?」
アレイドのノータイム魔法により、マチューの右足首までがステージにまず埋まった。
「水よ、火よ、土よ、風よ」
そしてマチューを中心にして、その周囲の空中に様々な属性の魔法が展開されていく。その全てが鋭く尖っていく。
「あー、こりゃあいきなりピンチだな」
「じゃろ、穿て」
お互い笑顔で、まったく逆の状態で攻撃は始まった。マチューは全方向から来る魔法の連撃を一つ残らず剣で叩き落としていく。アレイドは随時魔法を展開させていきどんどん発射スピードが速まっていくが、マチューは涼しい顔して全て対応しきった。
その内アレイドは攻撃を止めてしまった。マチューは一息ついて、足に絡みついていた土の拘束を剣で削り取って自由となる。
「え……?」
「う、嘘だろ……いつも酒場で飲んだくれてるだけのお飾りAランクのおっさんが……」
「あんなに強かったのかよ……」
「埒が明かんな。相当な技量、感服すべきものじゃ」
「じいさんも化け物みたいな強さだな。俺以外の冒険者なら9割方即死だと思うぜ?」
「涼しい顔しとった癖に、どっちが化け物じゃ」
2人の壮絶な戦いに、観客達はかなり盛り上がっていた。特にマチューの技量の高さに、見に来ていた他の冒険者達は全員驚愕していた。マチューは普段まったく働かず、動かず、戦わない男だった。他の冒険者からは『冒険しない冒険者』やら『能も無く爪も無い鷹』と馬鹿にされてきたのだ。
そんなマチューが今回出場した理由は、「貯金を使い切った」からである。本当は準決勝ぐらいで適当に負けるつもりだったのだが、アレイドとの闘いで、久々に楽しくなっていた。
「そんじゃあお返しに、俺も攻撃すっかな~……ッ!」
「迎撃」
だが、アレイドは戦闘に置いて魔法の扱いは勇者を超える程の達人である。賢者という称号を持った男が、こんな地味である訳が無かった。マチューが一瞬でアレイドの真後ろに現れ攻撃をしようとした瞬間、
ザクザクザクッッ!!
「おっ……けふっ、あー。無理だなこれ」
アレイドが瞬時に形成された氷の棘に覆われ、そのままマチューを貫いたのだ。速過ぎた為にマチューは避け切れなかったことに後悔しながら意識を落とす。アレイドは回復魔法士が来るまでもなく、自分でマチューの傷を治してしまった。
『強い強い!!強過ぎるぞおじいちゃん!!! アレイド選手の勝利です!!!』
今日一番の拍手を浴びながらアレイドは一度手を上げると、また静かに控室へと帰って行った。
「あれは我でも苦戦するのう。お互い全力を出し合う前に終わってしもうたが、間違いなくあの……なんじゃったか。パンダ?」
「バンダルバー?」
「それじゃ、そやつより強い筈じゃぞ。いいのう主よ。ちょっと我と変わらんか?」
『えぇ……レーベルは勇者と戦うんだからいいじゃん』
「大丈夫じゃ、すぐまた代わるからの!!」
「一粒で二度美味しい~」
『我儘かッ!?』
観客席にて、二人で手遊びをしてみた。
「「ブルドック」お、我の勝ちじゃな」
「あふぇ~♪」
「ほい、たて・たて・よこ・よこ・まるかいて~~ちょん、じゃ」
「んあ~~♪」
「尊いのぉ~」
終わった後はお互いのほっぺをもにょもにょしてた。